2-21 お見舞い
その後、サロンに呼ばれて情報共有を終わらせた私たちは、オスカーお兄様のお部屋を見舞っていた。
お兄様の傷は昨日完全に癒したものの、まだ本調子ではないようだ。血を失ったためだろう、まだいつもより顔色が白い。
それでも、私とウィル様が部屋を訪ねると、お兄様は優しい垂れ目をふにゃりと細め、ベッドから身を起こして迎え入れてくれた。
「ウィリアム様、お見舞いに来てくれてありがとうございます」
「オスカー殿、無事で良かったです。どうぞ楽に」
「すみません。聖女様のお力で傷は完治したのですが、どうやら貧血らしく、立ち上がるとふらついてしまうもので」
お父様は、お兄様に「教会から聖女を派遣してもらった」と伝えたようだ。
マーガレットには「ショックで倒れた」と伝えているようだし、直接怪我をしたところを見た使用人もいるし、彼らを含めて使用人の誰も聖女が来訪したところを見ていないのだし……お父様は、子爵家内の情報共有はどうするつもりでいるのだろう。
今はお兄様の部屋への立ち入りを制限しているから良いが、そのうち不審に思う者が出てくる気がする。まあ、その前にどうにかするとは思うのだが。
「ご無理なさらないで下さい。かなりの深手だったと聞いています」
「ありがとうございます。……あ、そうだ、ミア。ミアにもお礼を言わなきゃいけなかったな」
「え? 私ですか?」
私は、思わずウィル様と顔を見合わせる。
お見舞いに来たことのお礼だろうか。
――それとも、もしかして、傷を治癒したのが私だと気づいた?
『
「ああ。僕が怪我をして眠っている時、ミアが声をかけ続けてくれていたんじゃないかと思って」
「え……? どうしてそう思われたのです?」
「僕、『紅い目の男』にやられてからずっと、悪夢に囚われていたんだ。傷は熱くて、でも寒くて、苦しくて、真っ暗闇で、心がバラバラになるみたいな世界」
お兄様は、その時のことを思い出したのか、ぶるりと小さく身震いした。
「でも、そこに現れたのが、真っ白な光だった。暖かいその光に近づくと、苦しみも痛みも徐々に消えていった。世界が闇から色を取り戻した時に、見えていた光は、人の形をとった――それが、なぜかミアだったんだ」
「白い、光……ですか?」
「僕にも不思議なんだけどね。父でも母でも友人でもなく、お世辞にも接する機会が多かったとはいえない、ミアだった。それってさ、その時きっとミアがそばにいて、祈ってくれていたからなんじゃないのかなって。そうとしか考えられないんだ」
「……そうでしたか。確かに、お兄様のおそばで、お兄様が良くなるようにと祈っておりましたわ」
「やっぱりそうか。身体を治療してくれたのは聖女様なんだろうけど、僕の心を死の淵から呼び戻してくれたのは、間違いなくミアなんだ。ミア、本当にありがとう」
「いえ、私は何も……」
私は曖昧な笑みを返す。内心ヒヤヒヤしたけれど、お兄様は私の秘密に気づいている訳ではないようだ。
ふとウィル様の方を見ると、彼は何かを思い出そうとしているように顎に手を当て、あさっての方向を向いていた。
「そうだ、ウィリアム様。お役に立てるかもしれない情報があります」
「……何でしょう」
「『紅い目の男』の使った魔法についてです。父上は魔法に詳しくないですから、あまり情報は得られなかったでしょう?」
「はは、まあ、確かに……」
お兄様の言う通りで、お父様は魔法について全く詳しくない。だから、先ほどの情報交換では、魔法についての話題は出なかった。
お父様からは『紅い目の男』の話と、ヒースの主人の話、ヒースが人質を取られている可能性があるという話。
オスカーお兄様が傷を負い、私が治癒した話。
ウィル様からは、軟禁状態にあったリリー・ガードナー侯爵令嬢と思われる女性と、『ブティック・ル・ブラン』の刺繍の話。
侯爵家裏庭には他にも隠された納屋や地下室などがある可能性が高いという、オースティン伯爵家の隠密からもたらされた情報。
そして、お父様の話とウィル様の話を総合して、ヒースとリリー嬢が互いに互いの人質となっており、『紅い目の男』に従わざるを得ない状況になっているのではないだろうかという推測が交わされた。
「――あの時、『紅い目の男』が使った魔法は、僕が覚えている限り、三種類です」
お兄様は指を一本ずつぴっと立てて、順番に話してくれた。
一つ目は、黒い茨の魔法。馬を眠らせたという。
二つ目は、黒い鎌を出す魔法。形状や本数は自由らしく、お兄様の見立てでは、柄のついた鎌も、空中に多数出現してお兄様を傷付けた刃も、同じものだろうということだ。
三つ目は、魔封じの縄を朽ち果てさせた魔法。
男の使った魔法を聞いたウィル様は、信じられないといったような顔をしていた。
「鎌の魔法は、風の魔法に似たような物があるから、想像がつく。だが……眠りの魔法も、最後の魔法も、通常の魔法理論では説明できないな」
ウィル様は、顎に手を当てながら、もう片方の手指で腕をとんとんと叩き、考えに耽っている。
「精神や肉体に干渉する魔法なんて、聖魔法を除いて、見たことがない。それに……刃物を使ったり引きちぎった訳ではなく、魔封じの縄を魔力で朽ちさせるなんて」
ウィル様はそれきり黙り込んでしまった。
また長くなる……そう思ったものの、意外にもウィル様は、すぐに考察を切り上げた。
「オスカー殿、朽ちてしまったという魔封じの縄は、全く原型を留めていない状態でしたか? それとも、回収できていますか?」
「うーん、どうでしょう。僕は途中で気を失ってしまったのでわかりませんが……確か、形はある程度残っていたと思いますから、回収しているかも。破損した馬車に積んだままか、もしくはセバスチャンが持っているかもしれません」
「なるほど、承知しました。もし少しでも残っていれば、魔法師団で魔力を解析することができます。私が預かっても構わないでしょうか?」
「もちろんです。あ、それから、僕が気を失った後のことはわかりませんから、セバスチャンにも話を聞いてみると良いかもしれません」
「ええ、そうさせてもらいます」
お兄様のお見舞いを終え、執事のセバスチャンに話を聞いたウィル様は、さらに驚愕することとなる。
なぜなら、『紅い目の男』が使った四番目の魔法が、今まで積み上げてきた全ての魔法理論を吹き飛ばしてしまうような、異質なものだったから。
まるで空間を操るような、不可思議な魔法――黒い茨に包まれてその場から消えてしまったという、『紅い目の男』とヒース。
彼らはどこへ行ってしまったのだろうか。
ガードナー侯爵家に戻っているのか、それとも――。
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