◆灯点し頃の解答(4)

 わたくしは、ITC教室まで行き、そこで活動しているパソコン部にお願いして、デスクトップPCを借りる。早紀先輩も兼部している部なので、それなりにわたくしとも顔なじみなのである。


 PCで、改めて橋元莉々の配信動画のアーカイブを見る。ブラウザの拡張機能を使って動画を3倍速で再生すれば、時間を短縮できるだろう。


 どうして、彼女の動画に目を付けたのか?


 それは、あの犯行を行える人物の中で唯一、わたくしが動機を理解できる人物だからだ。


 とはいえ、アリバイは完璧。ゆえに、その穴を探す。


 ライブ配信の内容は、女子高生らしい内容の無い一人喋り。最近あったネタを話すだけの、とりたてて面白いものでもない。


 それでも、視聴者は最大で5人もいた。


 といっても、最初から見ていた視聴者はいない。始まって20分くらいして一人入ってきて、すぐに抜けたかと思うと入れ替わりにまた一人入ってきた。


 本人の知名度の低さもあってか、人はなかなか集まらない。


 短文投稿型のSNSアカウントを持っているのだから、事前に告知すればよかった。それさえも怠っているからこうなるのだろう。


 そのわりには『登録者数100万人を目指します!』なんて言っているので、その程度の努力すら疎かにしているのは、違和感でしかない。


 そこからさらに5分後。一人視聴者が入ってくると、ようやくライブ配信らしくなる。というのも、その視聴者が質問を投げかけたからだ。


 それは、SNSで流行っているマンガに対するものだった。


『悪役令嬢は電気王子の夢を見る?!ってマンガ知ってます?』


 それに対して橋元莉々は、熱く語る。たぶん、かなり好きで読んでいたのだろう。コメントと、それに対する返答のタイミングに違和感はない。


 そのネタで30分以上は喋っていたと思う。彼女のそのマンガに対する感想が落ち着いたところで、二人目のコメントが来た。


『コミカルな展開なのに、人死が多いのも特徴ですよね』


 橋元莉々は「そうなの!」と大きく頷いて同意する。


 さらにコメントは続いた。


『第二王子と、貴族たち3人も殺されてますからね』


 それに対して、橋元莉々はこう答える。


「さすがに私も3人はやりすぎだと思ってる。まあ、面白いからいいんだけどね」


 ここでも、タイミングに問題はない。けれど……。


 わたくしはニヤリと笑う。


 決定的ではないが、穴はあった。わたくしは警察ではないのだから、彼女が犯人である決定的な証拠を見つける必要はない。


 彼女のミスを突けばいい。


 さて、あといくつか、それを補うためのネタを探すか。


 わたくしの行動は、探偵の正義感とは違う。相手のミスを嘲笑う、サイコパス的な思考だ。



**



 さて、証拠集めも終わったので、あとはどうやってこの事件の後始末をするかだ。


 こういう時、探偵であれば皆の前で推理を披露すべきだろう。けれど、わたくしは探偵ではない。推理の披露ではなく、プレゼンテーションが必要だ。


 幸い、刑事たちはモブ子さんの話を聞いている最中だ。といっても、彼女は何も答えられない。そう、犯人じゃないのだから。


 でも、勘違いをしている刑事たちに、黙秘とも取られかねないあの子の対応はいらつくだけだ。


 なんとかして打開策を講じて、モブ子さんをあの刑事たちが奪還すべきであろう。


 とはいえ、実行するには山城杏の『モブ子さん犯人説』を利用するしかない。


 不本意ではあるが、一芝居打つか。


 保健室に戻ると、4人とも残っていた。誰も帰ってはいない。部室に貴重品は置いたままなのだろう。


「ねえ、橋元さん。あなたもモブ子さんを『わたくしに憧れたサイコパス』だと思う?」


 唐突な質問であるが、行動と思考を誘導するためには、うってつけの話題だった。


「……そうですね。もりっちは先輩に憧れていました。あんなことを、しでかしても不思議ではないと思います」

「でも、橋元さんって、古地目さんの情報を流してモブ子さんを煽りましたよね。まるで手が付けられない。次は何をするかがわからない、と」

「煽ったって……」


 わたくしがちょっと真剣な表情で詰め寄っただけで、彼女は恐怖を感じたように視線を逸らしてしまう。これは洗脳というより威圧による誘導だ。


「彼女があんなことをしでかしたのは、あなたのせいでもあるんじゃないですか?」


 あくまでも、山城杏の『モブ子さん犯人説』に乗っかる。


 いや、わたくしの言っていることは半分事実だろう。彼女は、モブ子さんを誘導しようとしていたはず。虚偽の情報を流し、古地目由真を徹底的な悪者とした。


 彼女を害させるために。


「私は単純に償いのために、もりっちにコマの情報を流したんですけど」

「結果的に彼女を追い詰めたのよ。それがわからない?」


 ある意味茶番だ。モブ子さんは、追い詰められてはいないのだから。


「そ、そんな」

「ですから、今からモブ子さんに謝りに行きましょう。わたくしも影響を与えすぎたこと謝りますから、付いてきてください」

「え? ど、どこに行くんですか?」


 話の運びが突拍子も無く、たぶん、橋元莉々は混乱しているだろう。わたくしの思惑には気付かせないためにも、そのままでいてほしい。


「取り調べが行われている応接室に決まってるじゃないですか。たしか、校長室の隣でしたわよね」

「……」


 橋元莉々が黙り込むと、すかさず山城杏がこう告げる。彼女はあきれ顔だ。


「先輩、今さら反省ですか?」


 彼女は、モブ子さんが『サイコパスに憧れていた説』を信じているのだから当然か。


「来ますよね? あなたも、モブ子さんの犯行を止められなかったのですから」


 わたくしは、山城杏の心に付け込む。


「でも、刑事さんの邪魔をしちゃいけないし」


 真面目で正しさを重んじる彼女が、そう答えるのはわかっていた。でも、彼女が一緒に来た方が、橋元莉々も来やすくなるだろう。だから欺く。


「いま会わないと、一生会えなくなりますよ。それでもいいんですか? 友達じゃないんですか?」


 モブ子さんが犯人ならば、このまま警察に連れて行かれる。だから、今会わないと一生会えない……的なプレッシャーをかける。


「ああ、もう! わかりましたよ。行けばいいんでしょ」


 さて、次は中村修二か。


「あなたもモブ子さんに謝るべきですよね?」

「どうして俺が……」


 わたくしの問いかけに、彼はあっけにとられたような表情を見せる。


「古地目由真のグループにあなたがいた時、モブ子さんを追い出したのですよね?」

「追い出したのはコマだけど……」

「あなたは、それに異を唱えなかった。彼女の心を深く傷つけ、彼女を闇に追い込んで殺人まで犯させた。わたくしや橋元さんが謝るのですから、あなたも当然謝るべきですよね?」


 わたくしのその言葉に、中村修司は納得がいかなそうな顔をしながらも「しかたねえな」と舌打ちしながら謝罪をしに行くことを受け入れる。


 そこで、残りの一人から声があがった。


「オレ、関係ないよね?」


 工藤明だ。彼は、夢中になっていたスマホから視線をこちらに上げて、そう問いかけてくる。


「ええ、あなたは無関係ですわね」

「じゃあ、オレはここで待ってるわ。なんか知らんけど行ってらっしゃい」


 脱力するような彼の言葉に、他の三人は一斉にため息をついた。





**



 かなりの力技で、3人のお供を従えて応接室へと向かう。


 茶番だけど、たまにはこういうのも新鮮でいい。いや、モブ子さんが居たのなら「先輩は茶番ばかりです」とかツッコまれそうだけど。


 応接室の前に到着すると、さっそく付いてきた3人がビビっている。


「本当に入るんですか?」


 と、橋元莉々が震えたように呟き、山城杏は再び自分自身を取り戻したのか、友情よりも正しさを取る。


「やっぱり、捜査の邪魔しちゃダメだよ」


 中村修二は逃げようとしているのか、扉の直前で背を向けて「やっぱヤバいよ」と呟く。


「いいからいいから」


 わたくしは強引に扉を開けると、橋元莉々と中村修司の腕を掴んで中に突入した。


 入ったわたくしたちを「なんだキミたちは?」と迎える刑事たち。それから憔悴しきった顔のモブ子さんに、彼女の担任の火口先生、それから校長がいた。


「守地忍さんが『不当な取り調べを受けている』と聞きまして、参上いたしましたわ」


 予想外のわたくしの言葉に、ふたりは困惑している。


「え? あれ? 先輩、もりっちに謝るんじゃ?」

「は? え? どういうこと?」


 わたくしは、二人を掴んだままこう告げた。


「事件のことでお話があります。まあ、虚偽の証言をしている人がいたので『連れてきた』と言った方が正確ですか」

「虚偽の証言ですか?」


 中年の刑事が、苦笑いしながらそう返す。


「例えばですね。ここにいる橋元莉々さんですが、11時に家を出たと言ってましたけど、それはおかしいですわ。だって、9時半時くらいに起きた踏切事故で、電車は上下線ともに停止しておりましたし、復旧には3時間かかっています」


 橋元莉々は、気まずい顔をして顔を背ける。踏切事故の件は、事件の後に知ったのだろう。だから、彼女は何かしらの言い訳をしてくるはずだ。


「橋元さんは、朝早く学校に来て、誰よりも早く部室へと向かった。だから知らなかった」


 刑事がわたくしの言葉に反応して、橋元莉々の方に視線を向ける。


「私、電車じゃなくてママに車で送ってもらったんですけど!」


 橋元莉々は、用意していたかのような台詞を言う。だが、想定内だ。


「あなたの家から、この学校に来るには県道を通りますよね? ところが、踏切事故の影響は道路にも出ていたのですよ。10時過ぎから、かなりの混雑状況が続いていて、30分では来られないはずですが」

「そ、それは、ママが裏道とか、知ってたから」


 彼女の言葉は、必死な言い訳にしか聞こえない。


「まあ、苦しいですが、いいでしょう。そんなのは、わたくしがあなたの証言に疑問を持つ『きっかけ』に過ぎませんからね」

「疑問? 11時まで私、ライブ配信を家でやっていたのよ! それは覆せない事実なの。11時半には学校に着いているんだから、それが確たる証拠でしょ?」


 彼女のアリバイは完璧に思えるが、穴はある。


「そのライブ配信ですが、実は収録済みの動画ではありませんか?」

「私は、リアルタイムで視聴者の質問に答えたのよ。ありえない」


 あくまでも強気……というか必死に主張する。


「あなたの配信のアーカイブを見てみましたが、疑問に残る箇所があるのよね」

「疑問?」

「そう、この部分」


 わたくしは、あらかじめ用意しておいた、彼女のアーカイブの動画の特定箇所をスマホで再生する。


 すると、次のようなコメントが投げられる。


『コミカルな展開なのに、人死が多いのも特徴ですよね』


 それに対して、配信中の橋元莉々はこう答えた。


「そうなのよ!」


 さらにコメントは続く。


『第二王子と、貴族たち3人も殺されてますからね』


 直後の彼女の反応はこうだ。


「さすがに私も3人はやりすぎだと思ってる。まあ、面白いからいいんだけどね」


 わたくしは、そこで再生を止めた。


「これの何がおかしいのよ!?」


 目の前の橋元莉々は、少しキレ気味に言ってくる。


「あなたが指示した原稿は、違っていたはずよ」

「原稿? なんのことよ?」

「あなたの動画に対して、1時間2分32秒にコメントしてもらうはずの、元の原稿はこうじゃないかしら?」


 わたくしは、スマホのメモ帳を立ち上げてそこに文字を打つ。そして、その画面を彼女に見せた。そこには、こう書いてある。


『第二王子と貴族たち、3人も殺されてますからね』


 橋元莉々は最初は首を傾げて、何が問題なのかを理解していないような表情を浮かべる。


「これがどうしたの?」

「これが本来、あなたが想定していたコメントですよね?」

「同じ文章じゃん」

「違うわ。読点の位置が違う。そして、そのことで意味が変わってくる」

「意味?」

「コメントの文章は『第二王子と、貴族たち3人』だから、計4人なの。けれど、読点の位置がずれることで計3人になってしまう。つまり、あなたが想定していたコメントは、わたくしのこの文章。つまり、計3人が殺されてしまうということ。事実、原作小説も人死は3人とあったわ」

「……」


 橋元莉々は「しまった」という顔をして俯いてしまう。わかりやすい子だな。


「このコメントを書いた人は、原作を読んでいないのね。だから、こんなことを書いてしまう」

「そんなの、書き間違えただけじゃん。コメントなんて、誤字脱字は日常茶飯事だよ」


 苦し紛れの言い訳。いや、彼女を追い詰める決定的な証拠としては弱いのは理解している。


「あと、疑問に思ったのは次の点です。動画サイトでのライブ配信者なんて、星の数ほどいます。観て欲しいのであれば、事前に宣伝したりしますよね? 今回は、宣伝をせずに突発的に行った。なぜですか?」


 そう、ライブ配信を行うような承認欲求の強い者が、宣伝もなしに行うなんて有り得るだろうか? もし、あるならその答えを聞きたい。


「それは……思い付いてすぐ配信したからで」


 苦しいな。


「なるほど、まあよろしいですわ。では、あなたはこんなサイトがあるのを知っていますか? ライブ配信で、コメントしたユーザーの詳細を調べられるサイトを」


 私はスマホで、そのサイトの画面を見せる。


「コメントしたユーザーの詳細なんて見られないでしょ、名前が出るだけじゃないの?」


 まあ、普通にライブ配信を見ている分にはそうだろう。そこに落とし穴がある。


「このサイトで、チャンネル名を打ち込んで、そこからさらに調べたいユーザー名を検索すると、特定のユーザーの詳細を追えます」

「それがどうしたのよ?」

「あなたのライブ配信にコメントした人は二人。一人は『おうたむ315114』さん。もう一人は『なっぴー657』さん。実はこのアカウントと同一のメールアドレスで登録した、SNSアカウントが存在します。それがこれですね」


 私はスマホをタップして、短文投稿型のSNSアプリの画面からそれを示す。


「……」


 顔色が変わってくる人物が二人。それは、目の前の橋元莉々と中村修二だ。


「あなたたちの裏アカですよね? 橋元さん、中村くん」


 二人の表情は固まる。


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