第38話 少年少女の小冒険 後編
ブラックワイバーンはアンバランスに走りながらも俺たちに向けて徐々に距離を詰めていく。
「こっちッ!」
ソフィアは急な方向転換を行い横道の木々をかき分けていく――
「――」
どうにか撒く事は出来たようだ。
「......あのワイバーンは翼を怪我して飛べなくなったのでしょう、狩りも上手く出来てはいないのかもしれません」
そうだろうな、そして飢えて気が立っているのだろう。
「私達を見つけるのも時間の問題......」
......。
「ガルス君、ごめんなさい......」
「なんで謝るんだよ」
「私が勝手な事をした所為でこんな危険な目に遭わせてしまって......」
「気にしてない、というか......」
ソフィアが俺の為に色々と考えていてくれたのだろう、今回の事もそうだ。
だから――
「嬉しかったよ......その、ソフィアが無理矢理に俺を引っ張ってくれなかったらチンタラと過ごしてただけだったと思うしさ......」
「......なら、良かった......」
ソフィアを近くで見ると、手足には切り傷が出来ていた、逃げる際に枝とかと当たった所為で出来たのだろう。
バリバリッ
「――近くに来てる」
大きな足音と鼻息がドンドンと近づいていく。
「私が時間を稼ぎますから、そのうちに――」
「ッ何言ってるんだよ!?」
そんなさも当たり前です、みたいなことを言って――
「私の方が強いからですよ、強い人が囮になった方が時間を稼げる、生存率が上がる」
ソフィアは凛々しく言うがそんなの絶対にダメだ。
「やるんだったら俺も一緒に戦う」
「ダメです、貴方は弱くて足手まといだから」
「――」
ソフィアはハッキリと言ってのけてきた、そうだ、俺は弱い、ソフィアと比べれば歴然の差だった。
「だから......どうか生き延びてほしいのです」
なんでだよ、そんなのダメだろ。
「幼馴染のお願いを聞いてはくれませんか?」
「ッ......!」
両手で俺の手を祈るように持つ、まるで懇願するように――
「大丈夫......屋敷には必ず戻りますから――」
そんな目に見えて震えてて、説得力ないんだよ、なぁソフィア?
「そんなの自分勝手だ」
「......えぇ、だと思います、無理矢理ここに連れて来て、こんな事に巻き込んで......本当に......だから、必ず守り切ります――」
「――俺が時間を稼ぐ」
ソフィアは目を見開いた。
「......さっきの話、聞いていなかったのですか?」
「聞いてた、俺が弱くて足手まといって話もな」
「だったらなぜ――」
「ソフィアに死んでほしくないから」
単刀直入に俺が思っている言葉を口にする。
「そんなの私だって」
「安心してくれ、俺には勝算がある」
魔竜の力だ、かつては魔竜は竜の魔力を掌握する事で頂点に君臨し、それ故に疎まれ竜に滅ぼされたという魔竜の力が覚醒さえすれば。
ワイバーンは竜と近い近縁種、魔竜の力の影響下におけるだろう、そうすれば俺でもどうにか出来るはず。
「そんなの......運任せじゃないですか」
「まぁ......そうだな......」
『ギャォォォォッ!』
ブラックワイバーンの雄叫びが響き渡る。
「――気づいたかッソフィアは逃げろッ」
「ガルス君ッ――」
ソフィアが後ろで何かを叫ぶが無視して突っ込んでいく。
「遠距離は当たらないし、奴にはそもそも効かないだろう......」
覚醒していなくても竜の力は効くだろう、というか効いてくれないとやばい。
「どりゃあぁッ!」
真っ直ぐと思わせジャンプッ――
恐れこそあれど俺がここで殺されればソフィアが危険な目に遭う。
そして『竜腕』でブラックワイバーンの瞳を殴りつける。
『ギャヤォォォォッ』
「良しッ――ッうわッ!?」
頭を振り回され俺はそのまま振り落とされる――
「ッイ――」
いざ間近で見るとその迫力に萎縮しそうになった――
「......しまった」
体勢を直すのに間に合わな――
「『ファイアボール』」
何処からか聞きなれた声と共に炎の魔法がブラックワイバーンに命中する。
「ごめんなさい、私だって置いては行けません」
ソフィアだ、彼女の魔法に相手は意識を向こうに向けている。
「行かせるかッ!」
ワイバーンもブレスを吐くと聞いた事がある、しかしこいつは吐いてこない、見た目からして弱っていたし吐けないのかもしれない、なら僥倖だ。
それから少しずつ削っていった――
「くッ......」
俺もソフィアも疲弊していた、だが相手はいまだ疲れている様子は見えない。
「ガルス君、このままでは」
「わかってる、何処かで――ソフィアッ!」
ソフィアにまるで鞭のようにしなる尾が襲い掛かる。
「わかっていま――あッ嘘ッ!?」
避けようとしたソフィアだったが長い戦闘で凸凹になっていた足場に捕まってしまう。
「ソフィアッ!」
俺は思わずソフィアの前に立った。
「――ぇ」
シュッ――
「ガッ――」
奴の尾は俺の腹を鞭のようにひっ叩く、その衝撃で抱え込んだソフィアと一緒に吹っ飛ばされる――
「ゲホッ.......!」
「が、ガルス君ッ血が......」
痛ッ、不味い、早く立たないとッ......
「だ、大丈夫......ゲホッ......そっちこそ巻き込まれて大丈夫か......」
よろめきながらどうにか立ち上がる。
「はぁ......はぁ......良かった」
そんな事を言ったはいいが......いざ追いつめられるとやっぱり怖いな。
『ギャオオオオ』
ブラックワイバーンは変わらず俺たちを見て突進してくる、俺も同じように走る。
意識は朦朧としてくる中、何かが染み出て来るのを感じた。
「――ッ――ッ!?」
ソフィアの叫ぶ声が聞こえてくる、ソフィアは死なせない。
――『魔竜のツメ』、本能的に魔法を発動しブラックワイバーンを叩きつける。
――バギンッ
ブラックワイバーンの頭部を叩き割る。
『ギャオォォンッ』
血が噴き出してブラックワイバーンの体勢が崩れていく。
「ッ......」
俺も同じように倒れる。
「ガルス君ッ!」
ソフィアが俺の元に駆け寄ろうとする。
「ダメだ、来るなッまだ倒せてないッ」
ブラックワイバーンはまだ戦う力が残っている――
「――クソッ」
こんなところで終わるのか?
だけどソフィアを守れたことは良かった、こいつも満身創痍なはずだ、ソフィアなら逃げきれる。
「――ッ」
ブラックワイバーンによる噛みつきが襲い掛かる。
その時だった――
「『
遠くから槍が飛んできてブラックワイバーンの頭を貫いた。
「見つけたぞ、悪ガキ共......!」
紺色の髪に無精髭を生やした男が、ニヤリと笑いながら近づいて来る。
「る、ルーバン......?」
ルーバン......そうか捜しに来てくれたのか。
「ふん、無事そうだな」
ルーバンは溜息を零す。
「待ってろ、いま治してやる」
ルーバンは俺とソフィアに回復魔法をしてくれた。
「うッうわぁぁん!ガルス君ッ!!」
「うわッ!?」
ソフィアは泣きじゃくりながら抱きついて来た、普段、年並の感情を表しながらも大人びた態度を取って来たソフィア、そんな彼女がこんなにも感情を露わにするのを初めて見た。
「ご、ごめん」
何故か謝る。多分、いま改めて自覚したからだ、俺はこんなソフィアは見たくはなかった。
今までの様な身勝手に俺を巻き込んで微笑む、そんなソフィアのままでいて欲しかった。
「ごめん、今度はきっと守るから......」
静かに抱き返した、ソフィアが落ち着くまで――
「――で......言い訳はあるか?」
ルーバンはソフィアが落ち着いたのを見て俺に聞いて来る。
「......ない......」
俺はぼそっと言う、勝手に屋敷に出て行ったのが屋敷でバレたのだ、きっとソフィアを心配して大忙しに違いない。
「ッ、私が勝手に提案して、だから私が悪くて――」
「いやッ俺はそれを受け入れたし、結構楽しんでたし、俺だって悪い――」
「いい、もういい、大体わかった」
ルーバンは大体の事は察したようでそれ以上は聞いては来なかった。
「それで......どうする気だ?屋敷じゃあ、結構な騒ぎだぞ?」
ソフィアはどうしようと困っている様子だった。
「まぁ......良いモン見れたし、少し手助けしてやろうか」
ルーバンはニヤリと俺を見て笑って――
「ソフィアも話を合わせてもらうぞ?」
「は、はい......」
「お前らには事態を収める為の言い訳を手伝ってもらう」
「ごめんなさい」
ソフィアはしおらしくなっていた。
「気にするな、こういう年相応な姿が見えてホッとしたくらいだ」
「そう......なんですか?」
「あぁ俺のガキも見習ってほしいくらいさ――」
こうして3人で屋敷に戻っていく、その間ルーバンは俺たちに作戦を話して、その通りに動いた。
顛末として、まず今回ルーバンは俺を訓練するために勝手に屋敷から抜け出させようとしていた、しかしソフィアにせがまれて仕方なく同行させ、予想よりも時間がかかってしまった――と、ルーバンは説明した。
当然、そんなのでは納得しないベルバスター家はソフィアに何かあっていたらどうする気だったのかとルーバンに激昂、アリオスト家もそれに同調してルーバンを非難した。
しかし、ルーバンは動じなかった、長く仕えてアリオスト家にもベルバスター家にも恩を売って来たこと、そして彼らの表では言えない秘密を知っている事などを盾にしあらゆる糾弾を退け、どうにかこの騒動を鎮火させる事に成功した――。
それからしばらくして――
「――そういやガルス」
戦闘訓練をしている最中、ルーバンは少し笑いながら話しかけて来る。
「ソフィアが言ってたぞ、頑張って守ってくれたって」
「あぁそうするしかなかったからな......だから?」
「いや、お前がやる時はやれる男だって知れて嬉しかったって話だ、俺にもお前と似たガキがいるからな、お前みたいになってほしいものよ」
ルーバンは俺の事を頼りない男だと思っていたらしい、まあそうだろう魔導士としての実力抜きにしても愚痴を零しながらの訓練が多かったし。
「やる気も出てくれたしな、なんだソフィアにもっと良いところを見せたくなったとか?」
......俺は――誰かを助けることを誇らしく思えた。
きっと魔導士の現実は残酷で裏ではロクでもない事をやっている、だけど俺は違う決してそうはなりたくない、きっとソフィアも同じ気持ちのはずだ。
「......ルーバン、俺、少しは真面目に強い魔導士を目指すよ」
「あぁ――それでいい」
それは幸せが壊される事の悔しさ、そして大切な人を守れたことを誇らしさと弱ければ何も守れやしない事を悟った事件。
ソフィアの知らなかった一面を知れた俺たちの冒険とも言えない小冒険はこうして終わった、小さなこの事件が俺にとっての転換点だった――
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