1-3 もう一度チャンスを



 ミア視点に戻ります。


――*――


 ウィリアム様が謎の変化を遂げた日から、彼が私の家、エヴァンズ子爵家を訪れる頻度も増していた。

 以前はひと月に一回会えば良い方だったのに、今は月に二度か三度、エヴァンズの屋敷を訪ねてくる。


 急にちやほやされるようになって、最初は私も訳がわからずドン引きしていた。

 だが、キラキラモードのウィリアム様に何度も会っているうちに、徐々にそちらが彼の素なのではないかと思い始めていた。


 ……ならば、これまでのあの冷たい態度は一体何だったんだろうか。


 いくら親の決めた婚約者で私に興味がないとはいえ、話しかけても反応は薄く、目も合わせてくれない。

 なのに他の令嬢とはごく普通に会話しているのを見て、何度悲しく寂しい思いをしたことだろう。思い返すと怒りが――


「ミア、今日の君も綺麗だね。庭園を彩る満開の花たちも、君の美しさに嫉妬してしまうだろう」


「まあ、お上手ですこと」


 ペラペラのお世辞に、芽を出しそうになっていた怒りもすうっと霧散むさんしてしまった。

 私は冷たく返答をして、ツンとそっぽを向く。

 その拍子に、サイドにつけた髪飾りがシャランと音を立て、ウィリアム様の目の前でゆらゆらと揺れる。


「ミア、今日は私の贈った髪飾りをつけてくれたんだね。ああ、本当に綺麗だ。よく似合っているよ、嬉しくて舞い上がってしまいそうだ」


「……いただいたからには使わないと、もったいないですから」


 ウィリアム様がコロッと態度を変えてすぐ、彼は私にこの髪飾りを贈ってきた。

 緑色の宝石ペリドットがあしらわれた髪飾りは、細い短冊のような飾りがたくさんついていて、頭を動かすたびにしゃらりと揺れて小さな音を立てる。


「この髪飾りをつけてダンスをしたら、きっと素敵な音を奏でてくれるのだろうね」


 そんなことを言いながら、ウィリアム様は私の髪飾りに手を伸ばす。

 髪に触れそうで触れない彼の手の気配に、私は密かに身を強張らせた。


「……ところでウィリアム様」


「ん?」


 そっぽを向きながら、私がウィリアム様の名を呼ぶと、彼はようやく手を引っ込めた。

 離れていく手の温度にホッとして、無防備に彼の顔を正面から見てしまう。

 そこには予想外に優しい笑顔があって、少しだけ面食らってしまった。


 ――こんなに柔らかい表情が出来たのね。


 呆気に取られたのは一瞬で、私はすぐに表情を繕って、ウィリアム様に質問をした。


「そ、その……どうして急に、私に優しくして下さるようになったのですか?」


 私の問いかけに、ウィリアム様は一瞬、物憂げな表情をした。

 痛いような、苦しいような――今までのウィリアム様に輪をかけて大人びた表情。


 だがそれも、瞬きの間に消えてしまい、代わりに綺麗に作られた笑顔が貼り付いていた。


「私は気づいたんだ。想いは、伝えようとしなければ、伝わらないのだと」


「え……?」


「……気づくのが遅すぎたけれどね。ミア――頼む。私にもう一度、やり直すチャンスをくれないか」


 作り笑顔を消して、ウィリアム様はそう言った。

 どうしてだろう――真っ直ぐに私を見つめる、ペリドットの色の瞳には、怯えるような、縋るような色が浮かんでいる。

 私は何故か胸の奥がギュッと苦しくなって、ウィリアム様の言葉に頷くしかなかった。


 その日は結局、それ以上問いただすことが出来ず、ウィリアム様が突然態度を改めた理由を知ることは出来なかった。




「あぁ、疲れたわ」


 ウィリアム様を見送って自室に戻ると、私は開口一番そう言って、ベッドに思い切り倒れ込む。


「お疲れ様でございました」


 私のはしたない行為を咎めることもなく、うつ伏せに寝転がった私のドレスをくつろげて、器用に髪留めやネックレスを外してくれているのは、侍女のシェリー。

 私より一回り年上の彼女はしっかり者で気立ても良く、いつも笑顔を絶やさない、栗色の髪と瞳の女性だ。

 幼い頃からエヴァンズ子爵家に勤めているシェリーを、私は実の姉のように慕っている。


「ねえ、シェリー。ウィリアム様、どうしちゃったのかしら。何か知ってる?」


「いえ、わかりかねます」


「そうよね……」


 シェリーにも、ウィリアム様の変化は訳がわからないようだった。

 彼が突然態度を変えたあの日。

 私が困ってシェリーの方を振り向くと、彼女が不審者に対するような目でウィリアム様を見ていたのを覚えている。


 だがシェリーは私と違って、ここ最近、もうウィリアム様の態度にも慣れてきたようだった。


「お嬢様は、お嫌なのですか?」


「嫌、じゃないけど……」


 嫌ではない。

 誰だって、お世辞とはいえ褒められて嫌な気分にはならない。

 ただ、褒められ慣れていないからか、裏があるかもしれないと勘繰ってしまうからか――調子が狂ってしまって、疲れるだけだ。


「うーん、なんていうか、不気味なのよね。今まであんな態度、見たことなかったし」


「ですが、オースティン様は、婚約当初から……」


「――あの頃の話はやめましょう。私ったら、どうして婚約を即座に承諾してしまったのかしら。家同士が決めたこととはいえ、じっくり考えてからサインするべきだったわ」


 オースティン伯爵家の三男であるウィリアム様と、私――エヴァンズ子爵家の長女ミアとの婚約が決まったのは、二年前のことだった。

 当時、私は十二歳、ウィリアム様は十四歳。

 嫡子でもないのに社交デビューを迎える前に婚約者が決まっているのは、この国でも少数派である。


 家同士が決めた婚約で、それまでウィリアム様に会ったこともなかった。

 だが、私は婚約者となったひとの顔を見て、衝撃を受けたのを覚えている。


 何故なら、ウィリアム様は――あの子・・・に、そっくりだったから。


 私は、熱に浮かされたように、その場で書類にサインをした。

 婚約に納得するまで少し時間がかかると予想していたらしい両家の父親も、ウィリアム様本人も、驚いている様子だった。


「ウィリアム様は、あの子・・・じゃない。もう忘れなきゃいけないのは、わかっているのに――」


「……お嬢様……」


 遠い過去に思いを馳せる。


 そう。

 どれだけ似ていても、ウィリアム様はあの子・・・じゃない。

 だって、あの子・・・はあの時、私のせいで命を落としてしまったのだから――。

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