第五章 忍び寄る影
2-27 突然の来訪者
魔法師団の魔道具研究室で魔石の浄化実験に協力した日から、半月が経った。
あれから、『魔力探知眼鏡』は正式に魔法騎士団の承認を得て、魔法師団を通じて資金と人員を追加され、超特急で量産体制に入ったそうだ。もう半月もすれば、魔法騎士団にも充分な量が行き渡るだろう。
魔法騎士団から受けた依頼――呪物の調査に関しては、『魔力探知眼鏡』の完成をもって終了という判断になった。
ブティック・ル・ブランやガードナー侯爵家の捜査に関しても、何か水面下で動いているようだが、詳しいことは教えてもらっていない。
また、魔道具研究室には、魔石の件で個人的に協力することを決めたが、あれからまだ音沙汰はない。今は『魔力探知眼鏡』の関係で多忙な上、人の出入りが多くて、実験を進められる状況ではないのだそうだ。
なんせ、実験への聖魔法の利用は機密案件なのである。
教会は、聖魔法の秘密を外部に出すことを嫌うと、以前ウィル様が言っていた。実験に無断で聖魔法を使用したことが教会関係者に露見したら、私の身だけではなく、魔道具研究室自体の存続も危ぶまれてしまう。
ウィル様も最近は非常に忙しそうで、なかなか会う時間を取れずにいる。
けれど、今はスムーズに手紙のやり取りができるようになったため、前ほど寂しさを感じない。それどころか、新しい交流の仕方を見つけて、楽しみが増えたくらいだ。
そんな中で迎えた今日。
久しぶりに、ウィル様がエヴァンズ子爵家を訪問することになっていた。
今日は私の誕生日。
ウィル様も、お祝いの席に参加してくれるのだ。
今日は、ダイニングルームの掃き出し窓が全て開放され、そこから続くテラスガーデンと行き来できるようになっている。天気も良く、暖かい日は、窓を全開にするととても気持ちが良い。
ダイニングのテーブルには、六人分のセッティングが用意されている。私とウィル様と、お父様、お母様、オスカーお兄様、妹のマーガレットの分だ。
六人で食卓を囲むのは初めてで、私は少しだけ緊張していた。
特に、マーガレット……手紙の件が解決してから、彼女はまだウィル様と顔を合わせていない。とても……とても心配だ。
「ふふ、ミアお嬢様。オースティン様がお越しになるのが、よほど楽しみなのですね」
「あっ……ごめんなさい、落ち着きがなくて」
侍女のシェリーに、笑われてしまった。
心配すぎてそわそわしていたのを、楽しみで落ち着かないのだと勘違いさせてしまったようだ。
「もしよろしければ、テラスでお待ちになってはいかがですか? 今日は暖かいですし、馬車が来たらすぐにわかりますから」
「……そうね。そうしようかしら」
「では、お茶をご用意致しますね」
確かに、シェリーの言う通り。部屋の中にいるより、外にいた方が落ち着くかもしれない。
「ええ、ありがとう。お願いね」
シェリーにお茶の用意をお願いして、私は先にテラスへ向かった。
*
ダイニングからつながっている、ガーデンテラス。
普段ウィル様が訪ねて来た時に、一緒に過ごすことが多い場所だ。
「ぽかぽか陽気ね」
草花は春の風にそよぎ、綿菓子のように柔らかそうな雲が、青空にぷかぷかと浮かぶ。白いガーデンテーブルの奥、色とりどりに咲き誇る花壇から、春の風が甘い香りを運んでくる。
天気の悪い日や聖魔法の練習をする時など、私の部屋やサロンで過ごすことも多いが、本当はこのテラスで過ごす時間が一番好きだ。
季節を肌で感じられるし、何といっても、開放感がある。
――だが。
今日に限っては、室内で待っているべきだった。
突然の、招かれざる来訪者があるなんて、思いもしなかったのだ。
「お引き取り下さい。困ります」
「いいえ、帰れません。言われたことをちゃんと確かめるまで帰れないんですぅ」
シェリーにお茶を用意してもらってテラスでのんびりしていると、正門の方から、何やら押し問答が聞こえてきた。
「何かしらね」
「少し確認して参ります」
シェリーは正門へと向かう。
「いくら確かなご身分の方でも、許可が取れなくては、私の一存ではお通しすることはできないのです。ご理解下さい」
「もう! そんなこと言って、間に合わなかったらどうするんですかぁ!」
「ですが……」
「どうしたのです?」
門番と来訪者の間に、シェリーが割って入ったようだ。
「あっ、お屋敷の方ですか? 門番の人が通してくれないんですぅ。何とか言って下さい!」
「その服装――」
そこでシェリーの言葉は途切れてしまった。
子爵家の前を通った馬車の音に、かき消されてしまったのである。
音は止まることなく進んでいったから、ウィル様ではないようだ。
「――ですので、ひとまずお引き取り下さい」
「そういうことなら、仕方ないですぅ。ちゃんと確認を取ってから来ますぅ」
シェリーと来訪者の話は、どうやら片がついたようだ。
誰のお客様かは知らないが、先触れを出さずに来てしまい、予定が入っているなどといって断られたのだろう。
シェリーは一度私のところに戻ってきて、一言断りを入れてから、来訪者についてお父様に報告をしに行った。
「何だったのかしら」
声からして、若い女性のようだった。
考えられるとしたら、マーガレットの客人だろうか。
もしくは、オスカーお兄様だったりして。
お兄様がそれらしい女性と一緒にいるところを見たことはないが、お兄様だって学園に通っているのだし、嫡男だし、親しい女性がいてもおかしくはない。
……が、少しだけ配慮に欠ける女性のようだから、やはりマーガレットの友人かもしれない。
「……なんて、流石に失礼ね」
マーガレットの友人だからといって、デイジー嬢のような令嬢ばかりではないだろう。
失礼なことを考えていた自分を恥じていると、再び馬車の音が聞こえてきた。
今度こそ馬車の音は子爵家の正門前で止まり、門番の合図で門が開かれていく。
「ウィル様がいらしたのね」
私は婚約者を一番に出迎えようと、すぐに立ち上がって、正門の方へ足を向けたのだった。
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