5-2 いってきます



 先のクーデター関係者の処遇、ガードナー侯爵の現状、そしてシュウ様の婚約。

 私たちが王都を離れていた一ヶ月あまりの間に起こった大きな出来事を、あらかた聞き終わると、次は私たちが話をする番となった。

 王都に帰還する際に泊まった宿から魔法通信を入れたり、事前に報告書を作成、手配したりしていたので、話はスムーズに進む。


 魔女がその身をもって魔王の呪いを封じ込めていること。

 私とウィル様、魔法石に込められた聖力を全て合わせても、呪いを解くには力不足だったこと。

 シナモン様が連絡要員として、魔女の館に残ったこと。

 クロム様が水竜の湖付近の街に滞在し、その傍ら、ステラ様たちの行方を追っていること。


「――報告は以上となります」


「おおむね報告書通りだな。クロム殿の所属は魔法石研究所預かりだから構わないとして、シナモン嬢の件は、魔法騎士団に報告したのか?」


「ええ。父――魔法騎士団長は、『勝手なことを』と呆れていましたが、必要性も理解してくれました。もちろん、魔女の件、魔王の呪いの件も報告済みです」


「そうか」


 先程までと一転、すっかり仕事モードに切り替わったシュウ様は、報告書から目を上げる。そうして、ウィル様を、いつも通りの理知的な瞳で見据えた。


「それで――ウィリアム君は、この研究所の、今後に向けての課題をどう見る?」


「魔法石研究所にしていただきたいことは、通常の研究業務に加え、聖魔法『解呪アンチカース』を込めた魔法石の量産。そして、聖女たちと騎士たちの訓練を続けていくこと。すなわち、おおむねこれまで通りに活動すれば良いかと思います。――ただ」


 ウィル様は、一度言葉を切ると、顎に手を当てた。そうして、考えをまとめるように、話を続ける。


「魔法騎士団は、これから……いえ、すでに、ですが……、今までに輪をかけて多忙になるでしょう。魔王が関わっているとなれば、王国にとって一大事ですから」


 勇者も、大聖女も、英雄も、今はもういない。賢者も、灰の森から動けない。

 そして、力を貸してくれる聖獣たちも、当時に比べてかなり減ってしまったという。

 魔王が復活してしまえば、次はもう、止めることができないかもしれない。


「魔王の復活を阻止するためにも、魔女の館に、できる限り多くの聖女たちを送り込まねばなりません。そのために、協力してくれる聖女たちの確保と、安全の担保が必要となります」


「ああ。そうだな。それも、なるべく早急に、だ」


「ええ。魔法騎士団は、魔獣退治などこれまでの業務に加えて、教会への捜査や、姿を消した魔族の捜索――猫の手も借りたい状況です」


 教会の上層部は、これまでの状況証拠からして、確実に魔族と関連がある。

 そして、魔族の望みはおそらく、魔王を復活させることだ。魔族が聖女に直接手を下すには危険が伴うため、時間をかけてその力を弱体化させることを狙ったのだろう。

 魔族が王弟殿下に働きかけて、戦争を起こそうとしたのも、おそらくそれが関係している。聖女が教会の外――前線に出れば、魔獣や隣国の兵士をけしかけて倒せる可能性が上がるからだ。


 死の山に住む魔女にも攻撃の手は及んでいない。それは、聖獣たち――主にドラゴンたちが彼女を強固に守っているからだと、魔女は推測している。


 魔族には、聖力を込めた攻撃でしか致命的なダメージは与えられない。普通の人間程度の攻撃は、魔族にとっては痛くも痒くもないという。

 しかし、聖獣や、人間の中でも特に強い者の繰り出す高火力の攻撃ならば、存在を滅することこそできないものの、ダメージを負わせることは可能らしい。

 魔族もドラゴンたちの強さを知っているから、直接魔女に手を出そうとは思わないのだろう。


 ただ、裏を返せば、聖獣たちの守護が及ばない場所――死の山からある程度離れている地点では、魔族に襲われる危険性があるということだ。


「教会の問題を解決し、聖女たちを納得させる。それだけでなく、彼女らが狙われることのないよう、安全確保も必要……そのために、魔族や魔獣の脅威を取り除かなくてはならないということだな」


「ええ。特に、魔女の元に向かう途中は、どうしても警備が薄くなる。聖女たちが結界に囲まれた教会内にいるときよりも、移動中を狙う方が、魔族にとっては圧倒的に楽ですからね」


 聖女は闇魔法によって起きた異常を治すことはできるが、魔法や魔獣の攻撃を防ぐことができるわけではない。

 訓練を積んだ一人前の聖女であれば、結界を張らなくとも、闇魔法による干渉はある程度吹き散らすことも可能だ。しかし、物理的な干渉――具体的には、魔獣の爪や牙、属性魔法や武器で襲われたら、普通に傷を負う。


 結界魔法や、魔獣避けの魔道具があるとはいえ、大人数での移動には警護に綻びが出やすく、危険が伴うだろう。


「とにかく、今後は、魔法石研究所に人員を割くことが出来なくなる可能性が高い。つまりこれから、この研究所と聖女様たちを守れるのは、神殿騎士たちだけになります。ですから、現状の魔法騎士ありきの警備体制ではなく、人員配置を見直す必要があると考えます」


「そうだな。神殿騎士たちの配備に関しては、早急に再考しよう。ウィリアム君も、魔法騎士団に戻るのか?」


「はい。今日も、これから詰め所に向かう予定です」


 シュウ様の問いかけに、ウィル様は首肯した。


「そうか。寂しくなるが、頑張れよ」


「ええ。シュウさんも、お元気で。ミアを、よろしくお願いします」


 ウィル様は、私の方を見て、寂しそうに微笑んだ。


 今後は、ウィル様は魔法騎士団、私は魔法石研究所と、別々の場所で過ごすことになる。

 とはいえ、私は今もオースティン伯爵家に泊まらせてもらっているので、業務後や休日になればすぐに顔を合わせることができるのだが。


「――ああ。ミア嬢も含めて、こちらにいる聖女たちは、必ず守ると約束しよう」


「ありがとうございます。――ミア」


「はい」


「その……、気をつけてね」


 ウィル様は、心配そうに私を見つめたかと思うと、結局一言だけ告げた。

 私は、口元をほころばせる。きっと、最近はほとんどの時間を一緒に過ごしていたから、少しでも離れると心配なのだろう。

 まるでお子様扱いのようにも思えるけれど、それは、不器用なウィル様の、精一杯の愛の形なのだと、今はもう知っている。


「――ええ。ウィル様も、お仕事頑張って下さい。どうか、無茶なことはなさらないで」


「うん。ブラン、ミアのことを頼むよ」


「きゅう」


 ウィル様は、耳を立てて会話を見守っていたブランを床から抱き上げると、私の腕の中に預けた。

 従魔は主人と念話が使えるし、ウィル様は潜入捜査などにも駆り出されることになる。

 そのため、ブランは私のそばに置いておく方が安心だと判断し、ブランにも了承を得たらしい。


「じゃあ、今までお世話になりました」


「ああ。またいつでも訪ねてこい」


「ウィル様、いってらっしゃいませ」


「……ふふ。いってきます」


 ウィル様は私に柔らかく微笑むと、マントを翻して事務室から出て行ったのだった。

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