1-34 彼のこと
私のせいで命を落としたと思っていたルゥ君が、実は無事だった。
それだけでなく、ルゥ君はウィリアム様で、私が無意識に発動した聖魔法が役に立っていたという。
七年間背負い続けていたものが一気になくなった私は、思い切り泣いてしまった。
嗚咽を漏らす私の背中を、ウィリアム様はただ優しくさすってくれる。
「ミア……落ち着いた?」
「はい。取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、構わないよ。混乱するのは当然だよ」
私が落ち着いたのを見て、ウィリアム様は背中から手を離し、立ち上がった。
引き出しから清潔な布を取り出すと、氷の魔法を使ってそれを程よく冷やし、私に手渡してくれる。
私はそれを、腫れてしまった目元に当てた。
こんなにも気がきくのに、何故、ウィリアム様は私のことを『ちゃんと』見てくれなかったのだろう。
自分たち自身のことは後回しにして。
彼が、何に焦っているのか。何を不安に思っているのか。
教えてくれないから、わかりようもない。
どうして肝心なことは話してくれないのだろう。
私は深呼吸をしてから、目元に当てていた布をテーブルに置いた。
「ウィリアム様……どうして今まで、こんな大事なことを話して下さらなかったのですか?」
「……君が……今の私を充分信用してくれたら、『ルゥ』ではなく『ウィリアム』を見てくれたら……、その時に言おうと思っていたんだ」
「今の、ウィリアム様を……?」
ウィリアム様は、切なそうな表情をした。
私は、彼が何を意図したのかよく理解できなくて、首を傾げる。
「ああ。想像してみて。もし婚約してすぐに、『自分はルゥで、実は生きていて、ミーちゃんのことをずっと探していた』なんて言っていたら、君はどう思った?」
「……それは……」
婚約当初のウィリアム様は、とても冷たかった。
ルゥ君とは、目もとが同じだっただけで、髪の色も違う。性格も表情も違う。
なんなら、ルゥ君は平民だと思っていたし、生きているなんて想像もしていなかった。
「……確かに、信じられなかったかもしれませんわ。あの頃とは何もかも違いすぎて」
「そうだろう。それに、君の父上もだ」
「お父様、ですか?」
「ああ。エヴァンズ子爵は、君のことを今まで大切に隠し育ててきただろう? 七年前の事件のあと、王都で目を覚ましてから、私は当然『ミーちゃん』を探そうとした。けれど、君に繋がる情報は出てこなかった。その翌年以降、別荘地で再び会うこともできなかった」
「ええ……あの事件のあと、別荘には行かせてもらえなくなりましたの」
魔獣に襲われたことがトラウマになったのは、私だけではなかった。
春は、社交シーズン。
他の家族は皆王都に滞在していたのだが、魔法通信で『別荘に滞在中のミアが魔獣に襲われた』と連絡をもらったお父様は、それはもう取り乱して、大変だったらしい。
事件以降、お父様は社交シーズンでも私を手元に置きたがったし、私も、お客様が来ている時は自室にこもって過ごした。
私自身も、そのことに何の不満も感じなかった。危険な目に遭ったり、知らない人に会って話したりするより、その方がずっと良かったのだ。
ウィリアム様は頷いて、話を続ける。
「私はその翌年、別荘のあった周辺の村をくまなく調べたんだ。けれど、付近に住む女の子の中に、銀髪の子はいなかった。それに、社交の時期にも関わらず別荘地を訪れる貴族家には、私たちも含めて、皆何かしらの事情がある。お忍びで来ていたんだ。権限を持たない俺には深く探れなかった」
「確かに、そうですわね……私だってそうでした。社交シーズンである春に、人目を避けるために別荘へ送り出されていたのですもの。他の貴族の方々にも事情があったのであろうことには、納得がいきますわ」
「ああ。エヴァンズ子爵は、ずっと君を隠していた。俺と婚約が決まるまで、社交の場にも出さず、守ってきた。それまでは、表に出る二人の子の他にもう一人娘がいるが、身体が弱くて外に出られない、という話になっていたんだ」
私は、頷いた。実際、ウィリアム様の言う通りだ。
最初は、私が拾い子だから、両親の実子ではないと気付かれないように、人目を避けていたのかと思っていた。
だが本当は、聖女の血を引いている私を教会から守る手段が見つかるまで、可能な限り外に出したくなかったのだろう。
「――なのに、子供の頃から君を忘れられず、探していたと言われたら? 私の力不足で、ミアを魔獣から守りきれず、怖い思いをさせてしまっていたのだと知ったら?」
ウィリアム様は、そこで一息区切って、小さく首を振った。
「……父上の『魔法騎士団長』の肩書きと、私自身の学生時代の功績を提示したことで、ようやくミアを守れる力があると信頼してもらえたんだ。そうしてやっと顔を合わせる運びにまで持ち込めたのに、そんな話を聞かれたら……一瞬で不信感を持たれて、破談になっていたかもしれない」
「……確かに、そう、かもしれません」
ウィリアム様は、何かを思い出すような遠い目をして、ふっと破顔した。
「……ねえ、ミア。覚えている? 婚約の席で、『ミア』と『ウィリアム』として、初めて顔を合わせた時のこと」
ウィリアム様は、私と目を合わせて、優しい声でそう問いかけたのだった。
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