1-4 魔法騎士を目指す彼




「やあ、ミア。今日もすごく可憐だね。いつもと髪型を変えた?」


「え、ええまあ」


「可愛い。すごく似合っているよ」


 今日も今日とて、ウィリアム様は絶好調だ。

 新緑色オリーブグリーンの瞳を楽しそうに輝かせて、秀麗な笑顔を惜しげもなくこちらへ向けている。


 一方、私は相変わらず気が重い。

 ――とは言っても、ウィリアム様が態度を変える前のような気まずさはもう感じないのだが。

 今は「どう反応していいかわからなくて気が重い」というのが、正直な気持ちだ。


「もしかして、アイメイクも変えた? いつもより涼やかな感じがする」


「……よ、よく気がつきましたわね」


 髪型はいいが、目元のメイクという細かい部分まで指摘され、私はちょっぴり身震いしてしまった。

 女性同士でもなかなか気付かない部分だ。

 ウィリアム様は私がちょっと引いていることも意に介さず、ドヤ顔でキラキラオーラを振り撒いている。


「ところで、ミア」


 ウィリアム様は、突然私の手を取り、両手で包み込んだ。

 私は一瞬ビクッとするが、されるがまま大人しくすることにした。


 魔法騎士を目指して鍛錬を続けている彼の手は、私の手などすっぽり包めるぐらい大きい。

 ところどころマメができて硬くなっているが、暖かく優しい手だ。


「はい、なんでしょう」


 私がウィリアム様の顔を見ると、彼は理知的な二重の目を眩しそうに細めて、口元に緩い弧を描いていた。

 こんなに優しい笑い方ができるなんて知らなくて、私は少しドキッとしてしまう。


「……避けないんだね?」


「……あ……」


 その言葉に、私は手を引っ込めようとする。

 しかし、ウィリアム様の手は私の手をしっかり包み込んでおり、簡単には離してくれそうにない。

 私は無駄な体力は使わず、すぐに諦めることにした。

 ウィリアム様は私の手を包んだまま、正面から私の瞳を覗き込む。


「ミアは、私のことを嫌い?」


「嫌いじゃ、ないです」


「そうか……良かった」


 ホッとしたように静かにこぼすウィリアム様の言葉に、私の胸はちくりと痛んだ。

 確かに嫌いではない。

 けれど――。


「どうしたら……もっと私に心を開いてくれる?」


「……どう、と言われましても……」


 瞳の奥に寂しさと、言いようのない切実な何かを秘めたウィリアム様に、あの子・・・の姿が重なる。

 ――今はもうこの世にいないあの子・・・も、同じような新緑色の瞳をしていた。

 彼の瞳の緑色ペリドットはとても美しくて、引き込まれそうで――もう少し、その深淵を覗いてみたくなる。


「ウィリアム様。これまで、私たちはあまりお話をしてきませんでしたよね」


「……うん。そうだね」


「ですから、ウィリアム様のことを、私はよく知らないのです。……よく知らない人に心を開くことは出来ません」


「……それも、そうか。結局、の自業自得だったってことだよな」


 ぽつりと呟いて自嘲するウィリアム様の表情に、暗い影がぎる。


「けれど、私は君と心を通わせたい。今度こそ・・・・


 そう言って顔を上げたウィリアム様の顔には、もう暗い影は落ちていなかった。

 代わりに彼は、優しく目を細めて、寂しげに微笑む。

 重ねたままの手に、きゅっと力が入った。


「だから、少しずつでいいから――私のことを知ってほしい」


 私は口を開こうとしたものの、何と返していいかわからず、結局ただ静かに頷いたのだった。





「――それで、魔法騎士の採用試験が年明けに控えていてね。騎士団長を務める父上の顔に泥を塗らないよう、今は必死で鍛えているんだ」


 準備と鍛錬で忙しくなければ、本当は君とデートに行きたいのだけれど、とウィリアム様は口を尖らせる。

 それでも忙しい合間を縫って、どんなに短くとも月に二、三回は私のところに顔を出すのだから、充分だろう。


「絶対に首席合格してやるんだ」


 そう意気込むウィリアム様は、手をきゅっと握った。

 痛くはないが、触れる温度にどうにも調子が狂う。


「頑張ってください」


「ああ。ありがとう」


 私が応援の言葉を告げると、ウィリアム様は相変わらず私の手を握ったまま、嬉しそうにはにかんだ。


 あれから、ウィリアム様は自分のことを話し始めた。

 ――何故か、ずっと私と手を重ねたまま。


 王国の精鋭部隊エリートである魔法騎士を目指していること。

 魔法騎士団は毎年一月に採用試験を行っていて、十六歳以上であれば何歳であっても受験できること。

 試験に合格したら、その年の四月から正式に入団できること。

 そして、身分も年齢も性別も問わず、魔法騎士団では実力だけがものを言うこと。


「魔法騎士のお仕事は大変だと聞きますわ。魔力を宿した獣――魔獣を退治する際には、命を落とすこともあるとか」


「ああ、そうだね。元凶となる魔族こそ滅びたものの、まだ魔獣はそこら中にいて、定期的に退治しないと人里に被害が出る。魔法騎士の仕事は、要人警護や凶悪事件の解決など多岐に渡るけれど、やっぱり一番大切な仕事は、危険な魔獣の群れを見つけて狩ることなんだ」


「そんな危険なお仕事なのに、ウィリアム様はどうして魔法騎士を目指そうと思ったのですか? やはりお父様の影響で?」


「まあ、それもあるけど……一番の理由は、今はまだ内緒」


「……?」


「いつか話す準備が出来たら、教えてあげるよ」


 こてんと首を傾げる私を見て、ウィリアム様はただ微笑むだけ。

 今はどうあっても教えるつもりがないようだ。


 ――しかし、秘密にされると気になるのが人というもの。

 いつか話す準備が出来たら、という微妙な言い回しも引っかかる。

 なんだかんだ、私はウィリアム様のことがどうにも気になってきたのだった。


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