★闇堕ちは日暮れとともに
オレ、
その子は、告白さえしていない片思いの女の子。
彼女に代わって復讐を成し遂げる。見ているだけしかできなかったオレの、唯一の償い。
**
高校に入ってすぐ、オレは中学からつるんでいた篠宮誠二に誘われ、クラスの中のとあるグループに入る。
女の子のレベルは高く、リーダー格の古地目は、クラスでの人気者になりつつあった。オレとしても自慢のできる友人関係だ。
かわいい女の子と『毎日喋れる』といっても、それほど嬉しいわけでもない。篠宮の奴は、グループ内に好きな子がいるから毎日が楽しいだろう。だがオレは、少し事情が違っていた。
想い人は別にいる。ゆえに、思考の半分くらいは、その子の事を考えていたりした。
彼女の名前は、
艶やかなセミロング髪に、透き通るような白い肌。彼女はメガネをかけているけれど、それが彼女の知的さを、いっそう引き立てていた。そして黒目がちな瞳には、深い思考と情熱が宿っているようにも感じる。彼女はまさに、オレの理想の女性であった。
しかしながら、オレとはクラスも違う。学校で会う機会は限られていた。
だから、根岸さんが写真部に入ったのを聞いたとき、これはチャンスと思い、すぐに行動に移す。
それまで、スマホでしか撮影したことのなかった俺は、親父に頼み込んで『デジタル一眼レフカメラ』を無理言って貸してもらったのだ。彼女と一緒の部に入るために。
とはいえ、先輩たちにカメラの扱いが『ど素人過ぎる』と怒られて、根岸さんにまで笑われてしまう有様。
それでも良かった。彼女と同じ時間を過ごせるのなら。
5月までは平穏だった。告白はできなくても、ある意味幸せでもあったのかもしれない。
コマたちとのグループの空気がおかしくなってきたのは、ヤンが抜けたあたりだろうか。コマが女王様気質を隠せなくなり、その日の気分で他人に当たることも多くなってきた。
ケンケンもカザミィもコマの腰巾着に成り下がり、ハリーも性格なのだろうか、嫌々コマに従っているのはわかっていた。
放課後、北校舎西端にある1階の食堂へと行く。部活前には、食堂内に置いてある自販機でパックジュースを買うのがお決まりとなっていた。
「あ、ハリーじゃん」
そこに居たのは、同じグループの橋元莉々だ。彼女はパックジュースを飲みながら、憂鬱そうな顔をしている。
「あ、ナジくん。これから部活?」
ナジというのは俺の愛称だ。あのグループは『変なあだ名』を互いに付け合っている。
「ああ……ていうか、相変わらずスイカ牛乳飲んでるのか? オレ、そのジュース飲んでるの、おまえしか見たことねーよ」
「えー、おいしいのに」
「おいしいか?」
と、くだらない会話。中身のない会話は、コマたちに毒されて日常となっていた。
「そういえばさ。篠宮くん、どうするんだろうね」
あのグループの中で、篠宮だけが愛称で呼ばれていない。それはたぶん、コマがそう呼ばないというのもあるのだろう。なぜなら、彼女は篠宮のこと好きで、あからさまに態度が違うからな。
「どうするって?」
「ヤンが抜けさせられたでしょ。それに、もりっちも離脱した」
そこで気付く。
「ああ、そういや、篠宮ってヤンに惚れてたもんな」
篠宮が、あのグループにいる意味がない。あいつは基本的にいい奴だから、コマたちと仲違いしたくなくて、ずるずると交友関係を続けているだけだ。
「私はみんな抜けて、このままバラバラになってくれれば、いいんだけどね。けど、ケンケンとカザミィは残りそうなんだよ」
「あいつら、コマの下僕化してるからな」
「もうちょっと痛い目に遭わないと、わからないのかな?」
「ん?」
「そんなことより、ナジくんはどうするの?」
「どうするって、どうだろうな?」
「篠宮くんが抜ければ、ハーレム状態だよ」
「んなアホな。コマがボスなんだから、そんな方向にはならねえよ。それに……」
思い浮かぶのは、一人の女の子。
「根岸さん?」
「……っ! 知ってのた? まさか、みんなにバレてる?」
「気付いてるのは、私だけかな。まだ付き合ってないんだっけ?」
「……あははは。まあ、このままでもいいかな、なんて思ったりして」
下手に告白して、彼女との楽しい日々を失うのはつらい。
「だったら、気をつけた方がいいよ」
ハリーの言葉に、急に冷たさのようなものが加わる。
「え、何が?」
「コマと根岸さんって、中学の時から確執があるらしいの」
「初耳なんだけど」
「そりゃそうでしょ、表だって対立してないし、クラス違うからコマが何か仕掛けても、ナジくんは知り得ないからね」
「……まいったな」
そんな事情があったなんて、気付きもしなかった。彼女のことは、ずっと見てたはずなのに。
「そうね。ナジくんも、きちんと自分の立場を表明した方がいいよ」
「立場?」
ハリーの言葉の一つ一つに、何か棘のようなものを感じる。
「そう。きちんと告白をして、カレシという立場で根岸さんを守るか」
「いや、告白なんて……無理無理」
どうせ振られるだけだ。
「だったら、コマに媚び売って、安全地帯で見学するしかないね」
「でもオレは……」
コマなんかよりも、根岸さんの方が大切だ。
「カノジョにする気がないなら、仕方ないじゃん。付き合える自信がないから、告白しないんでしょ?」
根岸さんはたぶん、同じ部活の先輩の園田さんのことが気になっている。だから、オレは『ただ一緒にいること』だけを望んでいるのだ。
「ハリー……きっついな、おまえって、そんな奴だったっけ? 入学当初は、もっとおとなしい感じだったのに」
初めて会った頃のハリーは、もっと気弱で、人の顔色を覗うような子だったのに。
「私も影響されているのよ。憧れのあの人に」
「誰に?」
「それは秘密」
**
夏休みには、写真部の合宿がある。
根岸さんと一緒に泊まりに行ける(といっても、合宿なので総勢5名ほどだが)ことに胸を躍らせていた。
だが夏休みの直前、急に根岸さんは学校に来なくなる。
誰もが事情を知らない、という中で『彼女が自殺未遂をしたのではないか?』という噂が流れてきた。
もちろん、学校側から正式に発表されたわけじゃない。新聞やニュース沙汰になるわけでもなく、何も知らないままオレの日常は過ぎていく。
そして夏休みに入り、彼女が入院していることを知る。お見舞いに行こうと考えるが、園田先輩がすでに一度病院に行っていた。そして、面会謝絶で会えなかったことを聞く。
もやもやとしたまま、数日を過ごす。根岸さんの来ない写真部の合宿にも、参加する気が起きなかった。なので、早々に辞退する。
それでも、もしかしたらという僅かな希望で、写真部の部室にだけは毎日顔を出した。
そして、オレは決定的な話を聞いてしまう。
自分の荷物を取りに、ロッカーに行った時だ。階段を上ったところで、下品な笑い方で話をする、女子たちの声が聞こえてくる。
「あははは、わりと簡単に潰れてくれたよね」
この声はコマだ。俺は気軽に声をかけられる気分でなかったので、ロッカーに行くのはやめて踵を返す。
「もうちょっと、抵抗すると思ったんだけどね」
「しないでしょ、根岸にそんな気力残ってなかったし」
根岸さん? その名前を聞いてオレは足を止める。
「だから自殺なんかしたんでしょ」
「大丈夫なのかな?」
「わたしらが直接いじめてた、って証拠もないからね」
ケンケンとカザミィの声もする。ハリーはいないのか? それとも黙っているだけか?
それにしても、何の話をしている? 根岸さんに何かしたのか?
「コマの知り合いのあの人って、反社の人なんでしょ? エグいよね。根岸を襲わせるなんて」
その言葉でだいたいの事情を察し、怒りに震える。
彼女が入院している理由、自殺未遂の原因がコマたちだったとは……。
このままあいつらの所に行って、ぶん殴ってやろうとまで考えた。だけど……根岸さんにとって、オレは出身中学が同じだけの部活仲間だ。
告白すらできないチキン野郎は、後悔ばかりで何もできやしない。せめて彼女が、今後の人生をコマたちに邪魔されないように願うしかない。
願う?
そうじゃない。実際に行動を起こさなくては、意味がないだろ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます