第23話─親友の手紙、これからの話
コンコン、と研究室のドアがノックされた。どうぞ、と暗い声が返る。
「失礼するヨ」
「シュベルか……どうした?」
「オーキッドクンから預かってたものを渡しに、ネ」
シュベルはそう言って、封筒を一つ懐から取り出した。テオドールに寄越すと、テオドールは首を傾げながら封筒を開く。
「……手紙?」
「だネ。今読むカイ?それとも、ボクが帰ってからにする?」
「今読む」
「そう」
テオドールは、ペーパーナイフで封を切ると、中身を見た。五枚ほど紙が入っているのを見て、何度か瞬きをする。五枚とも全て抜きだして、テオドールは三つ折りにされていた紙を慎重に開いた。
『親愛なるテオドールへ
この手紙をテオが読んでるってことは、成功したってことだね。良かった良かった。
遺書とか書くガラじゃないんだけど、伝えたいことを伝えきれない気がしたから書くことにしたよ。エスパニャーダでごめんね。分からない単語は辞書引くかシュベル様に聞くかしてください。エスパニャーダの勉強になるね。
伝えたいことがいくつかあるから、もしかしたら長くなるかもしれないけど、まあ論文よりはマシでしょ。途中途中にチョコとか紅茶挟みながら読んでね。
まず一つ目、遺産の話。いきなり生々しくて申し訳ないんだけど、これが一番の最優先事項だから。
金銭的な遺産は一千万ピルカ。金庫にしまってあるから、トロープに二百万ピルカ上げて、あとは全部テオのものにしちゃって。研究費用にするなり旅費にするなり、使い道は任せるよ。あと、僕の部屋に愛剣があるから、それも持って行って欲しいな。テオが嫌じゃなければ、だけどね。それと、同じく僕の部屋にサファイアのブローチがあるんだけど、それをアン嬢に渡しておいてくれないかな。姉上の形見なんだけど、多分アン嬢が持っておくのが一番いいかなって。
二つ目は、僕からのお願い。僕が死んだ後少なくとも三十年はこっちに来ないでね。地獄か、天国か、また転生か……それは分かんないけど、でもテオのことだから死んだあとは僕と同じ道に来てくれる気がするんだよね。だから、再会するのは少なくとも三十年後。あ、もっと長生きしてくれてもいいよ。僕色んな国に行ってみたかったんだけど叶わなかったからさ。代わりに行ってきてよ。それで、また会った時に話聞かせて?特に紅茶!どこの紅茶が美味しかったとか、そういうの!他にもたくさんの旅話聞きたいんだ。あ、別に旅したくないならしなくてもいいよ?研究の話とかさ、そういう話でも。ただテオがどんな人生を送ったのか聞きたいだけだからさ。
三つ目もテオへのお願い。さっきは旅したくないならしなくていいって言ったけど、エジンドーラには是非行ってきて欲しい。僕のもう一つの故郷だから。一度は生きてるうちに行きたかったんだけど、しょうがないね。ちなみに、エジンドーラのクッキー、美味しいらしいよ?どう?行きたくなったでしょ。
四つ目。これで最後だよ。
僕の親友でいてくれてありがとう。テオが居なかったら、もしかしたらもっと早く僕は死んでたかもしれない。そう思うくらいには、僕にとって君が全てで、何よりも、誰よりも大事な人でした。
声をかけても無視されることが当たり前な世界で、僕を見つけてくれたこと、本当に感謝してるんだ。姉上みたいに身内でもなんでもないし、トロープみたいに助けたわけでもないのに、あの日僕を見つけてくれて、声をかけてくれた。そうは見えなかったのかもしれないけど、僕結構嬉しかったんだよ。遠巻きにされてた僕に、声をかけてくれる人がいるなんて思わなかったから。まあ、それよりもテオがエスパニャーダを分かることに驚いたけどね。
テオは知らなかったのかもしれないけど、僕悪魔の子って言われてたんだよ?エルドラーダも満足に話せないし、テオみたいに頭も良くないし、というかなんなら勉強は嫌いだったし、テオの助けになれるようなことをしたのなんて、本当に金銭援助くらいのものだけど。それでも、僕を親友だって言ってくれてありがとう。僕のそばに居てくれてありがとう。テオがいたから、僕の人生は充実したものになりました。
書き終えてやっぱりあと二つ言いたくなったから追加。書いてるうちにどんどん言いたいことが増えちゃうな。二つはお願いじゃなくて命令だよ。破ったらどうしようかな。再開した時に殴ろうかな、なんてね。
一つ。僕のことを忘れないこと。僕のこと覚えててくれる人なんかテオしか居ないんだから、僕を殺さないでね。他のどんなことを忘れても僕のことだけは覚えてて。最後だもん、このくらいのわがまま言わせてよね。あ、たまに思い出してくれるだけでいいよ。引きずらないでね。
二つ。幸せになること。そうだなあ、僕よりも幸せになってもらわなきゃ困るよね。だいぶ難易度高いよ?なんたって僕にはテオがいたからね。それだけで幸福度指数爆上がりだよ。
前にも話したけど、僕、テオを守るために死ねるならなんの後悔もせずに死ねるとも思う。けど、テオとこんなにも早くお別れをすることを、辛く思う自分もいる。これがきっと寂しいってことなんだろうね。こんな思いをするくらいなら、大切な人を作らなければよかった、なんて思う気持ちがない訳でもないんだけど。でも、感情ばっかりはどうにもならないから。今更テオを嫌いになろうとしたって、無理だもん。強がりにしかならないから。だから、責任取って僕の分まで幸せになるんだよ。僕が今後何十年とテオと過ごして得られたはずの幸せの回収、よろしく。約束、ね。
今までありがとうね、相棒。誰よりも愛してるよ、親友。あと誕生日おめでと、いつ読むか知らないけど。
十月十七日 オーキッド・フォーサイス』
テオドールは、そっと手紙を閉じて、息を吐いた。時計の針が進む音がする。
日めくりカレンダーの日にちは、十月二十七日を指していた。
「……ありがと」
テオドールはそう呟いた。十月二十七日は、テオドールの誕生日だった。
テオドールは、手紙を封筒にしまおうと、封筒を開いた。まだ中に何かあるのを見つけて、テオドールは動きを止めて、中身を机の上にだす。
「しおり?」
そこには、押し花の栞が入っていた。テオドールは本棚から図鑑を取り出して、パラパラと捲る。
その中に一つ、栞の花とそっくりの花を見つけた。白く小さな、
「へえ、ジニア・リネアリスか。君にピッタリの花だネ」
「うぉっびっくりした!」
「……ボクがキミに手紙渡したの、忘れてないよネ?」
「いや、忘れてない、忘れてないです」
テオドールはすう、と目を逸らした。シュベルはため息をついて、肩を竦める。
「そ、それはいいからさ。ピッタリってどういう?」
「その花は十月二十七日の誕生花でネ。あ、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう」
そんなついでみたいに、とテオドールは苦笑いをこぼした。特に本人も誕生日にこだわりは無いため、わざわざ拗ねるなんてこともしなかったが。
「その花の花言葉は友への愛、友への思いだヨ。まさにキミタチの関係性だネ。この辺ではそう見かけない花だケド……キミのためにしいれたのカナ」
テオドールはじっと栞を見つめて、ふ、と目を細めた。近くに置いてあった魔法学の本に、栞を挟む。
「俺さ」
「うん?」
「今やってる研究が終わり次第、海外行こうかなと思って」
「……なかなか急だネ」
「そうか?ずっと思ってはいたけどな」
あの家に居続ける気はないし、とテオドールは続けた。シュベルはそう、と感情のいまいち読めない声で告げる。
「アン嬢はどうするの?」
「どうするも何も……まあ、着いてきたいなら着いてくればいいし」
「あ、そういうノリなんだネ?なるほど」
「令嬢が義務でもないのに家族置いて海外にって、ハードル高いだろ。アンは別に家族仲悪い訳でもないし。俺のことは別にどれだけ悪口言ってもらっても構わないけど、さ。聞こえないし」
海外飛んでるんで、とテオドールはニヒルな笑みを浮かべた。暗い雰囲気から随分と吹っ切れた様子のテオドールに、シュベルは柔らかい表情を見せる。
「キミ変なところでメンタル強いよネ、本当に。家は継がないノ?」
「継がない。各国回って、キディの墓参りの時だけ帰ってくるかな」
「戻ってきた時はボクにお土産よろしくネ」
テオドールは目を逸らしながら、あからさまにしらばっくれた。渡す気などハナからないのだろう。
「覚えてたらな」
テオドールはおどけたように言った。シュベルはくすくすと笑う。
「覚えててネ」
テオドールはブローチをアンに渡しながら、俺、海外行くからと言い放った。アンはきょとんとして、テオドールの顔を見つめる。
テオドールの清々しい表情に、アンは何かを悟ったらしかった。
「そう……こっちには戻ってくるの?それとも、もう行ったきり?」
「キディの命日には墓参りに戻ってくるつもり」
「そう。じゃあその時には、紅茶とケーキでも用意しておくわ」
「ケーキはわかるけど、紅茶も?」
テオドールの問いに、アンはウインクをした。
「ひょっとしたらしれっと会いに来るかもしれないわよ?あなたの親友だもの」
テオドールは、ふっ、と笑った。アンも同じように笑う。
「一応義理で聞いておくが、着いてくるか?」
「行かないわ。わたくしも、やりたいことがあるから」
「そう言うと思った」
「お土産だけよろしくね」
テオドールが苦笑いを零した。お土産を渡す相手が増えてしまった。
「覚えてたらな」
テオドールの投げやりな言い方に、アンがクスリと笑った。
「覚えてなさいよ、このくらい」
テオドールは微笑んで、じゃあ、と踵を返した。
「待って」
アンがそれを、慌てて引き止める。テオドールは、首を傾げて振り返った。
「ん?」
アンは、少し瞳をさ迷わせたあとで、上目遣い気味にテオドールを見上げた。
「わたくし、あなたの役に立てた?」
テオドールは何度か瞬きをして、小さく笑った。
「おう、もちろん」
アンはどこか安堵した様子を見せた。
「それなら、よかった。お誕生日おめでとう……テオ。あまりいいものは用意できなかったんだけど、万年筆。良かったら使って」
「え?あぁ、ありがとう、わざわざ。使わせてもらうな」
アンは頷いた。テオドールは今度こそ出ようとして、あ、と立ち止まる。
「婚約の件はこっち有責で破棄してくれていいから。慰謝料も全然払うし」
「いいわよ、別に。気にしないわ」
「アンが気にしなくてもテレジア侯爵が気にするんじゃないか?」
「そんなの、言いくるめとくわよ。好きな人が世界で輝くのを見たくて後押ししたとか言えば、納得するでしょ」
テオドールが目を大きくして、何度か瞬きをした。アンは耳を赤く染めてそっぽを向く。
テオドールはに、と笑って口を開いた。
窓から太陽が差し込む。
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