第36話 夕暮れ


 メルゲイトと戦った結果は俺の負け――


 今は簡易的な医療室のベッドで休んでいる、幸い怪我は大きくないから少し経ったら医療室を出るつもりだ。


「はぁ」


 しかし今回の目的は上手くいかずに終わってしまったか......


「――ガルス君!」


 声の方を向く。


「――ソフィアか!」


 ソフィアが駆け寄ってきた。


「......あとリンバル」

「人をおまけみたいに......」


 リンバルは少し遅れた入ってきた。


「......怪我は大丈夫です?軽症だとは聞いていますが」

「あぁ大丈夫、もう動くし」


 腕をぐるりと回転させたりする。


「良かった......ああいう冷や冷やさせる戦いはやめてほしいのに......」

「別にわざとしているわけじゃあ......」

「でしたら訓練が必要かもしれませんね?」

「それはちょっと......」


 とか話しているとリンバルが咳き込む。


「あーコホンッ......で、この後どうする気だい?襲撃者を捕まえる案が駄目になった訳だが......」

「色々と考えてたんだが......それについては別の案がある」

「別の?」


 俺が負けたからにはしょうがない、他の奴が俺の役割をやってもらわなければならない、つまり――




 ■



 水上決闘場の個室。



「――断る」


 メルゲイトに囮になってもらえばいいのでは!?


「えー」


 という渾身の腹案が本人の拒否により失敗。


「い、いや説明しただろ?襲撃犯による死者がここでも出るかもしれない、だからお前の協力が必要だって」

「どうして俺がそこまでしなければならない?」

「どうしてって、人が死ぬから――「だが――被害者は魔導士だ」


 俺の言葉の途中でメルゲイトはさらに続ける。


「そいつらは死ぬ覚悟が出来ていて魔導士をしていたはずだ、違うか?」

「それは......」


 クソ、俺が少し思ってた事をこうも簡単に言いやがって......


「一理ありますが......それは死んでも良いという理由にはなりません」


 後ろにいたソフィアが前に出て来る。


「ソフィア=ベルバスター......」

「メルゲイト君、どうしてもいやですか?」

「......あぁ嫌だ、俺に得がない」

「得ですか、つまり......」

「金だよ、俺がここで戦っていたのだって金の為だし......その襲撃犯を捕まえるのも金をくれるってなら......手伝ってやる」


 金......まずいな、俺はすっからかんだし......。


「そ、ソフィア、どう?金とかは......」

「......基本的に家で管理されていますから......大金はちょっと」

「リンバルッ」

「ふざけるな!どうして僕が払わないといけないんだ!?......大体ブルーサピロス島でのバカンスの為に貯金はかなり削ったから無理だ」


 メルゲイトは溜息を吐く。


「じゃあ無理だな、諦めろ」

「い、いえ待ってください、確かにお金は払えません......ただ襲撃犯を捕まえればそれなりの懸賞金が支払われるはず」


 ――そうか、その手があったか。


「だが額はまだ決まっていない」

「しかし相応の額は支払われるでしょう、それに貴方が捕まえれば名声も高まってより高額の依頼もこなせるようになるのでは?」

「......」


 ソフィアの説得にメルゲイトは考え込む。


「......はぁ......良いだろう――その話、引き受ける」

「ありがとうございます、メルゲイト君」


 俺が負けた時はどうなることかと思っていたが......どうにかなりそうでよかった。


「......話を引き受けたからには、お前らの作戦にも口を入れても構わないか?」

「勿論、何か不満が?」

「いや、もっと確立を上げる案がある――」




 ■




 そして夕暮れ、ビーチにて――


「......まぁ、確かにこっちの方が確立は高いか」


 メルゲイトの案――それは俺とメルゲイトの二人が別々の場所で囮になるというものだった、確かに試合の中ではお互い良いところまで戦ったのだから計画にも支障はないか......


「そしてメルゲイト君とリンバル君、そしてガルス君と私、二つのペアで行動を取る事になった訳ですが」

「結局リンバルは最後までいる気なのか?」

「えぇ、ここまで来たからには結末まで知りたいとの事で」


 襲撃者に襲われるまではソフィアには隠れていてもらって襲われたら助太刀にはいるというのが今回の作戦だ。


「......まだ時間もありますし.......少し歩きましょうか」



 波の音が響く。



「......」


 ビーチから来る潮風を浴びながら歩いていく、ソフィアは少し先を歩いてはこっちを見て止まるを繰り返す。


「ふふふ、潮風が気持ちいい......でしょう?」

「そうだな」


 ソフィアの白いワンピースも潮風で揺れている。


「なんだかリラックスしちゃう......これから一仕事あるのに不思議ですよね」


 ソフィアは伸びをする、海は夕暮れのオレンジ色で染まっているが、そんな夕日の暖かいオレンジ色は彼女も染め上げている。


「服とか濡らすなよ?」


 彼女は徐々にビーチから海の方面へと歩いていったので合わせて近づいていく。


「足だけでしょう?大丈夫」


 ソフィアは案外活発......というかアクティブな子だ。


 ただS級魔導士というのはソフィア以上に身勝手な奴が多いから彼女がしっかりして一部のS級魔導士の手綱を握っているというのを聞いた事がある。

 それがベルバスター家として生まれたからなのか、彼女自身の責任感からなのかはわからないが......


「ガルス君も来てくださいよ、せっかくの海なんですから」

「いま行く」


 まぁ俺は彼女のそういうアクティブな所に救われてきた。


「ふふふッ」



 そんな事を考えているとソフィアが俺にある事を聞いて来た。



「前から思っていたのですが、少し聞いても良いですか?」



 ソフィアが少し言いにくそうに聞いて来る。


「......ガルス君は......魔導士なりたかったですか?」

「いきなりだな......それは家の事情を抜きって事か?」

「えぇ、私たちは家の関係で魔導士にならざる得なかったですが、本音で言えば......どうでしたか?」


 難しい質問をされてしまった、俺は魔導士の家系だったから、魔導士という存在は身近だった。だからああいう輩が時にロクでもない事をしている事をよく知っている、俺もその被害者の一人だし。


「......本音を言えば......」


 俺は転生して現実を知ってから魔導士というものに良い感情は持っていない、持てていなかった、だからそこまで魔導士というものには執着してはいなかったというのが本音だ。

 それに俺は儀式で犠牲になった子供たちの為にも彼らの分まで生きていたいという思いだってあった、魔導士になって無駄死に......そんなのそれこそ彼らに顔向けできない。


「そうだなぁ......魔導士にはなりたくなかったかもしれない......」

「そう......ですか」


 ソフィアは悲しげに俯いた。


「――最初はな?そう思ってた」

「......?」



 ――あれは俺がまだ魔導士に良い感情を持っていなかった頃の事だ。


 俺とソフィアは昔から頻繁に会っていて交流を深めていた、ある程度経つともう今とあまり変わらない関係性だった。



 しかしある日――



 アリオスト家とベルバスター家で何か長時間会議をしていた時の事だ、お互い10歳は過ぎてたか過ぎていなかったか......その頃になると流石にずっと監視が付いている訳ではなかった。


 俺とソフィアはその隙を突いて一緒に屋敷から抜け出した、そしてある事件が起きてしまう――

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