□サイコパスとモブは夕陽に交わる(3)

 休日、そよぎ先輩とターミナル駅で待ち合わせて買い物に付き合う。


 まあ、買い物はついでで「面白いものを見せてあげる」と言われたのが理由だった。冬物を見たかったので、ちょうど良かったのもある。


「モブ子さん、おまたせ」


 そよぎ先輩は時間にルーズな人ではないので、約束の5分前には到着してくれた。常識のない人ではなく、他人に気を使えるようにも思える。けど、彼女の本心がどうであるかは未知の領域であった。


「わ、先輩。普段着ってそんな感じなんですか」


 そよぎ先輩の服装は、簡単に言えばゴシックロリータ。黒で統一された、中世ヨーロッパから抜け出してきたお姫さまのような格好。


 厚底のプラットホーム・シューズにロングの黒いジャンパースカート、フリルのいっぱい付いた白い姫袖のブラウスに、黒のヘッドドレスまで被り、完璧なお嬢様姿だ。


 先輩は美少女ということもあって、似合わないはずがない。


「ええ、これがわたくしの戦闘服よ」

「え?」


 一瞬、その返答に驚くが、似たようなことを言っていたインフルエンサーがいたっけ。そう考えれば別に変でもないだろう。


 たしか「それを着るとスイッチが入る」みたいな意味だったと思う。


「行きましょうか。モブ子さん」


 学校だと、その性格や制服から、そよぎ先輩のお嬢様言葉は若干浮いているようにも聞こえる。けど、このコテコテのゴスロリの服装であれば先輩の口調もしっくりときた。


「なんか私、ますますモブ化してる気がします」


 二人で並んでいると、先輩が目立つのは当然の結果だろう。私の着ているものは、秋物のファストファッションで統一されている。


 よく、引き立て役に選ばれるのは癪に障る、と言う友達もいる。しかし、先輩の場合は私がいてもいなくても目立つのだ。それはまるで、一輪の黒薔薇のように。


「モブ子さんも、このようなファッションに興味がおありですか?」

「いえ、とんでもない。私なんて似合わないですよ」

「そんなことないわよ。モブ子さんは、とてもかわいらしいじゃありませんか」


 どきりと鼓動が高鳴る。褒めすぎですよ。


「せ、先輩! 恐れ多いです」

「そうかしら? あなたに好意をもっている殿方は、そこそこいらっしゃるわよ」

「嘘ですよ。私、モテたことないんですよ」

「面と向かって告白する人ばかりじゃないわ。隠れたファンもいるのよ。自信を持ちなさい」


 立ち止まった私に、先輩は回り込んで頬に手を触れてくる。心臓はバクバクしてるし、こんな状態で顔が紅くならないわけがない。


 どうしよう? 男の子に好かれていることより、先輩に褒められている方が嬉しかったりする。


「よお、女同士で仲がいいな。オレたちとも仲良くしてくれよ」


 誰?


 振り向くと知らない3人組の男たちがいた。よく繁華街にいそうな半グレっぽい人たち。あれ? 半グレのグレってどういう意味だっけ?


 というか、先輩とのお喋りに夢中で、いつの間にか路地裏にいたことに、まったく気付いていなかった。というか、なんでこんな薄暗い場所に入り込んでいるんだろう?


「やめてぇ! お願い!」


 そよぎ先輩が男の一人に捕まって、後ろから羽交い締めにされている。無駄に抵抗しているから、そうなったのだろうけど……。


 あれ? でも、なんかおかしいな?


 お嬢様言葉に拘っていた先輩が、普通の女子っぽい言葉と、気弱な少女の表情。そして、体術のようなものを使える先輩が、弱々しく暴れて抵抗しようとしている。


 私の知っている先輩じゃないような……。


「てめえも一緒に来いよ」


 腕を強く握られて、引っ張られる。私の力じゃ、これを振りほどけない。


 こういう時は一度深呼吸をして、お腹から声を出すんだっけ?


「助けて!!!!!」

「叫んでも無駄だ。この辺一帯は、オレたちのシマだからな」


 え? どうしよう。もしかして、ものすごいピンチ?


「……おほほほ。情けないわね、こんな状態でも見ているだけなんて」


 先輩が笑い出す。それに視線は、私でも男たちでもなく、どこか別の場所に向いていた。え? どういうこと?


「おまえ、何笑っているんだよ」


 男たちの一人が、先輩の態度に気付いてその前に立つ。


「いえ、せっかくお膳立てしたというのに、それを無駄にしているみたいなのでおかしくて」

「あ? 何言ってるんだ?」

「あなたたちから逃げ出す、いいえ、あなたたちを倒すくらい余裕なんですわ」

「頭おかしいのか? 言ってる意味がわからねえぞ」

「こういうことですの!」


 その言葉と同時に、先輩の右足が男の股間をヒットする。が、それだけで済まずに、バチっと電気がショートするような音が聞こえてきた。


 男が泡を吹いて倒れる。


 すかさず、先輩はしゃがみ込む。すると、羽交い締めにしている男がバランスを崩した。そのタイミングで先輩は再び立ち上がって、男の顎に頭突きをする。そして怯んだところで反転し、股間にまたあの蹴りを。


 それは物理的な攻撃と電気的な攻撃……もしかして、靴にスタンガンでも組み込んでいるのだろうか? 厚底なのはそのため?


 そして、あのゴスロリのヘッドドレスと呼ばれる部分には、鋼鉄でも仕込んでいるの? 先輩の頭突きを喰らった男は、顎あたりに棘のようなものが刺さった傷が多数ある。よく見ると、ヘッドドレスには細かい突起物のようなものが仕込まれていた。


 そりゃそうか、でなければ男相手に非力な女子が対等に戦えるわけがない。


「は!? もしかしてその服が戦闘服っていうのは比喩じゃなくて」


 私の後ろに回り込んだ先輩は、私を拘束する男へと攻撃を仕掛けて無力化する。


「そりゃ、こんな危ないところに来るのですから、それなりに用意をしてきましたのよ」


 ロングのスカートは、足技を繰り出したとしても相手にその軌道を読まれにくい。ガチガチなルールのある格闘技でなければ、奇策を打ち出すのに適した戦闘服ではあった。


 なるほど……いや、なるほどじゃない。


「というか、先輩。私たち、なんでこんな路地裏に迷い込んでいるんですか?」


 舞い上がってたから、自分がどこを歩いていたか気付いてなかった。たぶん、路地裏に入ったのは先輩の誘導だろう。


「迷い込んではおりませんわ。すべては、あの方をお試しするための策略ですの」

「あの方?」

「ほら、あそこにいらっしゃる」


 先輩が指示す方向には、ゴミ箱の陰からこちらを窺う、一人の若い男の姿があった。


「へ? 誰?」

「モブ子さんのストーカー」


 え? 知らない知らない。私、ストーカーにつけられてたの? いつから?


 思わず絶句しそうになる。怖すぎるでしょ。


「先輩、いつ気付いたんですか?」

「先週だったかしらね。校庭のすぐ北側に3階建ての住宅があって、たぶんそこにお住まいの御方だと思いますわ。時々、部屋から教室や、音楽室を超望遠レンズで覗いていましたのよ。ほら」


 そよぎ先輩が、スマホをこちらに向ける。そこには、部屋の窓からカメラを構えている男の姿が映っていた。


「え?」

「言ったじゃないですか、モブ子さんはモテるって」


 まったく、嬉しくないモテ方だった。


「いや、なんか、今になって震えてきましたけど」


 急に膝がガクガクと震え出す。私ストーカーに撮られていたことも、つけられていたことも気付いてなかったんだ。


「大丈夫ですわ。彼はストーカー失格ですもの」


 先輩はとことこと歩いて行き、ストーカーらしき人の前に立つ。


「……」


 目の前のことに呆然としている男に、そよぎ先輩が話しかける。


「悪人から『最愛の女の子』を救うチャンスでしたのに、残念ですわ」

「……で、できるわけないだろ。あんなヤクザっぽい奴相手に」

「わたくしはできましたけど」

「そ、それは……」


 先輩と目が合わせられず下を向く男。挙動不審な彼の態度は、いかにもストーカーという感じだった。いや、私の偏見かもしれないけど。


「あの子が好きなのではないのでしょうか?」


 先輩がこちらを向く。男もこちらに視線を向け、照れたように答える。


「……す、すきに決まってるだろ」

「けれど、好きな子を守る事もできないのですね。ストーキングはお出来になるのに」


 イヤミだなぁ……と、ストーキングされた私が同情しそうになる先輩のお言葉。


「……っ」


 男は反論できずに悔しそうに口を結ぶ。


「それともあなたは、今流行りの『ネトラレ』という性癖をお持ちなのでしょうか? 男たちに犯されるあの子を見ることで、自分の欲望を満たすと?」

「そんなわけないだろ! あの子は誰にもけがさせない!」

「嘘ですわね。行動に移さなかったじゃないですか。誰かに奪われようとしていたのに」

「……」


 またもや言葉を返せない男。


「その程度の執着だったのですね。残念ですわ。あなたの活躍に期待した、わたくしが馬鹿でした」

「……」


 男の顔が、どんどん引きつっていく。


「でも、ご安心してください。わたくしは、あなたのフォローもいたしましょう。あなたにぴったりなのは、やはり三次元の女の子ではなく、二次元の女の子ですわ」


 先輩のその提案に、呆れたように驚く男。


「は?」


 先輩は、首にかけていた六角注にカットされた水晶っぽいペンダントを外すと、彼の目の前で一定間隔で揺らす。


「身体を楽にしてください。はい、深呼吸をして」

「おい、どういうことだよ?」


 そよぎ先輩の、その動作に疑問を持ったのか、男の口調が少し強くなる。


「あなたに危害は加えませんわ。あなたは、あの子と仲良くなりたいのですよね」


 先輩は再び私の方に視線を向け、男もそれにならう。彼と目が合った途端、にやりと笑みを浮かべられた。……背筋がぞぞぞぞぞっとする。


「……まあ、仲良くなれるなら」


 先輩は私をダシにして、男の不安を取り除いたのだろう。


「では、リラックスして、目を瞑ってください。あの子のことを思い浮かべるのもいいかもしれません」

「……」


 先輩の指示に従って、男は目蓋を閉じる。


「だんだんと、ゆっくりと、あなたは肩の力が抜けていきます」

「……」


 男の表情が、わずかに緩んだような気がした。


「想像してください。あなたは自室にいます。リラックス出来る状態です」

「……」


 ゆっくりと男の身体が左右に揺れる。


「あなたは今期のアニメを見ていますね。それはなんでしょう?」

「『夕空まじかる』……」


 目を閉じたまま男は答えた。


「主役の女の子は誰ですか?」

「加藤……ひとえちゃん」


 彼の口元が緩み、そのまま笑みを浮かべる。


「かわいい子ですよね?」

「……そうですね」


 男はゆっくりと頷く。なんだこれ? 催眠術?


「あなたは、その子にぞっこんです。間違いないですね」

「……はい」

「ゆっくりと目を開けてください」

「……はい」

「現実には、ひとえちゃんに似た女の子がいます。ですが、本物のひとえちゃんにはかないません。しょせん似ているだけのレプリカです」


 え? 私のこと? レプリカ? ニセモノってこと?


 先輩はスマホを撮りだし、その画面を彼に見せる。


「この画面の『加藤ひとえちゃん』と比べて、あの子はただの3次元の人間。完成されたかわいさでは、ひとえちゃんに劣るでしょう?」


 先輩は、そのアニメキャラと私を比べるように、男を誘導しているのか?


「……はい」


 えーと、なんかムカツク。


「年末に1/7スケールフィギュアも発売するみたいですし、あなたでも安心して守れる手軽さがあります」

「手軽に……」


 男の判断力は、完全に先輩の手に握られて誘導されている。


「毎日毎日、24時間一緒にいられますし、永遠に愛でることも可能です」

「24時間一緒に……」

「浮気の心配もありません。寝取られる事もありません」

「うん……ネトラレは嫌だ」

「発売まであと二ヶ月ですから、我慢できますわね?」


 もうそれは、説教でも説得でもなく、催眠術によるただの洗脳だった。


 催眠術は、思い込みが激しい人ほど、かかりやすいという。ストーカーである彼は、その条件にぴったりと合致していた。


 先輩の言葉は、じっくりと彼の思考を誘導し、本来の目的を失わせる。


 それは催眠術でもあり、魔法のようでもあった。いや、この場合はダレン・ブラウン のマジックショーを見ているようなものか。


「1・2・3……あなたの推しは『夕空まじかる』の加藤ひとえちゃんですね?」

「……そう、ひとえちゃんは最高。彼女は僕だけの天使」


 ストーカーの彼は、納得して帰っていく。いや、ごめん、マジシャンじゃなくて詐欺師だった。


「先輩……もしかして『面白いものを見せてあげる』って、このことだったんですか?」

「ええ。本当は彼が助けに入って、それでモブ子さんがどう評価するかが気になったのですが……」


 先輩は意地悪くニヤリと笑う。


「ヤクザ相手に助けに入るなんて、映画じゃないんですから」

「となると、わたくしは映画出演もできる女優になれると?」


 わざとらしく、はっとした顔でそんな反応をする先輩。


「いえ、失言でした。先輩の強さは卑怯です。チートです。か弱い女の子のふりをするのはやめてください」

「でもこれで、あのストーカーは、モブ子さんに『執着』することはないですわよ」


 おふざけはやめたのか、先輩は目を細めて微笑む。


 まったく、この人は……。


「それにしてもよく、こんな滅茶苦茶な解決法を思い付きましたね」

「いえ、これは二番煎じですの。最初に試した相手は、わたくしが中学の時でしたから」

「まさか先輩……」

「ええ、自分のストーカーに使いましたの。わたくし、なにしろ美少女ですから」


 先輩、自分で言ったらダメですよ。


 というか、この人、恐怖感が欠如していて、やっぱりサイコパスの特性を持っているようにも思える。


 でも、もし先輩がサイコパスなら、それに恐怖を抱かない私も同類なのかな?


 いやいやいや、そんなことあってはいけない。


 私は謙虚、堅実をモットーに生きていこう。



――――――――――――――――――


【あとがき】


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