第17話─第二の推理、信用と信頼

 扉の開く音に、テオドールとアンが顔を上げた。扉の前に、申し訳なさそうな顔をしたシュベルが立っている。


「遅れてごめんネ。バルディオに捕まっちゃって、ネ?」


 テオドールは無言でベッドを指さした。シュベルが目線を移したベッドの上には、布団を抱き抱えて眠るオーキッドがいる。


「赤ちゃんみたいに寝るんだネ、この子……」


 しかも爆睡、とシュベルが興味深そうに呟いたのに、アンが苦笑いをこぼした。


「わたくしが来た時からこの状態でしたの」

「昔から何かを抱き枕にしないと寝れないんだと。今日は相当眠かったのか、来て早々これだ」


 テオドールは、オーキッドの身体を揺さぶった。オーキッドは唸り声を上げて、ぼんやりと目を開ける。


「二人とも来たぞ」

『……おやすみぃ』

「寝るな寝るな」


 テオドールにやや乱暴に抱きしめていたものを奪い取られたオーキッドは、目を擦りながら身体を起こした。寝起きだからか、前後に身体が揺れている。


『……なんだっけ』

「この間の話の続き」

『……ああ!』

「早く起きてくださーい」


 テオドールがオーキッドの両頬をつまんだ。あまり伸びない頬に、かた、と小声で漏らす。オーキッドは頬をふくらませた。

 ガシッとテオドールの腕を掴んで引きずり込む。


「うわっ!?」

『だきまくらかくほ』

「確保じゃない。起きろって……」


 テオドールはオーキッドの肩を押した。オーキッドは上手いことテオドールの腕の間に入り込む。

 シュベルはどこか遠い目で、二人を見下ろした。


「付き合ってるの?」

「なわけないだろ」

「別に男色に偏見はないヨ?男の妾持ってる貴族もいるし……」

「俺を勝手に男色家にしないでくれ。お互いに親友としか思ってない」


 テオドールは思い切りオーキッドの背を叩いた。短いうめき声と共に、テオドールの拗ねに蹴りが飛ぶ。


「どう考えても今の俺悪くないだろ!蹴るのやめろ、というかその寝起きの悪さ何とかしろ!」

『あとごじかん』

「ガッツリ寝ようとするな!ご、よん、さん、に、いち、はい起きる!もうタイムリミットです!起きろ!」

『うるさい……』


 オーキッドは低い唸り声を上げながら、のそのそと起き上がった。オーキッドから開放されたテオドールは、疲れた様子で息をつく。

 オーキッドは座ったまま、前に倒れかけた。


「寝るな」


 テオドールがオーキッドの肩を掴んで起こす。また倒れかかるオーキッドの背を、もう一度テオドールは強く叩いた。


『いっ……』

「逆起き上がり小法師じゃないんだから。ほら、顔洗って目覚ましてこい」

『おきれない』

「頑張れ」

『つれてって』

「子どもじゃあるまいし……」


 テオドールはやれやれと溜息をつきながら、オーキッドの腕を掴んで無理やり立たせた。テオドールの方にもたれかかってくるオーキッドの頬を強く引っ張る。


『おきます』

「よろしい」


 オーキッドはふらふらと歩き始めた。テオドールはそれを心配そうに見て、ベッドに腰を下ろす。


「疲れた……」

「お、おつかれさま……」


 アンもシュベルも苦笑いを零していた。


 少しすると、オーキッドが目を擦りながら戻ってきた。テオドールは頭ぶつけなかったか?と尋ねる。

 オーキッドは二本指を立てた。


「ほ、ほんとにぶつけたのか……」


 テオドールは呆れ顔のような、心配しているような表情を見せた。

 まあいい、とテオドールはオーキッドを座るように促した。準備が出来たところで、申し訳なさそうに口を開く。


「先に言っておく。俺は捜査という観点に置いてはあれから何もしていないから何の役にも立たない」

『右に同じく。ごめん……』

「仕方ないヨ。街の復興で忙しかったんだよネ?」


 シュベルがフォローの言葉を入れた。魔物襲撃以降、二人は人や魔物の処理であちこち動き回っていたのだ。オーキッドが爆睡していたのもそのためであろうことはシュベルにも想像がついた。


「構いやしないわ。それに、わたくし、見ちゃったのよ」

「何を?悪魔を?」


 テオドールが冗談でも言うかのように言った。テオドールも疲れているらしい。先程のオーキッドとの応酬が原因かもしれないが。

 アンはテオドールを見て、しっかりと頷く。


「そうよ」

「だよ……え?見たのか?本当に?」


 テオドールは目を丸くした。オーキッドはおー、と手を叩く。


「魔物襲撃があったあの日の帰りに、遭遇したのよ。悪魔らしき男と……シレーネ・アルメリアが話しているのをね」

「悪魔らしき男?」

「死角になっててよく分からなかったのよ。けど、ホフバの魔物が全滅したことをあの女は男に責め立ててたわ。その時にあんたと契約するんじゃなかった、とも言ってたわね」


 確定でしょ?とアンがやや自慢げに言った。オーキッドはにこにこして、うんうん、と頷く。


『なるほど、じゃあもうあとは証拠さえ突きつければいいって感じだね?』


 オーキッドは声を弾ませながら言った。シュベルがカバンから手帳を取り出す。


「証拠なら、いくつか僕も捜査の過程で見つけたヨ」

『おっ!いいね!さすがシュベル様!』

「……眠過ぎてテンションがおかしくないカナ?」


 なんのことやら、とオーキッドはへらりと笑った。

 シュベルは苦笑いをこぼして、咳払いをする。


「ほら、誰かもう一度部屋に入った人はいなかったかって話をしてたデショ?あれ、アルメリア嬢が無理やり入ったらしいんだよネ。アマリリス嬢を親友だと言って。それを見てた人がいるんだよネ」

「あいつ、とんでもない嘘つくな」

「止めたけど、無理やり入られたみたいだネ。その時に消したんだと思うヨ。あと……その時に、背中を切ったんだと思うヨ?」


 シュベルの推理に、全員が困惑の兆しを見せた。疑問点が、思わぬ形で解決の兆しを見せたからだ。


「あの魔法陣はネ、上から血で消されてたんだヨ。つまり、その魔法陣を消した血がアマリリス嬢のものってわけだネ。その時には悪魔と契約してたろうし、警備員の記憶を消すことは造作もないことだと思うヨ。……まあ、警備員以外の人に見られてたんだけどネ」

『その証言者って誰なの?』


 シュベルは悪い笑みを浮かべた。薄く開いた目は、蛇のような印象を抱かせる。


「ヒュークンだヨ。騎士志望の、ベイの側近」


 オーキッドが唾を飲んだ。なるほど?とやや上擦った声が出る。


「結局、ルドベック卿はなんだったんだ?」


 テオドールが首を傾げた。アンがそれなら、と声を上げる。


「最近話したのだけれど、リリィの死体を見たあと、あの女と会ったらしいのよ。その時以降から記憶が曖昧だっていうものだから、その時になにかされたんじゃないかしら?」

「アン嬢ゆーのー!」

「えっと……ありがとう、と言えばいいかしら?」



『ただ……どうしようかなぁ』

「さっさと仕留めて書類だけ提出すればいいんじゃないか?既に見つけ次第殺害の命令は出てるだろ?」


 悩む様子のオーキッドに、テオドールが答えた。魔物襲来の件もあり、既に契約者は見つかり次第殺害しろとの命令が国から出されていた。その命令は騎士団に入ってもいないテオドールのにも出されている。


『それには反対』

「えっ」


 オーキッドがあっさりと拒否の意を示した。珍しい反応に、テオドールが間抜けな顔を見せる。顔だけ見れば高等部生には見えない。

 オーキッドは息を吐いた。


『明確な処刑の場というか、そういう場面が欲しいんだよね。僕らが内密に暗殺したところで、それが国民にとって安心材料になるかって言われるとならないでしょ』


 オーキッドは腕を組みながら言った。もう一度あの魔物襲撃が起きたらと国民が不安に襲われるくらいなら、いっそある一定の国民の目の前で断罪してしまった方がいい。

 テオドールからの翻訳を受けたアンは、ふわりと白髪を揺らした。


「うーん……国に話してしまうのはどうなのかしら?」


 アンの提案に、テオドールは首を横に振った。国に話せば確かに人は集まるだろうが、功績をも国に持っていかれかねないのだ。テオドールからしてみれば功績を奪われること自体に不満は無いが、今のこの段階で国を変えなければという意志は確かにあった。


「国が信用できるかって話だよな。俺はしてない」

「僕の前でそういうこと堂々と言うあたり肝据わってるよネ」


 やけにはっきりと信用していないと言い切ったテオドールに、シュベルは苦笑いをこぼした。

 否定できないのが苦しいところだネ、とシュベルは肩を竦める。


「それなら、僕がパーティでも開こうカ?友好を深めるために、という名目ならテオドールやベイを呼んだって不思議じゃないよネ?テオドール経由でアン嬢もオーキッドクンも呼べるし、ベイ経由でシレーネ嬢もハルトクンも来ると思うヨ。まあ、ハルトクンには僕からも招待状は送っておくケドネ」

「えっと……いいのか?最悪とんでもない惨事になる可能性があるが」

「別荘の一つや二つ、壊れたってどうってことないヨ」


 テオドールがぽかんと口を開けた。流石は公爵家、と言うべきか。否、テオドールの家が貧乏過ぎるのか。


「それならお願いしよう」

『お願いなんだけど、僕は雇うって形にしてもらってもいい?給料は別にいらないからさ』

「構わないケド……どうして?」

『普通の招待客が帯剣してたら問題でしょ?騎士としてなら不思議でもなんでもないじゃない。悪魔と対峙するってことは魔法が使える見込みは薄いし、剣で戦うほかないからね。テオの分も必要なら渡してくれたら会場入ったあとでこっそり渡すよ?』


 オーキッドの言葉に、なるほどネ、とシュベルは頷いた。テオドールは頼む、と返す。


「オーキッド様はあの女を殺す気でいるの?それとも、改心の余地が見えるなら助けるのかしら」

「改心期待は無駄」


 バッサリと言い切ったオーキッドに、アンは驚いた顔を見せた。オーキッドは欠伸をこぼす。


『悪魔召喚者がわかり次第殺していいって言われてるし、姉上を殺された僕が彼女を助ける義理なんて一ミリもないし……助けたいって言われても、さすがにそれは協力できないかな』


 オーキッドが溜息をつきながら言った。シュベルが翻訳をすると、アンはすんなりと頷く。


「あ、そう。助けたいという気持ちは針の穴レベルすらないから気にしなくていいわ。むしろ助けるなんて言い出さなくて安心してるもの」

『そこまでお人好しじゃないよ』


 オーキッドは困り顔のまま告げた。テオドールはうん、と頷く。にこやかな顔をしているテオドールの言うことを察してか、オーキッドがやや遠い目をする。


「容赦なく行こうな。尊厳なくなるレベルまでたたき落としてから殺そう」

『……テオほど極端でもないけど』

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