4-21 氷麗vs紫電 ★ウィリアム視点


 ウィリアム視点です。


*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


 魔兎、改めブランを檻に入れたところで、ちょうど模擬戦闘が終わったようだ。

 訓練場に唯一立っていたのは、予想通り、黒色の騎士服を纏った女性騎士――シナモンだった。


 短く切りそろえられた紫色の髪と、同色の瞳。雷の魔法を自在に操り、『紫電』の二つ名を戴いている。

 背が高く、鋭い雰囲気を纏った彼女は、柔らかく優しげな雰囲気のミアとは、正反対のタイプだ。

 同族嫌悪だろうか……俺は、シナモンのことが少しだけ苦手だった。


 神殿騎士たちにフィードバックをすることもなく、息ひとつ乱さぬシナモンは、入り口の方へと足を向けた。

 場外へと向かう途中で、彼女は俺たちに気がついたらしい。ばっちり、目が合ってしまった。


「なんだ、ウィリアム、来ていたのか」


「……ああ。お疲れ」


「シナモン様、お久しぶりです」


「ミア嬢も一緒だったんだな。久しぶり」


 シナモンは、俺に向ける鋭い視線とは全く異なる、穏和な視線をミアに向けた。

 ミアも、それに応え、天使の微笑みをシナモンに向ける。


「シナモン様。あの節は、大変お世話になりました」


「いや、結局私には何もできなかった。力不足を痛感した次第だよ」


「いえ、そのようなことはございませんわ。私が兄を助けることができたのも、シナモン様が私を落ち着かせてくれたからです」


「それも違う。結局、きみの兄上を救ったのは、きみ自身だ。ミア嬢が、自分の力で過去のトラウマに打ち勝ったんだよ」


「シナモン様……」


 ミアは潤んだ瞳でシナモンを見つめている。

 シナモンも、目を細めて口角を上げ、ミアに笑いかけている。


「おい、もうその辺でいいだろう? ミアも俺も、お前と違って忙しいんだ」


 俺は、自分の身が冷気を発しているのを自覚しながら、二人の会話を割って止めた。

 シナモンは、ミアに向けていた表情からがらりと一転、好戦的な瞳でこちらを睨む。


「なあ、ウィリアム」


「断る」


「まだ何も言っていないだろう」


 俺は、はぁ、と大きなため息をついた。

 こいつが何を望んでいるのか、この獰猛な目を見れば、聞かなくてもわかるというものだ。


「……三分だ」


「ふ、話がわかるじゃないか。よし、ミア嬢、時間を計ってくれるかい?」


「え? えっと、はい」


 シナモンが騎士服のポケットから懐中時計を取り出し、ミアに手渡す。

 ミアはよくわかっていなさそうだったが、時計を受け取り、頷いた。


「私たちの準備が整ったら、『はじめ』、三分経ったら『終わり』と声をかけてくれ。頼んだよ」


 シナモンはとっとと訓練場内に戻っていき、その場で休んでいた神殿騎士たちを追い出している。

 俺は、もうひとつため息をついて、渋々訓練場内に向かったのだった。





「――はじめ!」


 ミアのかけ声がかかると同時に、シナモンの魔力が一気に膨らんだ。ピリピリとした圧力が、肌を打つ。俺も負けじと、氷の魔力を練り上げてゆく。


「相変わらず寒いな、ウィリアムの魔力は」


「無駄口はいい。やるなら早くしろ」


 氷の魔力を練り、口の中で呪文を唱えるのと同時に、俺はミアからもらった『加護』の出力を高めていく。『加護』の力は、全身の筋肉の活動を促進し、身体強化の役割を果たしてくれる。


 そして、ミアの『加護』――イレギュラーのすごいところは、さらにこの先にある。

 身体強化をすると、通常は活動促進により筋肉に負荷がかかるのだが、回復の指向性を持つ聖魔法の力によって、負荷がかかったそばからそれが癒やされていくのだ。

 しかも、自分の意思で身体強化の有無を管理することも可能なため、『加護』のイレギュラーを得ることができれば、ほぼノーリスクで戦いに臨むことができるのである。


 俺が呪文を唱え終わり、身体強化も施し終わった瞬間。


 『紫電』が動く。


 シナモンは、全身に紫色の電気を纏い、身体のバネを使って、飛ぶように突っ込んでくる。

 常人であれば、目で追うこともできずに――もしくは、見えたとしても避けることができずに、一発お見舞いされて、終了となるだろう。


 だが、俺も首席入団の実力は伊達じゃない。

 俺は、氷の魔力を纏わせた剣を、シナモンの突っ込んでくる軌道上に突き出して構える。カウンターの構えだ。


 シナモンもまた、流石である。

 あれだけの速度で移動していたにもかかわらず、剣に触れる前に軌道を修正し、俺の脇腹をめがけて、移動しながら剣を振るう。

 俺は、シナモンの剣に直接触れないように、剣から氷刃を四、五本ほど射出して応戦。

 氷刃のうち二本が、シナモンの身体へ向かう軌道にあったため、彼女は攻撃を諦めて、剣で弾くという回避行動に移った。


「全部避けたか」


「ふ。私と剣を合わせてはくれないのだな」


「当然だ。剣にも帯電しているのだろう? 地属性の魔法騎士ならば普通に剣を合わせることもできるのだろうが、あいにく俺はお前の魔法と相性が悪い」


「それでも私と互角に戦えるというのだから、本当に恐ろしいな。お前は」


「……今度はこちらの番だ。いくぞ」


 俺は剣先を斜め上方に向けて構えると、溜めていた氷の魔力を足下から一気に解放する。

 ビキビキと音を立てて、床を氷が覆っていく。


「――『氷花獄アイシクル・プリズン』」


 発動の言葉を唱えれば、床から一気に、フィールド全体に猛烈な寒気が吹き出す。

 そして、俺を中心として、氷の花が咲きはじめる。

 床のあちこちから突き出す、花びらを象る氷壁。それは薄く固く、俺とシナモンの間を遮り、進路を塞いでいく。


「お得意の、氷の上級範囲魔法か! だが、こんな薄い壁で、私を止められると思うなよ。すぐに破ってやる!」


「それはどうかな」


 この魔法の真価は、氷壁ではない。


「地獄の氷花はな……花びらにも棘があるんだ!」


 俺が魔力で指示を飛ばすと、花びらから氷の棘が無数に出現する。


「なっ!」


 シナモンの声が、何枚もの氷壁で隔てられた向こう側から、聞こえてくる。


「――綺麗な花には棘があると言うが! 花びらから棘が出るなんて、聞いたことがないぞっ!」


 ぼやきながらも、紫電を纏った剣で棘を弾き、氷壁を斬り倒しているのだろう。

 硬いものがぶつかり合う音が、間断なく聞こえてくる。


「ちっ、こざかしい! このようなもの、一掃してやる!」


 ぶわりと、シナモンの魔力が猛烈に膨れ上がる。大きな魔法を使うようだ。


「――『雷撃陣ライトニング・サークル』!」


 紫色の電撃を伴った剣圧で、シナモンの方向から氷壁がスパスパと面白いように斬れ、溶け落ちてゆく。

 そして、ついに。


「『氷壁アイスウォール』!」


 シナモンが姿を現すと同時に、俺は前方に分厚い氷壁を張る魔法を。


「――『雷光フラッシュ』!」


 攻撃に全振りしてくると思っていたが、シナモンは予想外にも、搦め手――雷光で目を眩ませる魔法を放った。


「そう来たか!」


 光に包まれ視界は不自由。双方の魔力が辺りに満ちていて、魔力による探知もできない。

 奴が左右どちらから攻めてくるか、予想がつかなかった。

 剣に纏った氷の魔力も、氷刃にしてあと一発。無駄撃ちはできない。


「くそっ、どちらから来る……?」


『右斜め後ろっ』


「――!?」


 突然、心に声が響く。

 俺はその声に従い、右斜め後ろに向けて、剣から最後の一発となる氷刃を繰り出した。


「くっ!」


 氷刃を放った方向から、シナモンの小さな呻き声と、氷を剣で弾く甲高い音が聞こえる。

 この魔法を使ったシナモン自身も、周囲は見えておらず、魔力探知もできないのだ。先程放った氷刃が、どうやら彼女を足止めすることに成功したらしい。


「終わり! 三分経ちました!」


 その時ちょうど、時間を知らせるミアの声が届き、試合は終了したのだった。



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