幕間

 自室で筆を執っていた。髪を大雑把に結んで、普段よりもずっと楽な格好で。

 疲弊した感覚は、確かに身体に蓄積していた。いくら体力があるとは言っても、さすがにあの数を対処するのは骨を折った。テオがいてくれなければどうなっていただろうと思う。

 にしても、僕にもまだ精霊としての力が残っていたとは思わなかった。いや、ある程度その片鱗は見えていたのだけれど、まさか魔力まで残っているとは。

 あの時、テオが何をしようとしているのかが分かった。僕にはサイクロプスの体に隠れてテオの存在は見えなかったけれど、そこにいることも、何をしようとしているのかも分かった。

 同時に、精霊が居ないことも悟った。テオが魔法を撃てないことに、気が付いたとも言える。当然だ。あのサイクロプスは悪魔と契約していたのだろうし、僕も軽く弾かれた。サイクロプスが僕を殺せなかった理由は、なにも僕の身体能力のせいだけではない。まあ、それももちろんあるといえばあるのだけれど。


 文章を書き終えて、一度筆を置いた。こんなもの、書いていることをテオに知られたら、きっと怒られるだろうな。いや、もう察してくれているのかもしれない。簡単に死ぬ気は到底ないけれど、相打ちになってでも仕留める覚悟はある。

 どのみち、僕の力が使えるのはあと一度だけだ。テオに罪悪感を抱かせるわけにはいかないから、実質もう使えないと言ってもいい。魔力を失った精霊は死ぬ。それは僕も変わりは無いはずだ。普通なら回復するのだけれど、きっと回復しないのであろうことは確信していた。魔力は体力と同じだ。もう、きっと僕は彼の英雄にはなれない。


 僕のカミサマには、幸せになってもらわなくちゃ。姉上はそれが叶わなかったから、せめてテオは、テオだけは。後追いなんてさせない。僕の分まで生きてもらわなきゃ。


 書きたいことが増えてしまった。一度伸びをすると、椅子の軋む音がする。


 再び僕は筆をとって、続きを書き始めた。

 字も文章も上手くない。無理をしてエルドラーダで書こうとも思わない。それでも、気持ちだけは他のどの手紙よりも込めている。他の人に理解できなくたっていい。テオに伝わりさえすればいい。テオがこれを読んで、僕の願いを叶えてくれれば万々歳だ。もしこの手紙が塵となって消えるようならば、そのときはそのとき。僕は何も知らなかった振りをして、テオの隣に居続けよう。けれど、きっとテオは察するだろう。察した上で、何も言わずに満足気に笑ってくれるだろう。


 ねえ、笑えるね。親友。寂しさなんか覚えたことがないと言ったあのころの僕は、もうとっくに存在しないらしい。君が僕の前から姿を消したその日から、彼にからかわれるくらいにまで寂しがりになってしまったようだ。なんだか恥ずかしくて、まともに肯定なんかしなかったけれど。


 ねえ、笑えるね?親友。また会えるかな、君に。それとも、もう会っている?僕が生まれ変わったように、君も生まれ変わったりしているのかな。それがテオであったなら、と思ってしまうのだけど、それはあまりにもわがまま、かな。


 でもね、もし運命というものがあるのなら、僕の運命の相手は君がいいよ。あれ、運命の人って基本的に男女かな?恋仲?まあ、別に親友間で使ってもいいよね。


 もしまた生まれ変われるなら、もう一度テオと会いたいな。親友として、今度は家族にもお互い恵まれて、ちゃんと平和で幸せな人生を二人で歩みたい。今度こそ二人で、五十年くらい?人間の寿命って、どのくらいだったかな。分からないけど、もっともっと長い時間を、大切な人とすごしたい。

 そう思えるようになったのは、間違いなく君の功績だね。誇れよ、親友。そして僕に永遠に恨まれてくれ。


『愛してる。僕の、僕だけのカミサマ』


 書き終えて、これはテオに見せるべきでは無いなと判断して消す。これが人間から見てどう見えるのかは分からないけど、精霊から見ると重すぎる。

 テオなら喜びそうでもあるのが尚更タチが悪い。好きだと伝えるのに恥は無いけれど、精霊が人間を神聖視するのはちょっと、如何なものかと思うから。


 さて、この手紙をどうしてしまおうか。シュベル様に預けておこうか。彼ならきっと中身は見ないだろう。そして、間違いなくテオに届けてくれるだろう。


 僕は封筒に手紙を入れて、封をしようとした。ふとカレンダーに目がいく。

 そうだ。もう時期、テオの誕生日だ。

 なにか誕生日プレゼントを用意しようか。今年は何がいいかな。今までは消えものにしていたんだけれど、今年は残る、そう、長く使えるものがいい。

 テオは本を読むのが好きだから、栞とかどうだろう。でも、単純な栞じゃつまらない。


 もう眠気に襲われて、瞼も落ちかけているのに、脳は活発に動いている。明日は学校、休もうかな。一日くらいは許されるでしょう。どうせ、卒業する気なんてないんだし。


 さあ、月光が部屋に入らなくなってきてからが勝負だよね。

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