■私の居場所は夕刻に(2)

 ヤンは、私たちのグループから弾かれた。それは必然のこと。だからといって、彼女へのイジメがすぐに始まったわけではない。


 まあ、女子同士でいさかいが起きた場合、たいていは無視からだ。無視もイジメに入るだろうけど、これに関しては私は仕方が無いと思っている。


 だから私は、彼女たちのルールに従い、ヤンを無視する。というより、彼女をあからさまに無視はしたくないので、なるべく近づかないようにしていた。


 とはいっても、ヤンからしてみれば私も自分を無視する一人だ。彼女にいじめっ子だと言われても反論はできないだろう。



 ある日、私とコマたちが下校するために放課後の廊下を歩いているときだった。


「あれ? 誰かスマホ落としてるよ」


 ハリーが落ちていたスマホを拾いあげる。


「なんか見たことあるスマホだね。このキーホルダーって」


 カザミィが、ぼそりとそんな感想を抱く。


 私は一瞬で、それが誰のものであるかわかった。ヤンのスマホである。記憶力はいい方なので覚えていた。でも、それは言わないでおく。嫌な予感がしていたからだ。


 だからこう告げる。


「このまま『職員室の忘れ物ボックス』のところに入れておく? 落とし主も困っているんじゃない?」


 コマたちが気付く前に、それをしておきたかった。


「あ、これってヤンのじゃん」


 カザミィがそう呟き、コマが顔を歪めてこう続く。


「キモっ、そんなの捨てときなよ」

「そうだね。でもさ、ちょっと貸してハリー」


 ケンケンがハリーからスマホを受け取ると、画面をタッチしてロック画面を表示させる。


「もしかして、パスワードとか知ってるの?」

「前に、ちらっと見たことあるんだよね」

「ロック解除したら、篠宮君が壁紙だったりして」

「ちょっとぉ! 冗談でも、そんなこと言うのやめてよぉ。ムカツクんだけど」

「お! 解除できたよ」

「どれどれ」


 最悪の事態になってしまった。彼女のスマホは、玩具に成り下がる。


「あの子、篠宮君の電話番号を登録したままじゃない。ムカツク」

「消しちゃう?」

「消しちゃえ消しちゃえ」


 その場のノリで、彼女たちは笑い出す。でも、私は笑えない。


「どうせだから、初期化しちゃおうか?」

「そーだねー、あたしたちを悪人扱いしたんだから、これくらいの罰を受けても」


 それはさすがにダメだろう。私はケンケンからスマホを奪う。


「ちょ、もりっち、何するの?」

「さすがに、一線を越えすぎだよ」


 誰かを嫌うにしても、やっていいことと悪いことがある。


「なに? もりっち、ヤンの味方するの?」


 眉を顰めたコマの顔がこちらを向く


「味方? 私はこのグループのルールに従ってヤンを無視しているよ。それとこれとは違う問題でしょ?」

「どうだか? 実はヤンと繋がってるんじゃないの?」


 コマはあくまでもヤンを悪者とし、私を裏切り者と扱おうとしている。


「そうよ。もりっちって、自分からヤンの悪口を言ってるの聞いたことないし」


 ケンケンが痛いところを突いてくる。私は、そこまでヤンを嫌っていなかったのだから当たり前だ。


「うん、わたしも思ってた」


 カザミィがケンケンに同意する。


 話が通じないのはわかっていた。でも、ここまで彼女たちが『愚か』とも思っていなかった。


 さらにコマは、私のことを脅すように告げる。


「もりっち。あたしたちのグループにいたいなら、そのスマホ渡しな」

「……」


 渡せば、ヤンのスマホをオモチャにして、嫌がらせをするだろう。どうして、そのような思考に歪むのか?


 嫌いなら関わらなければいいのに。


「もりっち、どうするの?」

「ねえ?」


 ケンケンとカザミィが、コマに同調しているこの場では、論理的な議論も成り立たないし、平和的な話し合いもできない。


 唯一、ハリーだけが、私を強く責めようとはしない。でも、彼女が味方になることはないだろう。彼女も私と同じで、流されやすいタイプだ。しかも、心の強度はグループの中では一番脆いはず。


 だから私は、ただ数の暴力で押されるだけ。


 今のグループと決別することは考えていたが、こんなに早くその日が来るとは。


「……」


 どう切り抜けようかと考えていると、知らない女生徒の声が聞こえてくる。


「あら? 犯罪行為ですか? 通報いたしましょうか?」

「え?」

「犯罪?」

「!?」

「……」


 皆が愕然として、知らない女生徒に注目する。


「他人のスマホを初期化する行為は、故意であれば、刑法第261条器物損壊罪に該当しますわ。罰則は、3年以下の懲役、または30万円以下の罰金ですの」


 その人物の乱入により、コマとケンケンとカザミィは混乱して「誰?」と互いに顔を見合わせる。


 上履きを見ると緑のラインがあり、2年生の先輩であることがわかる。


「えっと……」


 私も少し混乱はしていた。とはいえ、ヤンのスマホを勝手にいじることの危険性を説明してくれたのだから、ありがたいことだ。


 というか、彼女は誰なんだ?


「わたくし、占い研究部のソヨギアヤコと申します。ただいま、部員を募集しておりまして、気になる1年生に声をかけておりますのよ」


 自己紹介をしてくれたけど、それだけではよくわからない人だった。


「先輩には悪いですが、わたしたち今、大事な話をしているんです」


 コマはムッとした顔で、先輩に文句を言う。


「わたくしの、先ほどの説明がご理解できませんでしたか?」


 ソヨギ先輩の顔は、丁寧な言葉使いとは正反対に邪悪に歪む。それは、ある種の恐怖を覚えるほど。


「……」

「……」

「……」

「……」


 実際、他の4人は何も言い返せずに黙り込んでしまう。それほど、背筋がぞっとした。


「残念ですが、あなたたちは犯罪を行おうとしておりますの。そちらの、もり……なんとかさんは、あなたたちが犯罪者にならないように注意してくれたではありませんか。それともあなた方は、法律に触れるようなことを行って、それで警察のお世話になって退学にでもなりたいのですか?」


 謎の先輩は、まくし立てるようにコマに迫る。彼女が、グループのリーダー格ということを見抜いたのだろう。


「あ、あたしたちは、ちょっとふざけてただけですよ」

「そうですよ。わたしたちの問題なんですから、興味本位に赤の他人の先輩に口を出されても」


 コマの反論をケンケンが擁護する。だが、ソヨギ先輩はマイペースに、彼女たちの言葉をばっさりと切った。


「べつにわたくしは、あなたがたに興味なんてありませんわ」

「それなら余計に、話しかける必然性なんて」

「犯罪行為が『目の前で行われようとしている』のですから、当然ではありませんか?」


 謎の先輩は、目を細めてコマの方を憐れむように見る。


「さっきから、あたしたちを犯罪者扱いしてますけど、証拠でもあるんですか?」

「そうですよ。勝手に犯罪者扱いされて心外なんですけど」


 コマとケンケンはまだまだ強気に反論する。


「証拠? でしたら、さきほどのあなたたちのやりとりを『動画』に撮ってありますけど」


 スマホを目の前に掲げる謎の先輩。画面に映るのは、コマたちの姿。


「録画してたの?」

「それヤバいって」

「マズイマズイマズイ」

「……」


 コマたちはお互いに顔を見合わせるようにして、内心の焦りを増幅させている。その姿に思わずくすりと笑いそうになった。


「ご安心ください。SNSに流出させるようなことはしませんから。だって、まだ犯罪は行われてないわけですから」

「そう。そうよね」

「うん、わたしたちはまだ何もやってない」

「そうよ。大丈夫。大丈夫」


 コマたちは、平静を装おうとしていた。引きつった顔を、崩れないように維持をしているのがバレバレである。


「犯罪が行われないのであれば、あなたがたのお話は終わりじゃないのですか?」

「え? あ、そうね」

「うん、そうそう。これからカラオケ行くんだった」

「あはは。今日は歌うぞー!」

「早くいこ」


 4人は先輩にビビリながら、その場から離れて昇降口へと駆け出すように逃げていった。


 残った私に、そよぎ先輩の視線が向く。


「あら、あなたはついて行かなくていいのかしら? お友達なのでは?」 

「たった今、友人関係は終わりました」


 壊れるのは必然だった。予想はしていたので、それほどショックはない。


「あら、まあ」


 先輩は、驚いたように口を開ける。でも、それはちょっと演技臭いけど……。


「仕方が無いというか、いずれはこうなるだろうな、って予感はしてましたから」

「あら、そうなんですか。ごめんなさいね」

「いいんです。でも、助かりました。ありがとうございます」


 私はぺこりと頭をさげて、お礼を言う。


「そう? お礼を言ってくれるのであれば、わたくしの願いも一つ訊いていただけますか?」


 先輩は口元に右手の人差し指を当て、妖艶な仕草で、惑わすかのように言葉を投げかけてくる。


「お願いってなんですか?」


 思わず、その瞳に魅入ってしまいそうになった。


「占い研究部にお入りになりません?」




**



 そのあとすぐ、そよぎ先輩の押しに負けて入部することになり、校舎脇にある第二部室棟の占い研究部の部室に連れて行かれる。


 部室は、6畳ほどの広さで会議用の長テーブルとパイプ椅子が4脚置いてあった。隅にはスチールラックがあり、棚には水晶やタロット等の占い道具が仕舞われてある。


「そよぎ先輩の戦技そよぎって、こんな漢字を当てるんですか。全然、想像つかなかったです」


 部屋に掛けられている黒いプレートには、占い部員の名前が書かれている。浅井優羽、野中沙恵、そして戦技彩子だ。この『戦技』でそよぎと読むのだろう。


 部活に来た人は、このプレートをひっくり返して、赤い面を向けるそうだ。もちろん、こちら側にも名前は書いてある。それを見て、初めて先輩の名前を知る。


守地もりちしのぶさん、とお読みしてよろしいのですよね」


 私は、先輩から渡された入部届けに自分の名前を記入する。先輩は、それを見て聞いてきたのだ。


「はい。そうです。まあ、特殊な読みでもないので、わりとすんなり呼んでもらえますね」


 よくある普通の名前。物語ならモブ役か。


「んー、でも守地さんと呼ぶのも芸がないですから、あだ名で呼んでもよろしいですか?」


 書き終わった先輩が、そんな提案をしてくる。断る理由もないだろう。


「ええ、構いません」

「モブ……」

「……ぅ」


 いきなりそう来たか。まあ、一度は通る道かな。


「と、呼ぶのもかわいげがないですから、モブ子さんとお呼びしましょう」


 全然変わってないじゃん。


「あははは。ま、いいですけどね」


 『もりっち』は同学年に呼ばれるならいいけど、先輩に呼ばれるのは、なんかこそばゆい感じがするからなぁ。


 それに私は、モブであることをあの時、実感した。


 正義感ぶって嫌がらせを止めようとしたのは、分不相応なことだ。


 私は、おとなしくモブでいるべきなのだろう。自分の居場所を確保したいなら、それがベストかもしれない。


 でも、同時に思う。


 私のあの時の行動は、純粋に正義感だったのだろうか? 


 だって私は、密かに自分のスマホの録音アプリを立ち上げていた。彼女らの声を録ることで、優位な場所から断罪しようかと考えていた。SNSでの炎上も計算に入れていたのだから。


 でも……先輩と一緒なら、私はモブになれる。リスクのある行動を避けられるだろう。


 その他大勢なら、自分の本性を隠して紛れることもできるのだ。


 誰も私に興味を持たない。


 それこそが、私の居場所ではないのか?


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