2-23 癒しの護符
アラザン室長の解呪が終わったところで、カスター様が会議室をノックした。
「カスターです。入ってもいいですか」
「ええ、今開けるわ……って、遮音用の魔道具を起動しているから外には聞こえないんだけどね」
てへ、と舌を出しながらビスケ様は会議室の扉を開ける。
「失礼します。ミア嬢、頼み事してもいいかな?」
「私に? 何でしょう?」
「今朝、ウィルがここまでミア嬢を送ってきただろ。その時にこれ、落としたみたいでさ。渡しといてくれないかな?」
カスター様が私に見せたのは、ぼろぼろになったお守りのような物だった。
薄く細長い金属製の護符で、細かい字で聖なる祝詞が刻まれている。真ん中には透明な宝石があしらわれているが、小さくて何の石か判別できない。
首から下げられるようになっていたようだが、鎖はちぎれており、ところどころ錆びてしまっていた。
「わかりました」
私はそれをカスター様から受け取り、聖なる祝詞を読もうと見つめていると、ビスケ様が横から覗き込んできた。
「あら、これ、『癒しの護符』ね。ウィル君たら、まだ持ってたのね」
「『癒しの護符』?」
「ええ。あの子、子供の頃は身体が弱くてね。時々発作を起こしていたから、痛みを緩和する聖魔法を込めた特別な護符を、常に持ち歩いてたの。もう病気も治ったんだから、必要ないのにね」
「魔力回路が詰まってしまう病気、でしたか」
確か、生まれつきの珍しい病気で、治るまで原因もわからなかったと言っていた。
その病が治ったことで、ウィル様の魔力循環は正常になった。それと同時に髪色も変わって、今のような黒髪になったらしい。
「そうそう。あの頃はもう大変でね。オースティン伯爵は相当塞ぎ込んでいたわね……ただでさえ奥様も亡くなってしまって心が弱っていたし、ウィル君の病気は治らないし。診療所に行っても教会に通っても打つ手がなくて、聖女様から痛み止めの護符を――」
「……ん? 副室長、今、痛み止めの護符と言ったか? 教会は、そんなもの配っていたか?」
アラザン室長が、途中で会話に割って入った。
「ううん、公には配ってないはずよ。高い寄付金を払って、特別にもらった物みたい。でも、長い期間効果が持続するし、薬をずっと常備することを考えたらそんなに損でもな――」
「それだ!!」
突然、アラザン室長が大きな声を上げる。
「え?」
「ああ、なぜ今まで知らなかったんだ! 答えがずっと近くにあったのに! どうして今まで私にその護符のことを言ってくれなかったんだ! あああ、ここに来て二つも……! 魔道具の常識が大きく変わったかもしれないのに、僕は十年も無駄にしてしまった」
「なになに?」
ビスケ様は、何のことやらわからず、首を傾げた。
今までボソボソと喋っていたアラザン室長が、突然饒舌になって、私は戸惑うばかりである。
「まだ気づかないのか? きみも、ウィル君も、一体何をやっていたんだ!」
「んん? あ……そうか。そういうことか」
室長の言わんとすることに先に気がついたのは、カスター様だった。
「ねえ、どういうこと?」
ビスケ様は、まだピンと来ないらしい。カスター様が、噛み砕いて説明を始める。
「あのさ、母さん。今の技術では、何かに魔法を込めようとしても、長時間持続しないだろう? もって半日だ。でも、その護符には聖魔法が長期間込められていたってことだよね?」
「あ、そっか……そうよね」
「父さんの言った、『二つ』のうちもう一つは、呪物だ。どうしてそんなに長期間、呪いの魔法を保持できるんだ? その答えが、護符と呪物に共通するもの――つまり、『魔石』なんじゃないの?」
「魔石? でも、見た感じ、この護符には魔石は使われていないわよ?」
「きっと、役目を終えたから、見た目も変化したんだ」
カスター様は、護符の中央に埋まっている、水晶のような無色透明の石を指し示した。
「真ん中にはまっている石……計測してみない?」
アラザン室長は、カスター様が説明をしている間に、猛スピードで二枚の書類を作成していた。
「今までは素材から正解を導き出そうと頑張ってきたけど、上手くいかなかった」
カスター様が話し終えると同時。
アラザン室長は、『特別実験室使用申請書』と『危険物〈種別・魔石〉使用申請書』に、シュッと音を立ててサインをする。
「でも……正解がわかっていたら、そこから逆行して、正解へ辿り着くルートがわかるかもしれない。そういうことね?」
ビスケ様が続く言葉を引き取ると、カスター様とアラザン室長は、良く似た笑みを同時に浮かべる。
三人は顔を見合わせて頷くと、ビスケ様は書類を、カスター様は『癒しの護符』を手にして、それぞれ会議室から出ていった。
会議室に取り残された私は、どうしていいかわからず、アラザン室長を見る。室長は、先程『
「……さて……測定結果が出るまで時間がかかる。ミア嬢、その間に頼みがあるんだけど……」
「はい、何でしょう」
「……『
「えっと……私が完全に習得しているのは、『
「じゃあ、『
「わかりましたわ……では、薬草か何かを」
「……これでいいよ」
アラザン室長は、あろうことか、近くにあったペーパーナイフで、手の甲を薄く切った。
じわり、と血が滲んできて、私は思わず怯んでしまう。
「ひっ、血……! あ、アラザン室長、何やってるんですか! ご自分を傷つけるなんて、そんなことっ」
「一番手っ取り早いじゃないか。……さあ、機器はもうセットしてある。早く魔法を……」
「……っ。わかりました」
魔法のためなら、躊躇いもなく自分自身を傷つけるアラザン室長に、私は少し恐怖を抱きながらも、『
……もしかしたら、本当は呪物を触ったのもわざとだったのではないか。そんな疑問が鎌首をもたげた。
傷口の近くに手をかざすと、白い光がぽう、と灯る。手の甲の傷はごく浅く、治癒はすぐに完了した。
「……終わりました」
「ありがとう……やはり、少し波形が違うものの、大部分は一緒だな……。そうだ、それからミア嬢」
「何でしょう?」
「オースティン伯爵家で、カスターの呪いを解いただろう? あの時と、さっき僕に解呪を使った時……、何か手応えが違くなかった?」
「えっ……どうしてそれを?」
「数字はね……よく喋る、素直な子なんだよ。今日の方が、威力が高かっただろう?」
私は、心底驚いた。まさにその通りだったからだ。
「今までに『
「ええと……」
私は、ついつい口ごもってしまった。
私が呪いに侵され、それを自ら解呪した後。ウィル様への気持ちが高まると共に、白光が溢れ出し、予期せず強力な『
それから、その少し前。ウィル様になかなか会えず、噂に不信を募らせていた時……あの時は、思うように治癒ができなかった。
「その……、心当たりはあるのですが……」
「……言いづらい?」
私は、肯定するようにうつむく。言いづらいというか、どう説明して良いかわからない。
「まあ……無理に聞くのもな……。言いたくなったら、言って。僕でも、副室長でも、カスターでもいいから」
「……はい」
私の気持ちを知っている、ビスケ様になら言えるかもしれない。彼女なら、急かさずゆっくり話を聞き出してくれそうだ。
そうしている間に、『癒しの護符』の測定が終わったようで、ビスケ様とカスター様が会議室に戻ってきた。
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