5-4 ステラの旅路



 ある人物から、一冊の分厚いリストが王家に届けられたことをきっかけに、教会は急速に、終焉へと向かうこととなる。


 そのリストが提出されたのは、私たちが魔女の館から戻ってきて、さらに半年ほど経過した頃……例の大神官の失態からも四ヶ月程度が経った、初夏のことだった。

 王家と魔法騎士団による共同捜査と、国民の教会離れ、聖女や神官の離反が続いたこと。それにより、教会の資金繰りも苦しくなり、権力はかなり弱まっていた。


 そんな中で提出されたのは、王都外の各地にある教会からの告発状と、大神官長と大神官たちの解任を求める署名。

 数年がかりで国中を回り、聖女や神殿騎士からの告発と署名を集めたのは――ステラと名乗る、銀髪と青い瞳を持つ聖女だった。





 私の実母――聖女ステラ様が、署名運動をしているようだということは、実のところ、水竜の湖で別れたクロム様から、事前に聞いていた。


「ステラ様の消息がつかめた」


 そう言って魔法通信を入れてくれた、クロム様の弾む声を思い出す。


「早速、会いに行ってくる。ちいと早いが、今朝、魔女の館に定期的に送ってる必要物資を届けてきた。また連絡する」


 クロム様から、ステラ様が南の丘教会を出てからずっと、教会の改革を願って各地の教会を巡っていたという話を聞いたのは、それから数日後のことだった。


「何度も危ない目に遭いながらも、ステラ様はついにやり遂げたんだ。すげえよ。天国のジュードも、喜んでいるだろうよ」


 クロム様の声は、言葉とはうらはらに、すごく沈んだものだった。


 ――ステラ様の夫、ジュード様は、すでに、儚くなっていたのだという。

 私を産んだステラ様が、ジュード様の身を救うために教会に自ら足を運んだときにはもう、すでに。


 愛する人の死に強く傷ついたステラ様は、聖女としての力をほとんど失ってしまった。

 失意の中、なんの抵抗もできずに南の丘教会に移送され、空っぽな日々を過ごしていたという。


 南の丘教会で、雑務をこなしながら数年の月日を過ごしたステラ様は、ある日、一人の幼い聖女の姿を見かける。

 神官長に手をひかれ、地下の収容空間を訪れたのは、白髪に一筋のピンク色が混じる女の子。聖女マリィだ。

 ステラ様は、その愛くるしい姿を見て、エヴァンズ子爵家に預けてきた愛娘の存在を思い出す。ちょうど、マリィと同じ年の頃だ。

 マリィの存在は、ステラ様に、失われていた聖女の力を取り戻させた。それと共に、自らがすべきことを、ステラ様は徐々に意識し始める。


 ステラ様が、南の丘教会から王都外の教会への異動を希望したのは、それからさらに三、四年の月日が経った頃だった。

 少量の荷物と、南の丘教会で集めた数人分の署名を持ち、信頼できる神殿騎士を供につけて。


「……俺はその頃、別の教会にいてな。南の丘教会に異動したのは、ステラ様が出て行った後。ステラ様とは再会することなく、入れ違いになったんだ」


 クロム様は、ぽつりぽつりと、通信用の魔道具越しに話をしてくれた。その言葉の端々には、悔しさや寂しさがのぞいている。


「いやあ、そりゃあ、俺をステラ様と会わせるわけにはいかないっていう、上の思惑もあっただろうよ。だが、ステラ様が苦しんでいた時に、俺は何もしてやれなかったと思うとな」


 魔道具の向こうで、クロム様はため息をつく。かちりと、小さな金属を爪ではじく音が鳴った。


「……俺はさ、結局、何も出来ないちっぽけな人間なんだよ」


 きっと、いつも肌身離さず持ち歩いているロケットを、眺めているのだろう。

 隣国に置いてきた、奥様と、二人の子供。

 クロム様はきっと、彼らの辿ってきた道にも想いを馳せているのだ。


「クロム様は、悪くありませんわ。悪かったことがあったとしたら……ただ、が悪かったのです」


 幸せになろうという時に、内紛が起こってしまったという、間。

 教会に潜んでいた、魔。


「クロム様。リリー様とヒースには、お顔を見せて差し上げたのですか?」


「まあ……、見は、したな」


 クロム様は、遠くからだが、と小さく付け足した。


「……リリー様の晴れ姿、ぜひ、近くで見守ってあげてくださいね。言葉を交わさなくても、そばにいてくれること――きっと、それが何より嬉しいから」


 私も、ステラ様のことを思い浮かべる。

 実際に会ったところで、きっと、何を話せばいいのかわからず、戸惑ってしまうだけだろう。


 けれど、それでも。

 新しい人生の門出のときには、エヴァンズ子爵家のみんなと一緒に、ステラ様にも見守っていてもらえたらいいと――少なくとも私は、そう思っている。


 ヒースとは、再び会うのは難しいかもしれない。

 だが、リリー嬢とは、会おうと思えば会える立場なのだから。


「――出来ることなら、そうしたいんだがな」


「……クロム様、それはどういう――」


 魔道具の向こう側で、少しだけ、鼻を啜る音が聞こえて、通話は切れたのだった。





 ステラ様が何年もかけて慎重に集め続けた署名と、告発状。

 高まる国民からの悪感情。

 王家からの糾弾。


 それでも、教会が変わったり、なくなったりするのは不安だという声も、やはり大きかった。

 至極当然のことではある。多くの人は、教会の体制よりも、自分に直接関係すること――すなわち、治療の継続や、支払う寄付金の額の方が大切なのだから。


 王家は対策として、ステラ様を筆頭聖女とし、教会から離反した聖女たちを集めて、新たに仮設の診療所を開いた。

 しかし、その診療所は王都にまだ一ヶ所だけ。診療費と名を変えた寄付金も、教会に比べてかなり安く設定されたが、常に混雑し、待ちが発生している状況だ。

 多くの者は、教会上層部がごたついていても、通い慣れた教会に通い続けていた。


 だが、そこでさらに流れを変えるものが出現する。

 それは、王太子殿下が着手し、軌道に乗り上げた、新しい研究――魔法石だった。


 殿下は、教会の構造改革を『非常時』と認定し、国が認めた一般の診療所で、聖魔法を込めた魔法石による治療を開始した。

 教会以外でも聖魔法の恩恵を授かれるようになって、不安の声もすっかり鳴りをひそめることに。


 そこから、教会の瓦解は、一気に進み、ステラ様を中心とした、新たな組織が誕生しようとしていた。

 署名の提出からさらに半年――私たちが灰の森から帰還してから一年ほど経った、初冬のことであった。


*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


 いつもお読みくださり、ありがとうございます♪

 ちなみに、補足となりますが。

 この新組織設立の初冬は、ウィルが逆行する原因となった式典の、ちょうど一年前となります。

 現時点でウィルが18歳、ミアが16歳となっております。


 また、4-6でステラとクロムの関係性について少し説明がありましたが、今話に伴い矛盾が生じたため、一部のセリフを変更しております。

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