□朝に夕べを謀らず(2)

 作戦は単純だ。


 神原さんに、スマホにリンクさせたイヤホンマイクを装着させて、そよぎ先輩と私が彼女の様子をモニターする。


 この状況で、神原さんはいじめっ子に「お金が用意できないからどうすればいいか?」と卑屈に尋ねるのだ。


 そよぎ先輩の予想では、彼女にパパ活させるために、知り合いもしくは、ネットで適当に募集した男をあてがう気だろうと。


 しばらくは、放課後の相談室を休止にして神原さんからの音声をモニターする。


 数日後、神原さんのいじめっ子から指示が下った。


『今日の夜の8時にナガス公園に来な。そこで金を稼がせてあげるよ』

『あはは、初体験できちゃうね』

『あんま、相手の男に恥かかせるんじゃないよ』


 酷い言われようだが、この行為は法律的にはかなり黒に近いか。


「神原さん、大丈夫よ。わたくしたちが付いてますわ」

『うん、ありがとう。そよぎさん』


 そうして、先輩のいじめっ子たちへの反抗作戦が始まった。



**



 夜の8時前にナガス公園へと赴く。隠れられそうな場所に待機して、いじめっ子たちが到着するのを待った。


『わ、わたし緊張します』


 神原さんから、震えた声がイヤホンに入ってくる。


「緊張したままでいいわ。その方がリアリティがあるから」

『足がガクガクしてきましたよ』

「いいわよ。それこそ、いじめっ子が望む『あなたのビビる姿』なのだから」


 神原さんを、にんまりと笑いながら見守る先輩の方が、いじめっ子なんかよりSっ気があるのではないかと思ってしまう。


「あ、先輩来ましたよ」


 公園の入り口の方から、40代くらいのメガネをかけたおっさんと中学生くらいの女子が数人という、違和感ありありの集団が現れる。


 私は事前に指示された通り、デジタルカメラで彼女たちを撮影をし始めた。スマホでは、レンズ性能が低く、ズームでの撮影に向いていないからだと先輩は言っていた。


「神原さん。アレがいじめっ子たちですか?」

『……はい。そうです』

「リーダーはどの子?」

『白と緑のスタジャンを着た子が、リーダー格の瀬乃木さんです』


 いじめっ子たちが、神原さんの前に到着する。


『あはは、よく逃げないで来たわ。まあ、あんたが金を稼ぐ方法なんてこれしかないからね』

『キ、キミが紹介してくれる子ってこの子なのかい?』


 40代の男はスーツを着ている。会社帰りのサラリーマンか何かなのだろう。


『ええそうよ。この子、処女だからちょっと高いわよ』

『料金は、この場で支払えばいいんだね』

『うん、きっちり払ってね』


 男が財布から出した万札を瀬乃木に渡す。そこで、先輩が立ち上がって私に「行きますわ」と合図をした。


 私は撮影しながら先輩を追っかける。


「そこまでですわよ!」


 颯爽と神原さんの前に現れるそよぎ先輩。という、演出だ。


「だ、誰よ。あんた?」


 瀬乃木と彼女の周りの取り巻き達が、驚いたようにこちらを見る。


「あなたたちの犯罪行為を指摘しに来たのよ」

「は、犯罪? あたしたち、別に何も知らねーし」

「そーよ」

「な、なに言ってるんですか?」


 私は、この中で一番年長者である中年男の姿をカメラで捉える。彼は顔が真っ青になり震えていた。状況を一番理解しているようだ。だったら、安易にこの子たちの誘いに乗らなきゃいいのに。


「売春防止法第七条。人を欺き、若しくは困惑させてこれに売春をさせ、又は親族関係による影響力を利用して人に売春をさせた者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」

「……」

「……」

「……」

「……」


 先輩の言葉で、それまでぐちぐち文句を言っていた瀬乃木たちの声が静まる。


「つまり、人を騙して売春をさせた側にも罪はあるの」

「騙してって、あたしは壊されたスマホを弁償してもらおうと思って」


 瀬乃木がそう反応する。


「壊されたスマホ見せてくれないかしら?」

「え?」

「本当は壊されてないんじゃない?」

「本当だよ! これ見ろよ!」


 彼女は、画面が蜘蛛の巣状に割れたスマホを取り出して見せてくる。


「あら? 傷の付き方がおかしいわね。落として割れたというより、こちらの一点に荷重がかかって割れたみたいですわよ。もしかして、あなた。踏んづけたのではありませんか?」

「……」


 瀬乃木は嘘がバレてしまったと感じたのか、目が左右に泳ぐ。


「それから、神原さんから聞いた話では、最新機種と伺っておりましたが、これは3世代くらい前の機種ですよね? つまり、あなたは自分が割ったことを神原さんのせいにし、さらに最新機種だと偽っていた。つまり『人を欺き』という法律の定義に当てはまりますわ」

「でも、売春をさせてたって証拠があるの?」

「神原さんとのやりとりは、彼女が持っているイヤホンマイクで録音されておりますし、その男との金銭のやりとりは、こちらにいるモブ子さんがずっと撮影しておりましたからね」


 黙り込む少女たち。そしてそよぎ先輩は、震えている中年男性へと視線を向ける。


「あ、えっと、そこの男性の方」

「……」


 中年は下を向いたままだ。私は、男性の顔がよくわかるように撮影をした。


「話が面倒になりますので、あなたは逃げていいですよ。もちろん、この後の話の展開によっては、あなたも警察のお世話になるかもしれませんが」

「……お、俺は」

「どうぞ、お帰りになって、お布団の中で震えてお待ちください」


 先輩はにこやかに穏やかに、中年男へと脅しをかける。


「……」


 男は、無言で早足で離れていった。


「さて、あなたたちの罪を示しました。何か言いたいことはありますか?」

「……ちくしょう。はめやがったな」

「はめた? それは逆でしょう? あなたたちが神原さんをはめたんですよ。彼女にそんな酷い事をしなければ、あなたたちは楽しく学校生活を送れましたのに」

「……あたしたちをどうしたいんだよ?」

「どうしたい? それは警察が決めることかもしれませんね」

「……」


 再びしゅんと黙り込む瀬乃木。さすがに、警察という言葉を出されれば反論できはしないだろう。


「まあ、あなたたちは14歳未満でもありませんから、罪が許されるわけではないですね。とはいえ、16歳未満でありますし、せいぜい女子少年院送りでしょうか?」


 先輩も弁護士や検察官でもないのだから、彼女らの処遇はどうなるかはわからないので断言はしていない。


「だから、わたしは嫌だったのよ」

「わたしも……リョーコには付いてけないとこあったの」

「何言ってるのよ。神原への嫌がらせを、ケイもカリンも楽しんでやってたじゃん」


 醜い仲間割れ。そりゃそうだ。彼女たちの繋がりは、神原さんをいじめるという『娯楽』で繋がっていただけの関係なのだから。


「まあ、わたくしも鬼じゃありませんから、こちらからの条件を飲めば、今回のことは不問にいたしますわ」

「あ、謝ればいいんですか?」

「ごめん、神原」

「もうしない」


 いじめっ子三人は、反省したような顔で神原さんに謝る。といっても、本当に反省しているわけじゃないだろうな。たぶん、演技だと思う。


「せっかちですね。条件は謝罪じゃありませんよ。今後、彼女がいじめられないことです」


 先輩は、すでにそれは見抜いているようで、容赦なく条件を叩きつける。


「わ、わかったよ。もう神原をいじめなきゃいいんだろ?」


 リーダー格の子がそう反応するがが、先輩はわざとらしく首を傾げる。


「ん? 少し違いますわよ」

「え? どういうこと?」


 予想外の答えに、いじめっ子たちは戸惑っている。


「条件は、神原さんが中学を卒業するまでの間、いじめられないということです」

「だから、あたしたちはもういじめないと」

「神原さんが誰からもいじめられないということです。彼女があなたたち以外の『誰か』にいじめられてもアウトです」


 三人は絶句する。そりゃそうだ。自分たちの行い改めるだけでなく、さらに面倒な問題まで抱え込むのだから。


「つまりですね。あなたたちは彼女をいじめないばかりか、彼女を全力で守らなければならないんです。そうしなければ、今回の犯罪の証拠を警察に提出します。その結果、どうなるかは、まあ先ほど申し上げましたよね」


 静かなる脅し。彼女たちに選択肢はない。平穏な学校生活を送りたいのであれば、自分がいじめていた神原さんを全力で守るしかないという。


「あたしたち3人じゃ限界があるよ。そもそも、何をいじめというかがわからないし」

「それは単純よ。神原さんが『いじめ』だと思えばいじめ。そして、彼女が何かされたことに対して、あなたたちが『それはいじめじゃない』と決めつけるのもある意味『いじめ』になりますわ」


 先輩はそうやって、外堀を埋めていく。妥協は許さず、彼女たちが言い訳できないように追い込んでいた。


「じゃあ、神原のご機嫌を伺いながら、ずっと学校生活を送らなきゃいけないの?」

「それが嫌なら、神原さんから離れられる『女子少年院』に行ってもいいんですよ。そのあたりの選択肢は、あなたがたにお任せしますが」


 いや、どう考えても後者は選ばないはずだ。多少の制約があっても、自分が犯罪者として裁かれるよりはいいだろう。


 神原さん的にはどうなんだろうな? 自分をいじめたあの子たちが憎いから、犯罪者にして警察に捕まえてもらった方が、せいせいするのかな?


 けど、警察沙汰になれば、校内でその情報は広がる。神原さんに対する、偏見を持った噂も出てくるだろう。例えば、彼女が『売春をやっていたかもしれない』という類だ。それによって傷ついたり、また別のいじめが起きるかもしれない。


 そもそも、いじめた相手を排除したところで、完全にいじめがなくなるわけじゃない。


 私は神原さんの顔を見る。


 彼女は。満足の笑みを浮かべていた。そりゃそうだ。これは完全な『ざまあ!』だ。


 だけど、危険な香りもする。それは立場が逆転し、彼女が三人をいじめる側になるのではないかという不安。


「ねえ、神原さん」


 私は彼女に話しかける。


「え? あ、はい。なんでしょう?」

「これでたぶん、あなたがいじめられることはないはず。でもね、あの三人に対して、あなたはいじめるような行為をやってはいけないよ」

「な、なんでですか? わたしは、あの子たちにずっといじめられてきたんですよ。少しくらいやり返しても」

「神原さんは、いじめがつらくて死を選びそうになったよね」

「……はい」

「たぶん、あの子たちは、自分から死ぬことはないとは思う」


 特にリーダー格の子なんか、ずっと神原さんを怨み続けるだろう。


「だったら、わたしが何をしようが――」

「あなたが死を選んだのと同様に、いじめられた人間は追い詰められる。そして、その方向は自らの死、ではなく『周りが悪い』という方向。つまり他者の罰を望む」

「それって……」

「あまり彼女たちを追い詰めると、あなたは殺されてしまうかもしれないね」

「……」


 神原さんは絶句する。ちょっと脅しすぎたかな? いや、彼女のためにも言っておかなくてはいけない。


「あなたが平穏な学園生活を送りたいのなら、言葉に気をつけなさい。態度に気をつけなさい。そして、思考に気をつけなさい」


 これは、私が先輩と行動するようになって学んだことだ。似たような名言にマザーテレサの言葉にあるが、これは微妙に意味が違う。


 前向きな言葉ではなく、あくまでも自己防衛のための戒め。


「あら、モブ子さんも言うようになりましたね」


 先輩がニヤニヤと笑っている。あのいじめっ子三人は、すでにこの場から去っていた。


「こ、これは先輩の影響です」

「あなたも、サイコパスの才能があるのかしら?」

「先輩、自らをサイコパスと認めないでください。それに私はサイコパスになんか……」


 なりたくないのかな?


 心が鈍感。いや、価値観が強固なものであれば、何事にも動じなくなる。くだらないことで悩まず、楽しく暮らせるかもしれない。


 でも、私が憧れているのは先輩そのものであって、一般的なサイコパスとは違う……はずだ。

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