2-22 魔道具の完成
エヴァンズ子爵家をウィル様が訪れてから数日。私は、魔法師団の魔道具研究室に呼ばれていた。
ウィル様は私を魔道具研究室まで送ってくれた後に、「どうしても外せない仕事がある」と言ってどこかへ向かった。仕事が終わったら、私を迎えに来てくれるそうだ。
研究室の扉をくぐると、ウィル様の乳母であり、この研究室の副室長であるビスケ様が、中を案内してくれた。
カスター様やホイップ様以外にも、たくさんの研究員が働いているようだ。あちこちで図面や文献とにらめっこしながら、議論が交わされている。活気のある職場である。
ビスケ様は研究室内を一通り紹介してくれたのちに、会議室に私を案内した。
長いテーブルがコの字型に並べられ、簡易的な椅子がその周りに配置されている。
遮音用の魔道具はもちろん、魔法通信機や大きな黒板、手元の書類を拡大して白い壁に映し出す魔道具など、会議用の機材がいくつも用意されていた。
一番奥にあるテーブルで、一人の男性が背中を丸め、書類仕事をしている。
グレージュカラーの長く伸びた前髪が目にかかっていて、うつむいていると表情が全く見えない。
「室長、失礼します。ミア嬢をお連れしました」
ビスケ様が声をかけると、男性は顔を上げた。
顔を上げても前髪が邪魔で目元が見えない。顎には、無精髭が生えている。
「ミア嬢、こちらは魔道具研究室長のアラザンよ」
「はじめまして。エヴァンズ子爵家の、ミアと申します」
「あ……どうも……座って」
アラザン室長は、椅子から腰を浮かせて会釈をする。ボソボソとした声で、私に着席するよう促し、自らも元の位置に座った。
「ほら、室長。しゃんとしなさい、わざわざ来てもらったんだから」
「あ……ごめん」
ビスケ様に指摘されて、ほんの少しだけアラザン室長の背筋が伸びた。だが、まだまだ猫背だ。
「ごめんなさいね、ミア嬢。この人、いつもこの調子なのよ」
「いえ、それは構いませんわ。それより……」
私は、そこで言い淀んだ。会議室に入ってからずっと、私の目には、気になるものが映っていたのだ。
だが、私が指摘するより早く、ビスケ様がそれを言い当てた。
「室長の左手。人差し指、中指、薬指の三指。指先から第二関節まで」
「――っ、どうしてそれを?」
私に見えていたのは、呪いの黒い
「あっ、当たった? 場所もぴったり?」
「はい、ぴったりです。間違いありません」
「呪いの
ビスケ様は嬉しそうに両手を上げると、室長の前まで駆け寄り、正面からぎゅう、と室長を抱きしめた。
「むぐっ、むぐぅ」
アラザン室長の顔が、ビスケ様の豊満なお胸に埋まっている。アラザン室長は、苦しいのか、手をバタバタさせていた。
「あああ、あの、ビスケ様」
「あっ、ごめんごめん。嬉しくてつい……ごめんね、お父さん」
「ぜぇ、はぁ……母さんの、それ、人を殺せる」
私が自分の目元を手で覆いながら抗議すると、ビスケ様は軽ーく謝罪した。
もうアラザン室長から離れたようだ。私は恐る恐る、目元の指を開く。
「あああの、お二人は」
「あ、言ってなかったっけ。夫婦なの、私たち。ちなみに、カスターは私たちの息子」
「ほええ」
驚きのあまり、貴族令嬢らしからぬ変な声が出てしまった。夫婦だとしても、他人の目の前で……けしからん。
ついでに、私が密かに自分の身体を見下ろして、少し悲しい気持ちになったのは、内緒である。
「ええと、それで」
ビスケ様は、ううん、と咳払いをして、話題を戻した。
アラザン室長も、頭がさっきよりもボサボサになっているものの、呼吸は整ったようだ。
「魔力検知用のアイウェア型魔道具――前にプロトタイプを見せたでしょう? ウィル君のおうちで、ストールの呪力と、ミア嬢の聖魔法を測定した日に」
「はい、覚えています」
私が魔法の練習を始めた時に、ウィル様が作ったと言って持ってきた眼鏡。
オースティン伯爵家で魔道具研究室の三人と初めて顔を合わせた時に、ビスケ様がその改良版を持ってきていた。
確か、特定の魔力波形を検知して、目視できるようにする魔道具だとか。
「もしかして、あの時の魔道具が完成したんですか?」
その時はまだ未完成で、呪力の波形を読み込ませて検知できるように改造すると言っていた。
その改良版の魔道具が完成したということだろうか。
「そうなのよ! それで、ちゃんと正しく見えているか確認するために、ミア嬢に来てもらったってわけ」
「……もしかして、その指先の呪い……」
「あ、心配しなくても、わざとじゃないのよ。室長ったら、ウィル君が持ってきたブレスレットを確認しようとして、触っちゃったの」
「……丸二日、徹夜した後だったから……うっかりした」
「そうでしたか」
ウィル様が持ってきたブレスレットとは、私と街歩きをした際に宝飾店で見つけた呪物のことだろう。
とすると、かなり最近のことだ。だから、呪いが深部まで広がっていないのだろう。
「アラザン室長、もしよろしければ、その呪い、私が解呪致しますわ」
「うん……お願い。それから……解呪ついでに、聖魔法の魔力波形、測定したいな……」
そう言って、アラザン室長は、ぼそぼそとした喋り方にそぐわぬテキパキとした動きで、測定機器をセッティングし始めた。
「――『
以前、カスター様の呪いを解いた時と同じく、アラザン室長は測定機器を片手で操作しながら解呪を受ける。
だが、色々と思い悩んでいたあの時と違って、聖魔法の威力は弱まっていない。
むしろ、力は以前よりずっと強くなっていて、解呪はあっという間に済んだのだった。
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