5-3 瓦解の足音



 それからというもの、ウィル様の予想したとおり、魔法騎士団は多忙を極めた。


 まず、動きを見せたのは王家だ。

 王家は、舞踏会におけるクーデターの犯人たちが、教会および隣国の一部勢力と繋がっていたことを発表。


 王家は、正式なルートで隣国と対話を行い、両国の友好を願った。そして、対等な貿易に関するいくつかの取り決めと、不可侵の条約を結ぶことに。


 隣国は、食糧の自給に関しては困窮しているが、火山に囲まれているために、鉱山や天然ガスなどの資源が豊富である。

 王国の国土には存在しない種類の鉱石も採取できるらしく、その中の一つに、魔石と類似点が多い組成を持つ鉱石があったのだとか。

 王国側――特に魔法師団は、思わぬ収穫に、かなり喜んでいるようだ。


 現在は貿易の品目や税額、商人の選定など、細かい部分を取り決める段階に入っているとのことである。


 そして、友好の証として、隣国王女となったリリー様と、シュウ様との婚約が内定。

 ちなみに、シュウ様は私たちに家名を教えてくれていなかったのだが、実は王家と血縁関係にある公爵家の三男だったらしい。

 婚約式、結婚式は、もっと情勢が落ち着いてからになるだろう。もしかしたら、それに伴って魔法石研究所の所長も入れ替わることになるかもしれない。


 何はともあれ。

 この発表によって、一触即発だと思われていた隣国との関係も、今後は改善していくことと思われる。



 次に王家が手を入れたのは、同じくクーデター犯と繋がっていたとされる、教会だ。

 教会と王家は、長いこと権力が拮抗していて、互いに不干渉を貫いていた。


 だが、今回のクーデターで、『教会側から王家に手を出した』という事実が生まれた。

 そのため、王家からも、今回の件に関して教会へ干渉する権利があると主張。なんと、大神官の一人を公の場に引きずり出したのである。これは、とても異例なことだ。


 詳しい話に移る前に、まず少し説明をすると、教会の権力構造は、こうなっている。


 教会の最高権力者は、大神官長だ。

 続いて、大神官、神官長、神官、そして聖女。


 大神官長と大神官は中央教会、神官長以下は各教会に在籍となる。

 神官の人数は、その教会の規模によって変わり、南の丘教会のように神官不在で神官長しかいない、という場合もある。


 神殿騎士団はまた別で、神殿騎士団長と副団長が、中央教会に籍を置いている。

 中央教会は、一般の教会としての機能を持たず、主に管理業務を行う場所だ。それは大神官たちだけではなく、神殿騎士団長と副団長も、例外ではない。


 実務については、各教会に派遣された神殿騎士のリーダーが、その教会の神官長に従って騎士を采配、聖女と教会を護衛する。一般の神殿騎士は、神官や聖女たちと同格だ。


 また、大神官長に直接会えるのは大神官たちだけ、大神官たちに直接会えるのは神官長たちだけである。大神官以上の地位の者に関しては、名前も顔も、年齢や性別も明らかにされていない。

 すなわち、神官以下の序列の者は、教会の実務的な部分を除いて、運営等に関わる権限を全く持たないのだ。教会に関わる人間の九割以上がその序列なのだが、上層部が他を一切信用も尊重もしていないようにも思える。


 そういうわけで、話は戻るが、大神官が公の場に出るということは、歴史的に見ても非常に稀なことなのだ。

 そして――例に漏れず、公の場に現れた大神官は、魔法騎士団の『魔力探知眼鏡』に引っかかるほどの、強い呪いの靄を纏っていたらしい。

 魔法騎士団は、南の丘教会にすぐさま連絡。聖女が二人派遣された。


 その大神官が語ったのは、ただ一つ。

 ガードナー侯爵は大神官の位を賜っていたが、彼の行動については、他の大神官や大神官長は全く認知も関与もしていなかったということだ。

 そして、残念ながら、その証言が嘘か真か、確かめるすべは存在しなかった。


 大神官からまともな話を聞き出せなかった宰相と魔法騎士団長は、公開尋問の最後に、到着した聖女たちによる、黒い靄の『解呪』を試みようとした。

 大神官は『解呪』をしようとすると恐怖の表情を浮かべ、抵抗したが、最終的に宰相との舌戦に負け、『解呪』を受けることに。


 彼は、幸い、ガードナー侯爵のように植物状態にはならなかった。

 その代わり――人格が、すっかり変わってしまったのだという。

 大神官はごく一般的な壮年男性だったはずなのだが、『解呪』後はまるで子供のように人を怖がり、たどたどしい言葉を発し、ついにはローブの袖で顔を隠してうずくまり、泣き出してしまったのだとか。


 そして、この一連の出来事は、公開尋問においてのことだった。数は多くなかったものの、その様子を見学していた国民もいたのである。

 ――人の噂に、戸は立てられない。大神官の異様な痴態に関する噂話は、あっという間に王都中に広まった。


 この気味の悪い事件で、国民たちの教会への不信感は、爆発的に増加した。

 教会側からは、『例の大神官は心の病を患っていた』という発表があったが、それがまた逆効果。

 心を病んでいるとわかっていて大神官の地位を継続させ、しかも公開尋問の場に出したのだとしたら、国民に対しても、王家に対しても――何よりその大神官の下につく神官や聖女たちに対しても、あまりにも無責任。侮辱しているのと同じことだ。


 そうして、教会へ足を運ぶ者は目に見えて減り、寄付も大幅に減額。代わりに、街の診療所に足を運ぶ者たちが増えた。

 さらには、神官たちが続々と職を辞し、聖女たちからも困窮の声が上がり始めている。王城へ投書や抗議が殺到、聖女たち自らが保護を求めに登城する事例も出始めたという。


 そして。

 そんな中、教会を終焉への道筋に導いたのが、ある人物が王城に提出した、一冊のリストだった。

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