□サイコパスとモブは夕陽に交わる(2)
「どうですか?」
「天格は36画で『凶』、人格は19画で『凶』、地格は22画で『凶』となりますか」
「凶ですか?」
たしか天格、人格、地格それぞれに診断ポイントがあったはずだけど、先輩はそれを伝える気はないようだ。というか、そもそも姓名判断で占うつもりはないのだろう。
「外格は39画で特殊格、総格は58画で『吉』ね」
「それは良いってこと? 悪いってこと?」
「あなたの名前も天格、人格、地格ともに『凶』であるから、相性は良くないわね」
「へー」
彼女は先輩の適当な診断に、感心したような表情を浮かべる。まあ、この場合の『適当』はいい意味でも悪い意味でも、程よい影響を相談者に与えているだろう。
「占いの結果だけなら、なるべく避けた方がいい組み合わせよ」
先輩は口元を少し歪める。嘘を吐く時の癖だ。
「そうなんだ」
「感受性豊かなあなたは『知性と教養のある男性を選ぶべき』とあるわね。まあ、これは占いだから信じるも信じないもあなたの勝手だけど」
「でも、また親に反対されるかも」
瑞穂さんはせわしなく指先を触りながらそう答える。毒親と言っておきながら、やはり親に認めてほしいのだろうか?
「では、一度、占い結果に当てはまるような男性を選んで、お母さまに会わせてみてはいかがでしょう?」
「えーと、知性と教養だっけ? それって、具体的には?」
「そうですね。例えばあなたのクラスの
「あ、クラス委員長ね。まあ、真面目だし、勉強できるし、副委員長のあたしにも気を使ってくれるし、きちんと相談もしてくれる。なるほど、あんなタイプと相性いいんだ」
ん? 私はノートPC内にある相談者一覧から、明月院大獅という人物を検索する。
1週間前くらいに相談に来た人か。相談内容はたしか……ああ、なるほど。
ついでに私は、スマホアプリの姓名判断で相性を占ってみる。
結果は30%。相性良くないじゃん……というか、先輩、占い結果無視して何か企んでるな。
「試しに付き合ってみて、それで悪くなければお母さまに会わせてみてください。きっと占いの通り、お母さまから反対されることはないと思いますよ」
「あはは、どうなんだろう? まあ、ここの占いよく当たるよってケイが言ってたからね」
「お試しの付き合いくらいなら、あなたもダメージはないでしょ?」
「明月院かぁ……うん、悪くはないかも」
前に相談に来た彼を見たことはあるが、なかなかのイケメンではあったと思う。相談者にしても、そこは抵抗はないだろう。
「それはよかったわ」
先輩は優しく微笑みながらも、相談者の誘導を終える。
「ありがとう。なんか上手くいきそうな予感がする」
「では、あなたの未来に『幸多からんことを』お祈りします」
相談者はやや満足げに立ち上がった。今回はトラブルが無くてよかったよ。場合によっては、ぶちギレる場合もあるからなぁ。
さて、と。
先輩に聞きたいことはたくさんある。
「何か言いたそうな顔をしておりますわね」
私の表情を見て、すぐに先輩はそう言い当てる。
「最後の相談者の人って、1週間前に相談に来た人の片思いの相手じゃないですか?」
「ええ、そうですわよ」
やはり把握していたか。
「かなり強引にオススメしてましたけど、大丈夫なんですか?」
「たぶん、大丈夫じゃないかしら?」
曖昧に答える先輩の顔には不適な笑みが。
「たぶんって……」
「そもそも、瑞穂さんの相談自体に、何か違和感を抱きませんでしたか?」
そういえば『毒親』ってのとは、違うような印象を受けたのは確かだ。
「あー、なんでしょう。たしかに何か引っかかりをずっと感じてましたけど」
「あの方のお母さまですが、毒親なんかではないですわよ」
そよぎ先輩はそう言い切る。私と同様の感覚だ。
「あ、やっぱり。なんとなくはわかってはいたんですけど」
「ポイントは、姉二人が自由に恋愛を許されていて、瑞穂さんはことごとくカレシを否定されるということですわね」
私も気になったところだ。
「末っ子だから厳しいってわけじゃないですよね?」
「『ことごとく』ってところに注目しましょう。この意味はわかりますよね」
残らずとか、全てとかいう意味。つまり、カレシは一人に限定されない。
「あ、そっか! 瑞穂さんってカレシができても長続きしない。もしくは、お母さんに否定された時点で、冷めちゃうタイプなのかな」
私は相談者の言葉からそう推測する。
「それもありますし、たぶん、瑞穂さんはいわゆる『ダメンズ』好きなんでしょう」
「だめんず? ああ、ダメ男好きって奴ですね。そういえば、今のカレシも乱暴で傲慢で、金遣いが荒くて、おまけにキラキラネームですからね」
「瑞穂さんのお母さまの立場であれば、カレシを否定したくなるのも仕方がないでしょう?」
親の背を見て子は育つ、という言葉がある。
キラキラネームを付けるということは『その名前にどんなリスクがあるか、わからない人間が親』という見方ができる。もちろん、口に出せば偏見や差別に繋がるだろう。けれど人は、心の中で無意識に危険を回避しようする。
だから、そういう親がいる時点で、瑞穂さんの母親は警戒してカレシの『人となり』を厳しく判断したのだろう。
たとえ、キラキラネームだろうが、性格がまともなら受け入れたはずなのだから。
「あはは、自分の娘がダメ男ばかり連れてきたら、そりゃ否定しますね」
これは当たり前の話だった。
「そういうことです」
彼女の母親は毒親どころか、娘が心配で仕方がないのだろう。
「そういえば、今日はいつものタロットは使いませんでしたが、あれにも何か意味が?」
「タロットだと、説得力にかけるかなと思いまして」
「なぜですか?」
「カレシの名前がキラキラネームで、しかも瑞穂さんはそれを『格好いい』と思っている。ならば、名前にこだわった占いの方が、より彼女の思考を誘導できるかなと」
……思わず苦笑。説得じゃなくて『思考の誘導』になってますよ。まあ、先輩にとっては一緒か。
「なるほど。それで占い結果で相性が良いのに『悪い』と言ってみたり、相性の悪いはずの明月院さんをオススメしたんですね」
「ええ、明月院大獅さんの人柄は、この間の相談で理解していましたし、その片思いの相手が瑞穂さんだということもわかっていましたからね。さらに『明月院』という苗字も『大獅』という名前も、瑞穂さんは気に入ると思いますよ」
「そっか、苗字の『
たしか『大獅』は人気のある名前のランキングに入っていたと思う。
「そんな二人をくっつければ、二つの問題が解決します。なんて効率の良い――」
「効率厨ですね……」
私は、呆れながらツッコミをいれてしまう。
「まあ、お二人が幸せになれば、いいではありませんか。明月院さんであれば、瑞穂さんのお母さまも反対はされないでしょう」
まあ、それは簡単に予想が付く。キラキラネームじゃないし、クラス委員をやるくらいな真面目さはあるし、少なくとも人当たりは良さそうだった。
「でも、今までのカレシと違って、かなり優良物件じゃないですか? 瑞穂さんはダメンズ好きじゃないんですかね?」
「あら、明月院さんは表面上のスペックが良いだけで、ダメ男ですわよ」
「へ?」
「遅刻は多いですし、ネガティブ思考で自己肯定感が圧倒的に低いですし、ゆえに責任感が弱く、すぐに女性に頼ろうとするところもあります」
「あははは……もしかして、副委員長の瑞穂さんに気を使って相談してくるって、実は単純に頼ってただけの話なのか……」
この間の相談で、私はそこまで彼の人間性を見抜くことができなかった。今回の瑞穂さん側の情報から、見えなかった一面が浮き彫りにされたのか。
「ダメンズ好きの女性って、カレシを『息子』のように感じていて、多少の出来の悪さも『母親』として受け入れているところがあるのですわ」
「なるほど」
先輩なりの分析は面白いし参考になる。とはいえ、自分がダメンズを好きになることはないだろう。
「ですから、そういう母性をくすぐる相手であれば、瑞穂さんとの相性は抜群ですよね?」
「そこまで考えていたとは……でも、やっぱり先輩の占いって邪道ですよね。ただの人生相談室にしたほうがいいんじゃないですか?」
そうすると『占い研究部』の意味はなくなるけど、詐欺的な占いをするよりはマシのような気がする。
「人に道を示すのに、偶然の力は必要なのよ。ある種の天命的な啓示としてね」
「先輩のは偶然じゃないですけどね」
占い結果は意図的に改変するし、はっきり言って詐欺行為だ。
「偶然に見えることが重要よ。一対一での相談では、相手に信頼や尊敬がなければアドバイスに従わないでしょ?」
「まあ、そうですね」
見ず知らずの人間の話をどこまで聞けるかってのは、やはりそこらへんが絡んでくるだろう。
「けれど、そこに偶然という名の『天命の啓示』があれば、相談者はその仲介者としての占い師の言うアドバイスを信じることになるの」
「占い師は、運命の代理人ということですか? でも、そんなに簡単に信じますかね?」
「うふふ。信じない人は、そもそも占いをしに来ないわ」
そりゃそうか。
「たまに頭のいい人でも、占いを頼ることはありますよね。あれって、どういうことなんですかね?」
私は、素朴な疑問を先輩にぶつけてみる。
「例えば、モブ子さんが分かれ道に立って、急いで決断しなくてはいけない時を想像してみてください。しかも、どちらの道が、どんな風に続いているのかも調べる時間がないのです。そんなとき、あなたはどうやって左右の道をお選びになりますか?」
「うーん、私なら木の棒を倒して、倒れた方向の道に進みます」
判断基準がなければ、運に頼るしかないだろう。そうしないと、思考が延々とループするだけだ。
「それも立派な占いですわ。論理的な答えが出せない時、出す時間がない時に、人は偶然という占いに頼ってしまう。でも、それは当たり前のことじゃないかしら?」
「まあ、私も迷ったら占いに頼ったり、友達同士ならジャンケンみたいな『運のシステム』に頼っちゃいますからね」
「だから、人は占うことをやめられないの」
「科学が発達してもですか?」
占い師は、昔ほど重宝されていない。確実に、数や影響力は少なくなっているはずだ。
「その場合は、機械の中に『占い』のようなものが組み込まれるでしょう。乱数ってご存じかしら?」
「規則性のない数字ですよね」
「現状でも、乱数はプログラムに組み込まれているわ。リアリティを出すために、そして人間の感性に合わせるために」
運や乱数の前では、人間は本当にただ翻弄されるだけ。その状況で、『神』の存在を感じる人もいれば、ランダムさがもたらす『理不尽さ』を感じる人もいる。
でも、これをうまく使えば機械が占いをすることなど造作もない。いや、すでにその手のアプリはいくらでも存在する。
「そのうち、機械が相談相手になる未来も近いんじゃないですか?」
「そうね。人工知能チャットボットの開発が進めば、決めかねていた人間の判断をプログラムが代行してくるわ。人間は『判断』というストレスから解放されるの」
「そうなると人間の占い師どころか、友達さえ不要の時代がくるかもしれないですね」
それは皮肉とかではなく、遠い未来の話かもしれない。
「ええ。そういう未来がくることは確実よ」
「けど、百年とか二百年とか、そういう遠い未来の話ですよね?」
私たちが生きる時代は、加速的に技術が進化してきた。けど、超えなければいけない壁はいくつもあるだろう。
「そうかしら? 十年後くらいでもあり得ますわよ。擬似乱数ではあるけれど、システムに組み込むのは簡単ですもの。それに生成AIの発達は、ユーザーの予想を超えているわ」
物事を単純化して見るなら、そういうことなのだろう。
「でも、よく言われているシンなんとかは――」
「シンギュラリティポイントを待つ必要なんてないわ。既存の技術で問題は解決できるのよ。人間の脳と同レベルのAIではなく、人間の脳と同レベルに見せかけたAIで十分なのですから」
背筋がぞくりとした。怖いわけじゃない。でも、先輩の予測する未来は、遠くではなく足元にあるのだ。
果たしてそれは、私たちを闇に引き摺り込もうとしているのか? はたまた、これまでの生活をより良くしてくれるのか?
それは神のみぞ知る。
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