□誰そ彼~あの子はたあれ

 もう12月だ。


 来週からは期末テストが始まるというのに、私たちはいつものように占い相談室を開いている。


「次の方どうぞ」


 部室に入ってきたのは体操着姿の女生徒だ。ベリーショートの髪型の、いかにもな体育会系女子であった。


「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「あんた、同じクラスのあたしに名前を聞くっての? 半年以上同じ教室にいたってのに忘れたか?」


 あー、先輩って他人に興味がないから、それはあり得るんだよなぁ……。


「いえ、これは占う前提の形式的な対応ですから、お気にせずに」

「まあいいけどさ。まあ、そっちの子とは初対面だから、いちおう名乗っておくよ」


 そう言って私の方に視線を向けると、続けて自己紹介を始める。


「2年1組の赤見あかみ瞬華しゅんかだ」


 先輩は、相談者一覧を記すノートに彼女の名前を書く。


「あなたのお悩みを教えてください」

「悩みというか、あたしバスケ部のレギュラーだったんだけどさ、1年の子にポジション取られちゃったんだよね。まあ、その子の方が上手いし、悔しいけど、当然だよねって気持ちも強いんだよ」

「なるほど。それで」

「普段の練習量はその子と同じだし、一年上な分、あたしの方が期間は長いわけじゃん? それなのに才能の差で、あたしはレギュラーの座を奪われた。今までの努力はなんだったんだって」

「あなたは、レギュラーの座を奪い返したいのでしょうか?」

「ちょっと前までそう思ってたけど、今はもうそんな気力すらない」

「それはなぜかしら?」

「だって、今までの自分の努力が、全部無駄になったんだよ。なんか、バカらしくなっちゃって」

「部活をさぼって、ここに相談に来たのもそれが原因ですか」


 体操着のまま、というのはそういうことか。先輩は、すでに気付いていたんだね。


「うん。このままやってても、試合に出られるわけじゃないし、やめようかなぁって考えててさ」


 思い詰めたような顔の赤見さん。


「部活を辞めようか、考えているのですか? それとも、努力の意味を考えるのを止めるのですか?」

「あはは、そういう解釈もあるんだ。そうか、何も考えずに部活をやるってのもアリかな」


 完全なそら笑い。無理をしているのが、他人の私でもわかってしまう。


「あなたは、どちらをお望みで?」

「どうすればいいと思う? 占ってくれるんじゃないの? ミッチーからオススメされたから来たんだけどさ」

「よろしいですわ。占って進ぜましょう」


 先輩は神妙な顔つきになり、タロットカードを手にとってシャッフルを始めた。私は思わず吹き出しそうになる。いや、うん。話術の絡め取りじゃなく、真っ当に占いを始める先輩を見るのは久しぶりな気がした。


「……」


 シャッフルされるタロットカードに、黙って注目する赤見さん。そんな彼女に、そよぎ先輩は、こう問いかける。


「あなたがバスケをやり始めたのは、いつからですか?」

「ん? 中学に入ってからかな。あの頃は、背の高さとか、あんまり気にしてなかったし」

「数あるスポーツの中で、バスケを選んだのはどうしてでしょう?」

「どうしてだろう? そのとき読んでたマンガの影響が大きいのかな」

「なるほど。では、別にプロ選手になりたいとか、そう思ったわけじゃないのですね」


 話を聞きながらも、先輩のシャッフルする手には何か違和感が。やっぱり、真っ当に占う気はないか。


「うん、まあ、そうかな」


 そよぎ先輩は、そこでタロットのシャッフルを止めて、山の中から一枚のカードを取り出す。


 相談者に掲げられたのは『愚者のカード』だ。わざと先輩は上下逆にしている。というか、このカードを出したのも、それまでの会話に考慮してのことだろう。


「これは『愚者のカード』といいます。逆位置になりますので、意味は中途半端。つまり、いろいろなことに手を出しすぎると『どっちつかずになってしまう』という結果でしょうね」

「へー、辞めたら他の部に行こうと思ったけど、それはよくないと?」

「そういうことになりますね」


 先輩は、二枚目のカードを取り出す。


「次に出たのは悪魔ですね。これも逆位置ですから『今まで苦痛から解放される』というような意味を持ちます」

「苦痛? 苦痛ってのは今の悩み?」

「そうですね。才能に対する悩み。それを考える『良いきっかけに出会える』という啓示ですね」

「そう言われてもねぇ。努力の無駄に気付いてしまったし、才能がないのは認めちゃったんだよなぁ」

「あなたはスマホをお持ちですか?」


 先輩は唐突な質問をする。


「ん? 持ってるけど……ていうか、持ってない奴いるのか?」

「スマホのゲームアプリで遊んだことは?」

「そりゃあるよ。今だって、いくつかのお気に入りのものは、消さずに入れてるし」

「ゲームをするのはなぜですか?」

「え? えーと、暇潰しかな?」

「お気に入りのゲームがあると、おっしゃいましたよね? 暇潰しなら、なんでもいいのでは?」

「そりゃ、消さないゲームには面白さというか、楽しさがあるからね。あたし音ゲーとか好きだし、あれって、やりこんで行くと高スコアがとれて、めっちゃ興奮するんだよ」

「なるほど。それでは、バスケをやっているときは、楽しくなかったですか?」

「……ははは、まあ、楽しかった時もあったよ。試合の時の緊張感はすごかったけど、シュートやパスが決まったときは、めちゃくちゃ興奮するし、嬉しいし楽しいよ」

「バスケを始めた時から、あなたはシュートやパスが上手かったのですか?」


 先輩は、真剣な眼差しで相談者を見つめる。そこには、相談者を見下すような態度は見られない。こういうのは珍しいかな。


「そんなわけないじゃん。始めた時は、ドリブルさえ上手くできなかったよ」

「それが、練習して身体が動くようになってきたと」

「そうそう、それがまた楽しいんだよ。練習をすれば疲れにくくなるし、身体も思い通りに動くようになる。だから相手をかわすときだって余裕が生まれるし、三点シュートだって入る確率があがるようになった」


 そよぎ先輩は、とても優しく微笑む。


「答え、出てませんか?」

「え? 何が」

「努力の意味ですよ。練習して、努力して、あなたはうまくなった。昔、まったくできなかった頃よりも。そして、その努力で身体のコントロールが、より良く出来るようになり、バスケが楽しくなってきた」

「……」


 相談者は、今まで思い付かなかったことを言い当てられたような、そんな表情でぽかんと口を開けていた。


「今までの努力は、無駄ではありませんわ。あなたの努力は、レギュラーになるためではなく、バスケをより楽しくするためのものですよ」

「……」


 何か言いたげに声を出そうと、口をパクパクさせる彼女だが、うまく自分の気持ちを言語化できないのだろう。


 たぶん、もう一押しで彼女は救われる。


「例えばスマホのゲームを思い出してください。別に、プロゲーマーになるつもりで、やっているわけじゃないですよね? けれど、音ゲーというのは、ある程度練習が必要でしょう。でも、その努力は無駄ですか?」

「無駄じゃない」


 何か吹っ切れたように彼女は答える。


「そう、本来スポーツは娯楽。楽しむものです」

「あたしはどうすればいいのかな?」

「バスケがお好きなんでしょう? わたくしが言えるのは、もしバスケ部をやめるとしてもバスケ自体は辞めないことをおすすめいたします。ほら、ストリートバスケとかあるじゃないですか、完全に趣味で楽しんでもいいんですよ」

「あははは! すげえよサイコ」


 相談者が興奮したように立ち上がる。


「お悩みは解決で?」

「うん。ていうか、悩んでたのがバカらしくなった」

「では、お帰りはあちらです。モブ子さん、お見送りを」

「あ、はい」


 私も立ち上がって扉を開けると、彼女を見送る。その足取りは軽く、鼻唄を歌うほどだった。


 今回はアンチではなく、信者となりそうな相談者だった。


 こういう人たちがいるから、占い相談室は口コミで人気が出たのだ。




**



 学校帰り、そよぎ先輩が『たい焼きのおいしい店』を教えてくれると言った。


 なので、尻尾を振って付いていく。まるで犬みたいだなと、自分でも思った。


 通学路から外れたその道は、古い商店街の通り。隣駅に巨大なショッピングモールが出来ているので、その影響かシャッターが閉まったままの店もちらほら見られる。


「ここのたい焼きは、とても優しい味がするのですわよ」


 先輩が自慢げに紹介するその店は、築50年以上はあるのではないかという瓦屋根の古い建物で、70代くらいのおじいさんが焼いているのが見えた。


「いらっしゃい」

「たい焼き二つね」

「あいよ! 220円だ」


 先輩は店頭にある二次元バーコードでスマホ決済をすると、店主がトングで包み紙にたい焼きを入れてくれる。


「へい、お待ち」


 渡されたたい焼きは、湯気が出ていて温かそうだった。寒い日には、やっぱりこういうホットスナックはいいよねぇ。


「はい、モブ子さん」


 先輩がたい焼きの一つを、私へと差し出す。


「あの、お代は」

「今日はご馳走させてください」


 先輩が私に奢ってくれるなんて、何かあったのだろうか? 私はついつい勘ぐってしまう。


「珍しいですね」

「その珍しい瞬間を、あなたは無駄にするおつもりで?」

「すみません、ありがたく頂戴いたします」


 先輩の圧力に負けて、ひたすら頭を下げる。まあ、先輩は基本ミステリアスなんだから、たまに奢ってくれてもおかしくはないのかもしれない。


 店の前には、茶屋でよくあるような赤い布が敷かれたベンチがあり、私たちはそこに座ってゆっくりと食べることにする。


 しばらくすると、私を呼ぶ声がした。


「あれ? 森原もりはら織舞しきぶさんだよね?」


 振り返る。そこに居たのは、メガネで黒髪ロングの見知った懐かしい顔。彼女は、中学の時のクラスメイトの谷沢たにさわ香織かおりだ。


「あ、谷沢さんじゃん」

「久しぶり森原さん。こんなとこで会うなんてね」

「お互い地元じゃないからね」


 歩いて行ける範囲の高校で、自分の偏差値に見合うところがなかった。なので、私はしかたなく、バス通学になる美南高校を受験したのだ。だから、中学の時の同級生に会うなんて、本当に久しぶりだった。


「あ、ごめん、あたし急いでるんだった」


 谷沢さんは、たい焼き屋のお店に設置してあった時計をちらりと見てそう呟く。


「いいよいいよ。今度また機会があったらゆっくり話そう」

「うん。じゃあね」

「じゃあ」


 谷沢さんは足早に去って行く。


「モブ子さんのお友達?」

「えーと、中学の時のクラスメイトです。高校には、同じ中学出身者がいませんでしたからね。同級生なんて、すごい久しぶりに会いました」

「そっか、あなたはここが地元じゃなかったものね。この商店街も知らなかったし、あなたはサイコパスに憧れてなどいない」


 何か、意味深な事を先輩は呟き、私ではない誰かを見るように、目を細めて優しく微笑む。


「ん? そうですけど……もしかして、先輩、誰かと勘違いしてるんですか?」


 そりゃ、私はモブですけど。という意味で、軽口を叩いたつもりだった。


「そうね。あなたはニダイメですもの」

「え?」


 ニダイメ? 二代目? 意味を把握するのに時間がかかった。


「私が最初に出会ったモブ子さんは、もうあの学校にはいないの。だから、あなたは二代目。そういう意味よ」


 それは衝撃的な事実だった。


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