□夕焼けマニアと論破王のレプリカ(1)

 10月12日。

 部室の窓からは、ウロコ雲が見える。


 秋の空は七度半変わる、ということわざを思い出した。


 秋の天候は移ろいやすいし、それと同じように人の心も変わりやすい、という喩えである。


 そんな喩えとは、正反対なのがそよぎ先輩だ。


 先輩の心は鋼のようで、ブレないどころか簡単に折れることもない。


 その秘密は、たぶん論理的思考が強いことだろう。


 オカルト的なものどころか、神さえも信じないように見えた。なのに、なぜか『占い研究部』に所属しているのは、かなりの謎だ。


 ハロウィンというイベントまで、あと数週間という季節。私は、そよぎ先輩にくだらない質問を投げかけてみる。


「先輩って論理モンスターなのに、なんで占い研究部にいるんですかね?」

「モンスターって……酷い言い方ですわ」


 演技のような苦笑い。先輩が芝居がかった反応をするのは、いつものことだ。


「いや、あの……まあ言い過ぎですけど、それくらい先輩は理路整然と物事を考えられるじゃないですか。それなのに『占い』っていう、オカルトっぽい内容の部活動をやっていることが不思議なんですよ」


 すでに占い研に入って数ヶ月だというのに、いまさらな質問ではあった。


「まあ、そうですわね。クラスメイトにも、よく言われますわ」


 やっぱり……クラスでも先輩は、ミステリアスなんだ。


「そよぎ先輩って本当に占いを信じているんですか?」

「そうね。わたくしは、占い結果に関してはあまり信じておりませんの」

「でも、今日だって、相談者を占って結果を出しているじゃないですか?」


 3人中2人は結果に満足して帰っていたのだ。


「占いは、会話の糸口を掴むためのもの。さらに、そこからコールドリーディングに反映してるだけのことですわ」

「それは教えてもらいましたけど、なんでわざわざ先輩が『占い』みたいな回りくどいことをするのかなぁって」

「そうね。占いがやりたいっていうより、その枠組みを通じて、人々の内面にある悩みや欲求、願望を読み解く方に興味を持っているってことかしら?」


 おお、何か高尚なことを言っているように思える。やっぱり先輩はすごいな。


「先輩って学者みたいですね。ああ、だから研究部なのか」


 そう思ってぽんと手を叩く。が、すぐに先輩がネタばらしをしてくる。


「というのは建前で、実は早紀さき先輩と優羽ゆう先輩のお二人の影響が大きいのかしら」


 3年生の先輩である二人に、私はまだ一度もお会いしたことがない。いったいどんな人なんだろう。


「そんなに凄い人たちなんですか?」


 そよぎ先輩より凄いなんて、化け物クラスなのだろうか? いや、先輩がモンスターなのだから、きっとドラゴンなのだろう。


「早紀先輩は人間観察が好きな人ですわ。ホットリーディングやコールドリーディングは、あの人から教わりましたの」


 ホットリーディングってあれか、あらかじめ相手のことを調べておいて、相手の信頼を得る心理テクニック。


 逆にコールドリーディングは、相手のことを知らなくても、外見や話し方や何気ない言葉から、相手の事を言い当てる事だったはず。


「どっちも、占いをやるには基本とされることですもんね」

「早紀先輩の凄いことは、人間関係がかなり広くて、リサーチ能力が桁外れなの。それをもとに、独自のデータベースを構築しているわ。わたくしも時々、それを利用させてもらっているの」


 先輩は、タブレットをこちらに掲げて見せる。画面には、南高DBと書かれた文字と、その下には検索窓がある。


「あ、もしかして、相談者の情報って、ここから入手してるんですか?」

「ええ、そうよ」


 ある意味チートだな。このチートはもちろん“ズルい”という意味だ。


「もしかして、早紀先輩が一人で調べて構築したんですか?」

「一人じゃないわ。早紀先輩は交友関係が異常なほど広いの。それを利用して集めた、と言った方がいいわね。もちろん、このデータベースは占い研の極秘事項よ。他の人に漏らしたら、あなたの安全が脅かされるかもしれないから気をつけてね」


 先輩は、ナチュラルに私を恫喝する。


「……あははは、怖すぎますよ」

「優羽先輩の方は、フカチがあることを、改めて実感させられたのが大きいわ」


 そよぎ先輩を超越する二人目の先輩か。


「フカチ?」

「不可能の不可に知力の知で不可知。あらゆる認識手段を使用しても、知り得ないことが世の中にはあるってこと」

「そんなものを実感って、どんな人なんですか?」

「言語化できないから、説明は難しいわね」

「超能力とか超常現象とかですか?」

「陳腐な言い方をすればそうなるわね」

「でも、先輩って、そういうの信じないタイプじゃないですか」

「だから、正確には超能力とは違うものよ。その存在自体に不可知を感じるの。例えて言うならば、神さまは信じないけど、優羽先輩は信じるわ」


 そよぎ先輩に、そう言わせるなんて……ただ者じゃないのだろう。


「実際には、何ができるんですかね?」

「そうね。タロット占いで、数分先の天気を占えるわ」

「え? どんな占い方で?」


 タロットと天気予報が結び付かない。いや、私が知らないだけか?


「さあ? よくわからないわ。あれは、真似しようと思ってもできるものじゃない。ですから、わたくしはトレースするのを諦めましたの」


 ああ。だから、そよぎ先輩のタロットの扱いは雑なのか。


「それだけですか?」


 天気予報だけなら、そういう『びっくり人間』はたまに聞く。自分の病状で天気を言い当てる老人の話とかあったよなぁ。


「あとは占いをやるならば、きちんと基本を学ぶことの大切さを教えられたわ」

「基本ですか?」


 占いの基本ってなんだろう?


「そう、タロットは別に上手くならなくていいから、それよりも経済を勉強しろ、思想を勉強しろ、技術書を読めって」

「はあ、なんかよくわからない人ですね」


 人間を超越した占い師だと思っていたのに、意外と努力派なのか。


「いえ、とても論理的でもあるわ。優羽先輩からは、株価の動きと地政学と産業構造を教わり、サンデル教授の本を薦められて、科学雑誌のニュートンを購読させられたわ」


 それは、もはや占いではないような気がする。


「占いなのに、なんでそんなに理論武装が必要なんですか?」

「そもそも、大昔の占い――まじない師と言われる職業は、まつりごとつまり、政治的な判断もしていたの。さらに、錬金術や医学的なこともしていたし、宗教家でもあったのかな。今はそういう要素は薄れちゃってるけど」


 そういえば、邪馬台国の女王『卑弥呼』は、占いで人を支配していたという話があったっけ。


 でも、逆に考えれば『あらゆる分野に精通していた』からこそ、的確な判断ができ、それを占いという形で人々に伝えたのだろう。


「だから、それらを学ぶことは基本に戻るってことだと? なるほど。そういう考え方をする人なんですね。優羽先輩っって」

「そう。すごい人なのよ。けれど、そういう理屈で理解できる部分と、たまに見せる不可知のギャップが凄かったかな」

「よくわからない人ですね」


 まだ会ったことのない人だというのに、すでに私は優羽先輩の術中にはまっているのかもしれない。


 早く3年生の先輩たちにも会ってみたいものだ。


 私の好奇心が騒ぎ出す。




**



 放課後の部室は、全生徒を対象とした占い相談室となる。時々、教師が来るのは内緒の話ではあるが。


「次の方どうぞ」


 私は廊下に出て、並んでいる先頭の女生徒を部室に招き入れる。


「ごきげんよう。お名前と学年を教えてくださいますか?」


 そよぎ先輩が、いつもの柔らかな口調で問いかける。


国広くにひろ雪音ゆきえっす。1年っす」


 ショートカットのクセッ毛の強い、ボーイッシュな雰囲気の女の子だ。


「何か悩み事がございますか?」

「明日の天気は占えますか?」


 天気予報を占いでっていうのは、少し前に優羽先輩が得意だったという話は聞いたが、そもそも占いでやることなのだろうか?


「ええ、いいわ」


 先輩は横に置いてあった鞄の中から、10インチのタブレットPCを取り出す。


「え? アプリで天気予報を調べるんですか?」


 相談者が驚きの声をあげる。


「アプリではありません。占いってのは、兆しを読み取って未来を予測するもの。ですからわたくしも、天気図のデータから兆しを読み取って、明日の天気を占おうとしているの。でも、そうね……当たる確率は80%くらいかしら。ほら、当たるも八卦当たらぬも八卦って言うじゃないですか」

「へー、最新鋭っすね」


 相談者は感心しているような返答だが、目元がピクリと歪んだのを私は見逃さなかった。たぶん、そよぎ先輩の占う方法が、予想していたものとは違ったのだろう。


「明日は東高西低型の気圧配置、南風が強く、この辺りは雨になる場合がありますね」

「なるほど。でも、そんな占い方初めて見たっすよ。スタンダードな占いの道具は使わないんすか?」

「本当はタロットで占いたいのですが、わたくしにはその能力がありませんので」

「タロットっすか?」

「まあ、今はできる御方が不在なので、気にしないでくださいませ」


 優羽先輩は、いまだにお会いしたことはない。とてもレアな存在なのだ。


「じゃあ、本来の悩みを占ってもらっていいっすか?」


 彼女は、あらためて相談内容を伝えてくる。ということは、天気予報で先輩を試したってことか。なんか嫌な感じだなぁ。


「ええ、構わないわ」


 先輩だって、そんなことは気付いているというのに、何食わぬ顔で応対していた。


「実はボク、マンガ家を目指してるんですけど、将来本当にマンガ家になれるか不安で占って欲しいんっすよ」


 国広さんは『ボーイッシュな子』にありがちな、自称を「ボク」と呼ぶ子なのか。けど、ボーイッシュとは違う雰囲気も醸し出している。私はちょっと苦手なタイプかな。


 中学の時に、似たようなボーイッシュな子がいたけど、この子とはまったく違った感じだった。まあ、彼女をよく知らないからだろう。


「では、手相を見せてもらってよろしいですか?」

「いいっすよ。どっちの手っすか?」

「両方、お願いできるかしら?」


 あれ? 先輩、手相なんてやったことないのに……。それとも勉強したのかな?


「……うふふ」


 手相を見ていた先輩が、急に笑い出す。


「どうしたんすか? そんなに面白い手相なんですか?」

「あなた、マンガなんか描いたことはありませんね?」

「え?」


 まるで万引を咎められたかのように、国広さんの顔がギョッとなる。


「だって、ペンだこがありませんよ。漫画家になりたいのでしたら、絵の勉強、いえ、絵を描き続ける癖を付けるのは当たり前ですよ。なのに、あなたの指はどれも柔らかい」


 そうか、手相を見るといって、指周りの皮膚を調べていたのか。


「……あれっすよ。タブレットで描いてるんです」

「マンガというか、イラストは細かい線で描くのが基本だから、スタイラスペンが必要なはず。あれもペンだから長時間使い続けていればタコはできるわ」

「……」

「……」


 無言でお互いに見つめ合うが、国広さんの方がそれに耐えられなくなって笑い出す。


「あはは、引っかからなかったすね。怒りましたか?」

「今は、あなたの相談に乗ることがわたくしの役割ですから、嘘を吐かれたからといって追い出したりしませんよ。ご安心ください」


 まあ、こんなことくらいで先輩は怒らないだろう。逆に、相談者の方がぶち切れることが多いのだから。


「はあ」

「あなたの目的はなんですか?」

「目的?」

「占ってほしいわけでも、相談に乗って欲しいわけでもないのでしょ?」

「あはは……さすが、サイコパスと噂されるだけの先輩ですね」

「うふふ。ありがとう」


 先輩は優しげな笑みを崩さない。といっても、それは本当の優しさの表情でないことを私は知っている。


「実は、ボク。占いなんて嘘っぱちだと思ってるんです。で、どんなかたちで人を騙してるのか、興味があったんっすよ」

「正直ね。それで?」


 あくまで先輩は、自分のペースを崩さない。


「先輩は、本当に占いで人の未来がわかると思っているんすか?」

「言ったわよ『当たるも八卦当たらぬも八卦』と。最新のスパコンを利用したところで、未来を100%当てることはできないわ。占いは、何かを言い当てることが目的じゃないわ。人の心を導くためにあるの」


 先輩の『導く』って言葉としては綺麗だけど、その裏には『誘導してやろう』っていう意味もあるからタチが悪い。


「うさんくさいですね。宗教じみてるっすよ。人の心を誘導するって、洗脳じゃないですか。それとも、やっぱ詐欺ですか?」


 ある意味、相談者の言葉は間違ってはいない。でもなぁ、先輩って、そもそも神さま信じてないから、彼女と同じ側のはずなんだけど。


「あなたにとって、宗教は詐欺?」

「はい、神なんて存在しないっすから」


 国広さんは、嬉しそうにきっぱりと答える。


「ここで宗教論を語る気はないけど、神の概念をきちんと定義しないのに『存在しない』は雑すぎるとしか言えないわ」

「定義ですか? そんなの必要あります? どんな神であろうが、ボクは存在しないと思ってますから」

「人格を持った『神』や、システムとしての『神』。例えば地球上に生物を作りだした偶然も『神』。となると、サイコロを振った時の出目の確率をも『神』と言う場合もある。そういえば『神はサイコロを振らない』とも言うわね。けど、サイコロ自身が『神』ならば……という感じで、ひとそれぞれ『神』の在り方は違う。ごっちゃにしないほうがいいわよ」


 私も、神さまはあまり信じないタイプだけど、誰かが信じている『神』を否定しようという気はないからなぁ。


「ど、どうでもいいっすよ」

「そう? あなた面白いわね」


 そよぎ先輩の目つきは、完全に他者を見下すものだ。そればかりか、少し憐れむ部分も窺える。


 そして先輩は、玩具を見つけた時のような、子どもっぽい笑みを浮かべた。


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