□夕焼けマニアと論破王のレプリカ(2)

「占いはどう考えても詐欺ですよ。科学的な根拠がない。そんなものは、不要じゃないっすか」

「科学的根拠ですか……。占いも信じない、宗教も信じない。じゃあ、あなたは葬式も無意味だと思っているのかしら?」


 ひととき間をおいて、国広さんは答える。


「……その通りですね。葬式なんて無駄な行為ですよ」


 先輩の極論の引っ掛けに、無防備に乗っかる国広さん。あーあ、先輩の本性を知らずに喧嘩を売っちゃダメなのに。


「では、あなたや、あなたの家族や友達が死んでも、ゴミ箱に捨てるべきだと?」

「そ、そうですね。別にいいんじゃないですか?」


 一瞬の躊躇があったことに、先輩も気付いているだろう。ただ、それを指摘しないのは先輩の戦略だ。


「なるほど、あなたがそう思うのは構わないですわ。けど、あなたの考えを他人に押し付けることはしない方がいいですわね。それこそ、あなたの嫌いな宗教ですから」

「な、なんでですか?」


 自分の考えが宗教だと言われて、虚を突かれたように驚く国広さん。


「『神はいない』『人はゴミ箱に捨てるべき』、これらは立派な『教義』ではないかしら? 特に後者は、わたくしは到底受け入れられませんけどね」


 私の知る限り、先輩はそれを喜んで受け入れそうだけどね。


「ボクは効率的に考えただけっすよ」


 ああ、なるほど。この人はあれだ……えーと、最近流行りのインフルエンサーで、ひろなんとかさんの真似をしているだけのフォロワーなんだね。彼に似せようと頑張っているだけの、薄っぺらい思考が透けて見える。


 彼をマネるなら、もうちょっと話のすり替えをうまくやるとか、そういう先輩に迫る戦略を期待してしまうのだけど……この子は無理かな。


「それは、狂信者と何が違うのかしら?」

「……少なくとも、神を信じていないっす」

「『神を信じていない』という教義を信じているだけのこと。同じよ。だからこそ、あなたの考えは否定しないわ。でも、他人にそれを布教するには、あなたは人間というものを知らなすぎる」

「説教ですか?」

「いえ、ここは相談室ですから、あなたのその『神を信じない教』を布教したい、という悩みを聞いてあげます」


 先輩は、にんまりと笑う。


「だから、ボクのは宗教じゃないって」

「あなたは、占いを宗教だと言いましたよ。他人を断定するのはよくて、他人から断定されるのが嫌だなんて、ただのワガママですわね」

「……」


 とうとう国広さんは、反論できずに黙り込んでしまう。


「あなたは、自分の掲げる『神を信じない』『占いを信じない』を広めたいのでしょう? わかりました。あなたの力になりましょう」

「占いはインチキだって認めるんすか?」

「いいえ。それは無関係です。ただ、あなたのお役に立つために、あなたの行く末を占ってアドバイスを与えましょう」

「先輩、うさんくさいのに戻ってるっすよ。そんなの誰が信じるんすか?」


 そよぎ先輩は、国広さんの言葉を無視してタロットカードをシャッフルしながら、こう問いかける。


「なるほど、あなたはわたくしの言葉は信じないのですね。あなたは1年4組の国広雪音さん。理数系は得意ですが、古典や現国は苦手。友達は、小学校からの知り合いである1年1組の中条恵さんだけですね」

「先輩、事前にボクのこと調べましたね?」

「わたくしの言葉は信じられないんじゃないですか? そんなの嘘だと一蹴してくださいよ」


 先輩はニヤリとわらう。


「そんなのズルです。というか、それこそ詐欺師の使う手じゃないっすか?」


 うん、それは正解だよ、国広さん。でも、先輩のペースに巻き込まれすぎだって。もうちょっと頑張って。


「今のはただの冗談です。あなたと同じ『西中』の生徒からの情報ですよ」

「……そうですか」


 先輩が早々にネタばらしをする。本人としても、本当にジョークのつもりだったようだ。それでいて、相手の心をえぐっているみたいなので、性格タチが悪い。


「では、これは何に見えますか?」


 先輩は、一番上にあるタロットカードの一枚を取り、国広さんへと見せる。


 そこにあったのは、水色のドレスを着て、胸に十字架を掲げ、書物を持つ女性の図。いわゆる『女教皇』のカードだ。


「シスター? ……いや、ビショップっすか?」

「まあ、近いですわ。これは「女教皇」と呼ばれるカード。正位置であれば知性、聡明、英知などを示す意味を持つの」

「そんなのこじつけじゃないっすか。所詮ただの紙切れですよ」

「逆位置だと批判、無神経なんて意味を持ちますわ」


 『無神経』という言葉に一瞬、ぴくりと反応する。


「そ、それがどうしたんすか?」

「あなたの論理的な思考は、たしかに知性に溢れ、英知を望むもの」


 その言葉に反応するように、国広さんの口元が緩む。


 先輩は、カードを上下逆さまにすると言葉を続けた。


「けど、裏を返せば無神経であり、批判の対象にもなりうるの。あなた、教室で孤立してないかしら? お友達の中条さんは1組ですもんね」


 その言葉で、国広さんに焦りの色が見え始める。口をぎゅっと結んで下を向く。


「……」

「あなたは、ご自分が正しいと思っている。だから、わたくしの占いを信じられないと言った。だけど、あなたの言うことを誰が信じるのかしら?」


 教室で孤立しているのだから、彼女の言葉は通じない。


「そ、それはみんなに知識がないからっすよ。思考を停止しちゃっているから」


 下を向いたままで、先輩の顔を見ようとしない。


「知識なんて関係ありませんわ。だって、知識がある人だって、この世界のすべての事柄について確認しませんわ。前提として『この人は信じられるから』という自分ルールに従って『何を信じるか』を決める。その方が効率的でしょ? あなたは効率厨では?」


 そう。すべての事柄を調べられるほど、私たちは時間を持て余していない。すべてを同時に知ることなど不可能なのだ。だからこそ、信じられる誰かを見つけて安心する。


「そんなのは詭弁っすよ」

「でも、それが大多数の人間の行動原理。民主主義の致命的な欠点でもあるの。まあ、かといって民主主義以外の政治体系もクソですけどね」

「……」


 先輩! はしたない言葉使いになってますよ!


「では、あなたの目的である『神を信じない・占いを信じない教』を広めるためのアドバイスをしましょう」

「……」


 そよぎ先輩は次のカードをめくる。出たのは、美しい裸体の女性が星空のもとで大地と海に水を注いでいる図だ。これは『星』のカード。


「このカードには、信頼という意味も含まれます。国広さんに必要なのは、まさにこれですね」


 先輩は偶然の結果で、このカードを出したわけではない。マジシャンの使う手法で、出すべきカードをコントロールしている。つまりイカサマだ。


「そ、それがどうしたんですか?」


 反論に力がない。というか、反論にすらなってない。もう少し相手の矛盾や、論理の破綻を攻めるべきだ。


 もし、国広さんとそよぎ先輩の立場が逆だとしたら、もっと生き生きと先輩は『神が存在しない』理由を語るだろう。


「言ったはずよ。占いが詐欺だと主張して、周りにそれが正しいと認めさせたいのなら、どうしたらいいのか? 簡単ですわ。先ほど説明したとおり、皆に信頼される人間になればいい」

「人は、そんな簡単には信じないっすよ」


 シニカルな思考ゆえに、国広さんの言葉には『諦めの感情』が乗っかりすぎている。


「いえ、簡単よ。例えばあなたのクラスの吉井さん。彼女はカースト上位で、クラスでの人気者。ネットの世界なら、インフルエンサーになりうる人物。その人の言葉なら、信じていいと思っている人は多いでしょうね。彼女に『占いは信じられない』と広めてもらえれば、わりと簡単にあなたの考え伝わるんじゃないかしら?」

「吉井とは仲悪いし……」


 歯切れの悪い返答に、先輩はほくそ笑む。


「ならば、あなたが信頼のできる人間になればいいのですわ。議論を吹っ掛けて、笑いものにされるよりマシじゃないかしら?」


 国広さんの性格から、それが原因で周りにウザがられているのだろう。


「……」


 対する国広さんは、本当のことを言い当てられたのか、何も言い返せないようだ。


 事実陳列罪……事実を言い当てることは、アンチを増やすだけなんだよなぁ。国広さんも、先輩のアンチになりそうな予感。


「いきなりカースト上位は無理でしょうから、まずは吉井さんに反感を持っていそうな子を見つけて、その子から崩していくのはどうでしょう? 人気の高い人間は、アンチも多いので簡単に蹴落とすことは可能です。だからこそ、その反対勢力を国広さんご自身さんがお作りになればいい」


 そよぎ先輩は、遠回しに『信者を作れ』と言ってるのだろう。真面目に回答しているようで『実は面白がっている』というのが私の推測。


「ボクがそうなれと?」

「そうですわ。とても簡単ですの」

「人望もない人間には、簡単じゃないっすよ。そんなことより、みんながもっと賢くなれば正しい知識は伝わるはず」


 あくまで他人は『頭が悪いから自分の言うことが理解できない』というスタンスか。


「人は『正しい』かどうかでは信用しません。わたくしの言ったことを忘れました? 効率的であればあるほど、自分で情報を精査するより、信頼のできる他人に任せた方がいいんですよ。あなたもそう思いません」


 専門分野は専門家に任せるのがいい。そして、どの専門家の意見を聞くかは、その人次第だろう。


 ある分野の専門家だって、専門外のことは他の専門家の言うことを信じるはず。


 例えば最高の頭脳を持つ、数学者の男がいたとする。彼が病気になったとき、自分で医学のことを勉強して、自ら治療するだろうか?


 そんなことをしたら、数学を研究する時間がなくなってしまう。それならば、自分の信頼できる医者に任せる方がいい。


 医者だけじゃない。生活に必要なものさえ、自分で精査しなければならないなら、男の人生は『ただ調べる』だけで終わってしまう。だからこそ人は、自分が信頼できる者の情報を信じる。


 ただ、今の世の中、信頼できる人物が個人個人でバラバラすぎる。何が正しいかわからなくて、闇雲に信じててしまう人も多いだろう。特にネットの情報の海は危険だ。


 もちろん、他人を信頼するのに、基本的な知識や論理的な思考や倫理観は必要である。しかし、すべての人間が知識を持っていたり、論理的に考えられるわけではない。


「そりゃ、世の中の全部のことを精査するのは無理っすけど」

「あなたの意見を他人に受け入れさせたいのなら、裏技で邪道を行くか、正攻法で信頼に値する人物になるべきです」

「それって、あなたの感想ですよね」


 思わず笑いそうになる。ここでそのネタをぶっ込んでくるか。ちょっとズレてる気もするけど。


「感想と言うより感覚ですわね」


 先輩は動じることなく、マイペースな返答をする。


「ほら。結局、オカルト的なものに頼る。論文とかデータとか、きちっとしたものを見ようとしない」

「あら。自分の身近の人間関係に、高度な論文やデータは必要でしょうか? これまで生きてきた経験から、対処法を構築すればいいだけの話ですわ。論文などに頼らなければならないほど、あなたは薄っぺらい学園生活を歩んでいらしたのかしら?」

「でも、心理学のデータとか――」

「心理学なんて、統計学みたいなものですわ。それが、自身や、身の周りの人物に確実に当てはまるとは限らないの」


 先輩。心理学を『統計学』とイコールで結びつけるのは乱暴ですよ。まあ、言いたいことはわかりますけど。


「ボクは、あなたのアドバイスには『根拠がない』って言いたいだけです」

「じゃあ、ご自身のやり方で上手くいったのかしら? 議論を吹っ掛けて、うざがられて、嫌われて、誰もあなたと言うことをまともに聞かない。あなたは、どんな論文やデータから、その方法を思い付いたのでしょう?」

「……」


 相手にデータを求めるくせに、自らは何も用意しない。議論したいなら、それらを用意すべきだった。


 といっても、逆の立場で先輩が臨んだ場合、データなんか用意してこないだろうなぁ。あの人は、学んできたことをリンクさせて、自分なりに意見を構築するだけだ。


「人は理屈だけでは動きません。こんなものを証明するのに、論文や科学的なデータが必要かしら?」

「……」

「だからこそ、あなたに最適なアドバイスは『人から信頼されること』なんですけどね」

「……いです」

「あなたがどんなトンデモ理論を言おうが、ある程度『信者』を捕まえておけば、それを信じさせることができますよ」


 あ、とうとう信者って言っちゃった。


「もういいです!」

「なにがですか?」

「ボクに相談事なんかありません」

「あらそうですか、では、お帰りはあちらですよ」


 先輩は冷たい笑みを浮かべて、出口の方に視線を向ける。


「……」


 彼女は無言で立ち上がると、ムッとした顔で部屋を出る。このパターンは何回か見ている。先輩に怨みを抱き、アンチとなるパターンだ。


「先輩。結局、彼女は何が目的だったんですかね?」


 私がそう聞くと、そよぎ先輩は再び柔らかな表情に戻る。


「あの子は、わたくしと議論がしたかっただけでしょう。だから、彼女の話に乗った時点で、あの子の目的は達成したのよ」


 占い研究部としては、相談者の依頼を達成したので、文句を言われる筋合いはないってことか。


「というか、彼女の目的は議論というより、先輩を論破したかったんじゃないですか?」

「うふふ。わたくしを論破しようなんて、千年早いのですわ!」


 まあ先輩は、国広さんとさほど変わらない同類でした。



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