2-26 浄化 ★視点変更あり



 言われた通り、壁に設置された機器の端末に、『浄化ピュリファイ』の聖魔法を流し込んでいく。

 使用した感覚は『解呪アンチカース』と似たような感じだが、呪いを解くよりも魔力消費が少なくて、ちょっとだけ楽だ。


 だが、魔法自体は簡単でも、機材……いや、魔石はぐんぐんと私の聖力を吸い取っていく。

 私は、目を閉じて集中する。


 瞼の裏で、光がはじけて、くらくらする。

 このままでは、まだまだ浄化しきれない。

 もっと、力を込めないと。


「――ア、もう……」


 もっと。

 まだまだ、もっと――。


「――ミア。もういい、やめるんだ、ミア!」


 制止の声が届くと同時に、強く腰を引かれる。

 私は、ハッとして目を開き、『浄化ピュリファイ』の魔法を中断した。


 ずっしりと重くなった身体に、私はようやく、自分の聖力が底をつきかけていたことに気がついた。

 ウィル様が、私を腕の中にしっかり閉じ込めて、心配そうに声をかける。


「ミア……無茶しすぎだよ」


「……ウィル様……ごめんなさい」


 ウィル様は、そのまま私を横抱きにした。


「きゃっ、わ、私、重いですわよ」


「重くないよ。むしろ軽すぎるぐらいだ。……とにかく、もう休んだ方がいいね」


 ウィル様は私を抱き上げたまま、アラザン室長の方へ向き直り、目礼をした。


「室長、今日は、このまま帰ります。後で魔法通信をいただけますか」


「……わかった……ミア嬢、無理させてごめん。ウィル君、ありがとう」


「あの……中途半端で、申し訳ございません」


「……いや、中途半端じゃないよ。むしろ……。とにかく、ありがとう。ウィル君を通じて、また連絡するよ」


 ウィル様に抱き込まれていて、魔石がどうなったのか、私の位置からは見えなかった。

 まだまだ浄化が終わった感触はなかったが……少しは役に立てただろうか。



――*――


 ウィリアム視点に変わります。



 帰りの馬車で、俺の肩にもたれて、愛しいミアは寝息を立てていた。

 ミアに、あれほど膨大な聖力が宿っていたなんて。

 魔力と聖力の違いはあるが、保有魔力の総量は、俺と同じぐらい――いや、俺よりも多いかもしれない。


 ミアは、すさまじい集中力で『浄化ピュリファイ』の魔法を発動し続けていた。

 黒かった魔石の色がすっかり抜けて、無色透明に変わっても。

 それから、透明だった魔石が、次第に白い輝きを帯び始めても。


 きっと、魔石が機材に繋がれていて直接見ることができなかったから、浄化がすでに完了したことに気がつかず、魔法を使い続けてしまったのだろう。

 そして、あの白い魔石の輝きは……『癒しの護符』にはめ込まれていた魔石が、最初に放っていた輝きと同じだった。

 おそらく、あの白い光こそが、聖魔法の輝きなのだろう。


 となると、疑問が次々と湧いてくる。


 ――教会の与えてくれた護符に、なぜ魔石が?

 教会は、魔石をどこから手に入れ、どうやってあの小さなサイズに加工した?

 そもそも、どうして教会は、魔石の扱い方を知っていた……?


「教会、癒しの護符、魔石……呪い」


 俺は考えを整理しようと、気になることを、小さく声に出して羅列していく。


「ブティック・ル・ブランの呪物。魔石を縫い付ける前の生地を製作していたのはリリー・ガードナー嬢。ガードナー侯爵家は、神殿騎士団の家系。……神殿騎士団なら、魔獣討伐もするから、魔石を入手できる。神殿騎士団が守るのは、聖女……すなわち、教会・・


 全部の考えが一巡りして、思考の始まりに、戻ってくる。

 ――まさか。

 恐ろしい考えが、俺の頭をよぎる。

 だが、この考えが正しいならば、全ての辻褄が合う。合ってしまう。


「……呪いの蔓延には、教会が関わっている……?」


 まだ正式に平民街を調査した訳ではないものの、例の病が報告されているのは、貴族が中心。

 貴族は、病を治すためなら、教会に多額の寄付をすることを厭わない。


 言い方は悪いが、呪いが蔓延すればするほど利益を被るのは、誰か?

 魔族を除けば、それは、唯一呪いを解く力を持つ、教会だけなのだ。


「ん……」


 俺の肩で、ミアが小さく身じろぎをした。

 膝にかけたブランケットを、引き上げるような仕草をしている。

 どうやらいつの間にか、冷たい魔力が漏れ出ていたようだ。


「ふう……」


 俺は深呼吸して、無意識に垂れ流していた氷の魔力を引っ込める。

 もしも俺の思った通り、呪いの件に教会が関わっているのなら――。


「……これ以上、ミアを関わらせるわけにはいかないな」


 遅かれ早かれ、教会と魔法騎士団は、対立することになる。

 ――ミアを任務に巻き込んで、教会にミアの秘密が露見してしまうことだけは、絶対に避けたい。

 

 穏やかな顔で眠るミアに、目を覚まさなくなってしまった、逆行前のミアの姿が重なる。


「ミアは、必ず守る。教会の闇を暴いて、それから――」


 俺はグッと拳を握り締める。


「……絶対に、生き残ってみせる。ミアのためにも」


 ――『魔女』が求める『賢者の石』。


 卑金属を金に変える。

 呪いや毒、不治の病までたちまち治す。

 『命の水』を精製し、それを飲んだものは不老不死になる。


 様々な伝説があるが、『魔女』が『賢者の石』を求める理由は、おそらく一つ。


 ――『魔女』には感謝しているが、ミアと過ごす未来は、俺のものだ。

 『魔女』なんかに、俺の時間は一秒たりともくれてやるものか。


 決意を新たに、俺は、膝の上で日記をつけはじめた。

 耐震の魔道具を設置しているこの馬車は、ほとんど揺れることがなく、文字を書くのも難しくない。


 逆行してから、俺は毎日、日記をつけていた。

 逆行前は日記をつける習慣はなかったが……もしもの時のためだ。

 自分自身の気持ちや魔道具の開発アイデア――それからミアとの思い出を、可能な限り細かく書き記している。


 この日記が役に立つ日が来ないことを祈って、それでも俺は、文字に想いを託す。

 一言一句、丁寧に。

 愛を、想いを、思い出を込めて――。


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