4-22 声 ★ウィリアム視点
ウィリアム視点です。
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シナモンとの試合が終わり、俺はフロアを覆っている氷を全て消し去った。
床の上に氷を張り巡らせていただけだから、訓練場の魔法陣は全く傷ついておらず、外にも被害は出ていない。
シナモンは、剣をおさめると、悔しそうに紫色の髪をガシガシと掻いた。
「くそ、完敗だ。やはり強いな、ウィリアムは」
「いや、時間がもう少し長かったら、俺が負けていた。剣に宿した魔力は、あれで最後だったからな……次に肉薄されていたら、もう打つ手なしだった」
「時間配分も含めて、実力ということだ。それに、最後の一撃……お前は私の位置を完璧に読んでいたじゃないか」
「違うんだ。あれは……俺の力じゃない」
俺はそう言って、歯がみする。
あの時、心の中に響いた声――あの声がなかったら、俺は負けていた。
「何を言ってる。とにかく、私の完敗だよ。いい試合だった、ありがとう」
「……ああ」
シナモンは、悔しそうな、しかし爽やかな笑顔を残して、さっさと場外へ出て行ってしまった。
彼女はミアから懐中時計を回収すると、手をひらひらさせて訓練場から去って行った。
神殿騎士たちは、化け物でも見るかのような畏怖の表情を浮かべ、ピシリと敬礼をしてシナモンを見送っている。
「……ふぅ」
俺も、小さく息をついて、ミアとブラン、神殿騎士たちが待つ場外へと向かう。
神殿騎士たちが、敬礼の体勢のままくるりとこちらを向いた。
「ウィル様!」
「ミア、ただいま」
ミアは、神殿騎士たちとは真逆で、待ちきれないとでも言うようにそわそわとしながら俺が戻るのを待ってくれていた。
可愛らしい恋人の姿に、自然と笑みがこぼれる。
「すごい戦いでしたわ! お怪我はありませんか?」
「ああ、無事だよ。ありがとう。……ところで、きみたち。楽にしていいぞ。肩が凝るだろう」
俺はミアに礼を言うと、依然として固まっている神殿騎士たちに向かって、敬礼を解くように伝えた。
神殿騎士たちはさらに恐縮しつつも敬礼を解き、失礼しますと言って訓練場から出て行った。
どうやら、シナモンとの模擬戦闘でやりすぎたせいで、かなり怖がらせてしまったらしい。
結局、訓練場に残されたのは、俺とミアとブランだけだ。
「あの氷の花の魔法、すごく美しくて、見入ってしまいました。ブランも一生懸命背伸びして、檻の中からウィル様を応援していたのですよ」
「ふふ、ありがとう。ところで、最後にシナモンが『
「あれは驚きましたわ。私も直視できなくて、後ろを向いて懐中時計を見ることに専念してしまいました」
「ミアにも見えてなかったんだね?」
「ええ」
「ということは……」
俺は、低い棚の上に置かれている檻の中――魔兎のブランに目を向ける。
ブランの目の位置は、訓練場の柵よりもわずかに高い。
「もしかして、ブランか?」
「きゅいっ」
『そうだよっ』
「――!?」
俺が問いかけると、ブランの鳴き声と同時に、先程心の中に響いてきたのと同じ声が聞こえた。
「ウィル様、どうしたのです? そんなに驚いた顔をされて」
「い、今……ミアには聞こえなかった?」
「え? 何がですか?」
「きゅううん、きゅるる、きゅう」
『ママには聞こえないよ。ボクの声が聞こえるのは、ボクに名前をくれたパパだけだよっ』
「はぁ!? ママに、パパ!?」
「う、ウィル様、急に何を言い出すのですか!?」
やはり、先程から聞こえているのはブランの声だったようだ。
そして、ブランの言うとおり、ミアにはこの声が聞こえていないらしい。こいつにつられて変なことを口走ったせいで、ミアはおかしなものを見るような目でこちらを見ている。
「ち、違うんだ。ブランがそう言って……」
「ブランが……? 何をおっしゃっているのです……?」
「ブランの声が聞こえるんだよ、さっきから」
ミアはさらに不審そうな顔をする。俺は困り顔でこの怪奇現象を説明しつつ、ブランに向き直った。
「ブラン、俺にだけお前の声が聞こえるのは、俺がお前に名前をつけたから……ということか?」
『うん。そう言ってるだろっ』
「だから俺がパパなのか? ママっていうのは……」
『ボクのビョーキを治してくれたのは、パパの中にあったママの力だろっ。本当の親のことなんて覚えてないから、ボクを正気に戻してくれた二人が、パパとママだよっ』
「そういうことか……」
「あの……ウィル様?」
「ああ、ごめんごめん。ミアにも説明するよ」
俺がブランから聞いた話をミアに説明すると、ミアはようやく納得してくれたようだった。
「ブランとお話できるなんて、羨ましいですわ……! ねえブラン、ママとはお話できないの?」
『できないよっ。ボクに名前をくれたのはパパだからねっ』
「……できないみたいだ。ミアに名前を決めてもらえば良かったな」
「いいえ、私では、こんなに素敵な名前は思いつけませんでしたから。パパが通訳してくださいね」
「パっ……! それは駄目だ、反則だ、ミアが言うと破壊力が抜群すぎる……」
ミアは赤面して慌てる俺を見て、くすくす笑っている。俺の天使は、いつからこんな小悪魔になったのだろうか。
「ブランちゃん、あなたのパパは可愛いでちゅね?」
「や、やめてくれ。俺の心臓がもたない」
俺は胸に手を当て、その場に膝をつく。
そうか、これは当てつけか……俺だけがブランと話せるから……!
何てことだ、シナモンの攻撃より、何百倍も恐ろしい……!
ミアはくすくすと笑いながら、ブランの檻に指を入れて、長い耳の裏を撫でている。ブランも気持ちよさそうに目を細めた。
俺はブランにまだ礼を言っていなかったことに気づき、息を整えた。
「と、とにかく、さっきはブランのおかげで助かったよ。ありがとう」
『どういたしましてっ。ボクもパパの役に立てて嬉しいよっ』
ブランはきゅい、とひと鳴きすると、檻の中をぐるりと一周し、小さく跳ねたのだった。
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