◆灯点し頃の解答(5)
「橋元さん。あなたが中村くんに、何時何分にコメントするように指示したのではないですか? 先ほどのミスも、これなら仕方ないですね。彼は、原作の漫画など見てはいないのでしょうから」
中村修司に視線を送るが、彼は黙ったままだ。まあ、下手に答えてもボロがでるだけ、だから、妥当な判断だろう。
「まあ、お答えいただかなくても結構ですよ。これは警察の方に調べてもらえば、簡単に確認はとれるでしょうから」
わたくしは、そのアカウントが彼女たちのものであることを、だいぶ前に突き止めている。まあ、早紀先輩のデータベースからだけど。
でもまさか、こんなところでその情報を使うことになるとは。
「裏アカだから、なんなのよ!?」
橋元莉々がヒステリックに言い返してくる。
「ですから、事前に収録した動画でも、視聴者と打ち合わせをしていれば、リアルタイムで答えているように『見せかける』こともできると」
だからこそ、事前に告知をせずに配信を行ったのだ。想定外の視聴者が現れないように。
目の前の彼女は目を逸らす。わかりやすい反応だ。わたくしは言葉を続けた。
「例えば、あなたは、山城杏や工藤明や古地目由真よりも早く学校に来て部室にいた。9時半になると、動画サイトで収録済みの動画をライブ配信で流した」
わたくしは、中村修司の顔を窺う。彼も目を逸らす。
「そして協力者の中村くんに指示をして、コメントをしてもらう。一人のコメントだけだと、あからさまで不自然なので、あなた自身も裏アカでコメントを行った。こうすれば、あなたが家にいたというアリバイは成立する」
それでも橋元莉々諦めない。
「でもそれは、私が学校に来ていたことの証明にはならない。そもそも、朝早く学校に来ていたとしても、誰かに目撃されるだけですよ。私が朝早くに学校にいたって、誰かが言ってました? いないですよね? そんな人」
自信ありげにそう反論する彼女は、目撃者がいないことへの自信が過剰にあるのだろう。だが、わたくしには逆効果だ。
「そんなものは、どうとでもなりますわ。たとえば、あなたは肩くらいの髪の長さ。だから、ロングのウィッグでも被って、メガネをかければ、遠目ではあなたということはわからないでしょう。その格好で登校すればいいだけの話」
これが正解でなくても、橋元莉々が目撃されずに学校に来る方法なんていくらでもあるだろう。
そもそも、彼女が犯人でないのなら、なぜ自作自演のライブ配信を行ったのか?
わたくしは、目を細めて刑事たちに視線を向ける。
「刑事さん。疑わしい人物が二人もいるのに、彼女たちを帰そうとしたばかりか、罪のない、うら若き乙女を犯人だと問い詰めていますよね?」
静かな怒りがわき上がる。
刑事は焦ったようにこう釈明をする。
「いや、守地さんのロッカーから、凶器と血まみれの雨具が見つかった。だから、話を聞いただけだが」
「その件ですが、彼女に濡れ衣を着せるために行った、と考えられませんか?」
「どういうことですか? どうやって鍵のかかった、他人のロッカーを開けたんでしょう? まさか、守地さんの設定した暗証番号を、その子たちがなんらかの方法で知り得たと?」
「いえ、暗証番号を知る必要はありません。ロッカーを開けたのは、マスターキーでしょうから」
ロッカーには、管理人が一括して開けられるマスターキーがあるはずだ。それ一本で、すべてのロッカーを開けられる。暗証番号方式だと、これが一般的だろう。
見つかった血まみれの雨具だって、学校に言ってマスターキーで開けてもらったのだろうから。
中年刑事が焦ったように校長に質問する。
「校長、マスターキーはどこに保管されていますか?」
「事務室で、厳重に管理されているはずです。監視カメラもありますから問題はないかと。盗難も紛失の報告もありません」
ハンカチで額の汗を拭いながら、校長先生は答える。彼も精神的に参っているのだろう。
厳重に管理とはいうが、実際はそれほどガチガチでもない。
昔、クラスメイトがロッカーの暗証番号を忘れてしまい、事務室まで付き合ったことがある。マスターキーは、事務員の机の引き出しに無造作に入れてあった。たぶん、暗証番号を忘れる生徒が多く、開ける機会が多かったのだろう。
とはいえ、事務室には監視カメラが付いている。盗難事件が起これば、犯人はすぐに捕らえられる仕組みにはなっていた。
「それじゃ、盗みようがないではありませんか」
刑事が、こちらを向いて苦笑する。
「盗むチャンスは一度だけありました。まあ、その原因を作ったのは、わたくしたちなんですけど」
「チャンス?」
「夏休み前に、映画の撮影を学校で行いました。学校の許可のうえ、ブレーカーの遮断を行い、警備員さんにもわたくしたちの行動範囲を知らせて下手なことをしないように見守ってもらいました」
わたくしは続ける。
「ところが、それは、わたくしたち占い研と映研の人たちだけです。でも、もし、その情報を事前に知っていて、学校に忍び込む手筈を整えていた人物がいたのなら」
モブ子さんが、はっとした顔で橋元莉々を見る。そうよね、彼女に喋ったのはあなたなのだから。
「なるほど、事務室の警備が手薄になりますね」
「そこで鍵を手に入れることもできますし、合い鍵を作ること可能です。マスターキーですから、すべてのロッカーを開けられます。もちろん守地さんのも」
マスターキーを盗んで、すぐに合い鍵を作り、戻せばいいのだ。学校の近くのホームセンターは午後9時まで営業している。
「たしかに……」
中年の刑事は納得する。
「あとで、橋元さんの持ち物をすべて調べてみるといいですね。いえ、もしかしたら学校のどこかに、隠しているかもしれませんが」
さらにわたくしは一言付け加える。
「そういえば、ロッカーのマスターキーが盗まれた時、監視カメラは作動していたのをご存じですか?」
わたくしはわざと、橋元莉々を見下すように視線を向けた。彼女は一瞬、焦った顔を見せる。楽しくなったので、畳みかけるように話を続けた。
「わたくしたちは映画の撮影のために、お願いをしてブレーカーを落としてもらいました。けれど、事務室の監視カメラは内蔵バッテリーを搭載しておりまして、停電時でも3時間は動作するそうです。調べれば、あなたの姿も記録されているかもしれませんね」
反論も反応も、まったくできずに固まる橋元莉々。わたくしは容赦せずに言葉を続ける。
「防犯装置が動作しなくなるなんて、学校側が許可するわけないじゃないですか」
鼻で笑うように、そう言い切った。
今のところ、橋元莉々が犯人だという決定的な物的証拠は示せていない。どれも、状況証拠でしかなかった。けれど、手続きを踏んで調べれば、確実にその証拠は出てくるだろう。
「さて、橋元さん。あなたは古地目由真を殺害した後、校内に隠れる必要がありました。それはどこですかね?」
あくまでも、俯いて黙秘を続ける彼女。
けれど、わたくしは刑事ではないので、法律的に正しい証拠を見せつける必要はない。
すでに橋元莉々は動揺している。後一押しで陥落というのは、感覚的にわかる。まあ、陥落させる必要はないのだけれど。
「南校舎の階段の屋上前のスペース。天文学部の活動は夕方以降ですし、生徒の目には止まらない場所ですね」
「……」
はっとしたように橋元莉々の目蓋が開かれた。
「ただ、この暑い時期に水分なしで待機するのはキツいですね。だからあなたは、ジュースを購入して、その場所で飲んでいた。そして11時半になり、部室へと戻るさいに、3階にあるゴミ箱へとこれを捨てた」
わたくしは、スマホを取りだして、それを彼女に見せる。その画面に映し出されているのは、ゴミ箱の内部をカメラで撮ったもの。中には『スイカ牛乳』が見える。
「そ、そんなの私じゃなくて、他の人が捨てたかもしれないじゃない」
黙秘しては不利になると思ったのか、彼女の焦りはさらに加速されていく。
「その可能性はありますわね。けど、この紙パックのジュースはストローで飲むもの。調べれば、あなたの唾液が付着していることがわかりますよね?」
警察がこれを証拠と認めれば、調べてくれるだろう。わたくしは、さらに追撃する。
「その時にどう言い訳します? 仮に部室に来る前に自販機で買ったとして、どうして3階のゴミ箱に捨ててあるんですか? 1年生の教室は1階ですし、あの場所に用はないはずですわ」
物理ではなく、論理で彼女を殴る。いや、心を折るのだから蹴飛ばすといった方が正しいか。
「答えてくれませんか? わたくし実はとても怒っているのですよ。あなたがモブ子さんに罪をなすりつけなければ、わたくしは犯人捜しなんて、興味を持たなかった。それが、あなたの最大のミスですわ」
「……っ」
橋元莉々は、苦しそうに顔を歪めている。
「あなたが言い訳するなら、その都度、あなたを論破しましょう。さあ、醜い言い訳をしてください。見苦しいほどに、往生際が悪いほどに、負けを認めなければいいわ」
彼女の心を折るのに、躊躇など必要ない。
「そうしたら、あなたの言葉の矛盾を、これでもかと攻撃してあげる。それは、あなたが後悔するまで絶対にやめない。あなたが犯人だと認めるまで、わたくしはあなたの嘘を見破っていく」
「……」
橋元莉々は、殻に閉じこもるように目を閉じている。
まあ、これで相手が折れなくても、それはそれで想定内だ。
「なんてのは、冗談。あなたが、わたくしの示した事を認めないのは自由よ。でもね、わたくしは探偵ではないわ。犯人を自白に追い込むために、こんなことをしたのではないの」
目を開けた橋元莉々は「じゃあどうして?」と言いたげな表情となる。
「わたくしは探偵ではなく、
「ぇ?」
予想外の言葉に橋元莉々は小さく声を発する。
「そうよ。モブ子さん、つまり守地忍さんが犯人と疑われているのなら、それ以上に疑わしい人物をプレゼンすればいい。プレゼン相手はあなたではないわ。今までの話は、ここにいる警察の方を動かすためなのよ」
こちら側の勝利条件は、橋元莉々を捕まえることではなく『彼女が事件の件について重大な嘘を吐いている』と警察に思わせればいいだけなのだ。
わたくしは、中年の刑事の方へと視線を向ける。
「どうですか、刑事さん。わたくしの話は、荒唐無稽のデタラメな話でしょうか?」
すると彼は、難しい顔をする。たぶん、初手でモブ子さんを確保した過ちを、認めたくはないのだろう。
だが、中年の刑事は重い口を開くように、こう告げる。
「たしかに、橋元さんの証言には、不審な点が多く認められます。
中年の刑事は、若い刑事に耳打ちで指示を出し、さらに自ら携帯電話でどこかへと連絡をとる。若い刑事は、そのままどこかへと駆けていった。
橋元莉々へと視線を戻す。彼女はあっけにとられたように、こちらを見ていた。きっと探偵のように『決定的な証拠』を突きつけられると思っていたのだろう。
わたくしは、ただの女子高生。ですから、気付いたことを伝えるしかできない。
「さて、これであなたはもう、逃れられません。あなたの嘘は、警察がしっかりと検証してくれます。これ以上言い逃れをしたところで、見苦しいだけですよ」
そもそも、クローズド・サークルでの事件ではないのだ。単純に警察に頼ればいい。この場合は、頭の固い現場の刑事を動かすために、犯人が嘘を吐いている可能性を集めただけだが。
「あはは……そうよね。もともと無理があったの。それが私の敗因かぁ」
橋元莉々の顔には、敗北感のような絶望は見えなかった。むしろ、安堵感のようなものが窺える。『犯人ではない』と貫き通すのに、疲れてしまったのかもしれない。
彼女の性格から、これ以上は悪あがきはしないだろう。だから、思わずこんな質問をしてしまう。
「そもそも、あなたはなんで古地目由真を殺したのかしら?」
これに答えなくても、別に構わなかった。
けれど、わたくしの推測に答え合わせができるなら、このチャンスは逃すべきではない。この推測とは、彼女の殺人の動機だ。
数秒、沈黙があったが、彼女は重い口を開く。
「……怖かったのよ。反社の人間と付き合いだして、何するかわからない状態だったの。もしかしたら、私の方が殺されてたかもしれないんだよ。やられる前にやるしかないじゃん」
違和感を覚える。
わたくしの推測とは、かけ離れていたからだ。
「本当にそうなの? それもまた言い訳では? わたくしの推測では、計画通りに進まないことに焦ったあなたが『自らの欲望を抑えられずに殺人を実行した』と思っていたのだけどね」
なぜなら、彼女もまたモブ子さんと似たタイプなのだから。
サイコパスへの過度な憧れ。そして、それをきちんと理解したモブ子さんと、勘違いしたままの橋元莉々。
「どうしてそう思うんですか?」
橋元莉々は、不思議そうにわたくしを見る。それはまるで、自分の心を言い当てられたような感じでもあった。
「あなたは、殺人で快楽を得ようとした。それはね。わたくしが、少なからず影響を与えてしまったことを否定しないからよ。サイコパス……それは、あなたのような凡人にとっては、特別な存在なのでしょうね」
「あはは……さすがですね、先輩。私はあなたに憧れていたの。弱くて脆くて傷つきやすい自分なんかじゃなく、何があろうと冷徹になれる、あなたのような存在に」
「けれど、あなたの憧れは間違っているわ。それはモブ子さんを見ればわかるはずよ」
あの子は、真っ当に飼い慣らされているわ。殺人に快楽など見いださないだろう。
「……そうね。私がもっと先輩の近くにいれば、きちんとあなたを理解できていたのかもしれない。私が殺人を犯したときの感覚は、サイコパスを理解したのではなく、単純に中二病をこじらせただけなのかもしれない」
橋元莉々は、自嘲するように顔を歪める。
そして、再びシュンとなって顔を伏せる。もう、彼女と目を合わすことはないだろう。
わたくしは、彼女を殺人へと駆り立てた協力者を睨むように視線を送る。
「それから、中村くん。あなたはなぜ、橋元さんに協力をしたのかしら?」
橋元莉々は自供したようなものだ。彼も隠し通せるとは思っていないのだろう。
「あいつを守りたかったんだ」
事情は知っている。『あいつ』とは根岸陽菜のことだろう。彼女と古地目由真の間にはトラブルがあったらしい。
「わたくしは橋元さんには同情するけど、あなたには嫌悪感しか抱かない。あなたが片思いをしている女の子の件で、古地目由真を恨んでいたことは知っているわ。けれど、そうなる前に止められたはずなのに、あなたは放置した」
わたくしは、滅多に抱かない嫌悪感を吐き出すように続ける。
「それがあなたの大罪。根岸陽菜の自殺を止められず、橋元莉々の狂気を止められず、古地目由真の殺害に協力した」
「俺はただ……コマが許せなかっただけで」
それは醜い言い訳だ。
「あなたが許せなかったのは、古地目由真ではなく『自分自身』なのでしょうね。犯行が明るみになってもまだ、あなたは自分を正当化しようとしている。悪を悪と認識している悪役のほうがマシというものよ。あなたにはいっさい、同情なんてできないわ」
「オレは――」
彼の返答に被せるように、わたくしは切り捨てる。
「言い訳なら刑事さんにすれば? わたくしはもう、あなたには興味は無い。好きなだけ悔やめばいい」
これで、事件も幕引きとなるだろう。
わたくしが示した事柄は、警察がきちんと調べれば裏付けはとれるはず。
橋元莉々が隠したロッカーのマスターキーも、どこかで見つかるだろう。
彼女の母親を問い詰めたり、車のGPSを調べれば、車で子どもを送ったという証言も嘘だと言うこともわかるはずだ。交通系ICカードを調べれば、何時にどこの駅に入ってどこの駅を出たかの履歴が残っている。そうなると、必然的に彼女は、9時前には学校にいたことがわかるだろう。
中村修司のスマホを調べれば、動画サイトの履歴も残っているだろうし、ログインしているアカウントもわかる。事前に打ち合わせをSNSで行っていれば、そのやりとりも残っているはずだ。アリバイ作りに協力した証拠としては十分である。
ただし、彼はそれほど大きな罪に問われないかもしれない。いわゆる幇助犯なのだから。
だから、わたくしは彼を嫌悪した。
消極的に過ごしてきた彼が唯一、友人の殺人の手助けをすることで、何かをなしえたと思ってしまったからだ。実際には、彼は何も得られていないのに。
片思いの彼女は、彼の隣に立つことはないし、誰かが救われるわけではない。むしろ、誰も救われない結果を招いたのだ。
彼はモブですらない。罪を犯して、自覚すらない小物。誰かに、悪い影響しか与えられない疫病神。
けれど、彼ら彼女らの人生に、わたくしは興味がない。
「わたくしはわたくしの行動を以て、愛すべき飼い犬を助けられたのですわ。それは褒められるべきものでしょう」
モブ子さんの冷めた視線がこちらに向く。
「あのぉ、先輩。心の声が口に出てますけど」
「あ……」
「やっぱり先輩は『ひとでなし』です」
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