第5話 恐れ知らず


『火竜の島』の近海にて。


 試験の期限が刻一刻と迫りくる中、数人の試験官は船に乗って近づいていく。


「しかし大王カマキリを狩るだけなんて、今期生は微妙かもしれん」


 見た目20代の男はA級魔導士でありリンバル=セスト、魔導協会により派遣された試験官の一人だ。


「やはり王道の竜狩りにするべきだった、チームワークを求めるのにも丁度良かったし」


 竜を倒した魔導士こそA級魔導士を名乗るに相応しいと考えるリンバルにとって今回の試験は少々、いや大分不満であった。

 ちなみに『火竜の島』に竜はいない、だいぶ昔に絶滅している。


「(しかし魔物が多い気がするな)」


 リンバルは『火竜の島』に近づくにつれ何処か違和感を覚え始めた。

 途中途中から海の魔物や魚類は島から離れているように見えてはいた、島の近くにも普段は森の奥に生息するような魔物や動物が見えている、まるで逃げて来たような。


「(気のせいか......)」


 そういうこともあるだろう、リンバルはそこで考えるのをやめ船内で休憩することにした。




 ■



 ただいま俺たち大王カマキリ捜索隊である、そして怪我を負った魔導士救出隊のような事もしている。


「ガルスは他の魔導士に魔物が来ないように見ててッ」


 救出隊の実際はレイが主軸となって活動しており俺はその補佐、いまはようやく見つけた大王カマキリと戦闘中。


 まったく俺の出る幕なしとは......ありがたいね。


「――ッ」


 それに......彼女の戦闘をじっくり観察できる良い機会だ。


 レイ=グリンド、剣士の魔導士、剣士の魔導士って変な感じだがここでは普通だ。


「そこだぁ」


 彼女が好むのは相手の攻撃の隙を撃つカウンター攻撃。そして


「――ッ」


 相手の真下を潜り抜けるように走り、足元からそのまま真上に切り上げる......典型的な竜狩りの方法を好んでいるようだ。


 竜は真下が隙だらけで真後ろに避けるのが苦手だから変に避けるよりも真っ直ぐ行って腹とか切るのが一番良い......というのは聞いた事はある。

 頭がおかしい奴が編み出した守りを捨てた恐れ知らずの絶対攻撃、まさかマジで実戦してる奴がいたとか、ソフィアもドン引きだろう。


「見た目とは裏腹に好むのはカウンターと捨て身かぁ、捨て身とか俺には無理だな」


 ......レイの剣技はずば抜けている、ソフィアも剣は使えるがレイと剣のみで戦えばどっちが勝つか......彼女は魔導士として大成出来るだろうと思う。

 それに彼女の事を年下と思っていたが16歳と同い年だというのにも驚いた。


「150㎝もないちんちくりんなのによくやるよ」


 そんな事を考えているとレイが戻って来た、大王カマキリを特に苦戦することもなく倒してきた。


「これどうする?」

「どうするって?」

「ノルマあるでしょ?あげるよ」

「あらいいの?ありがたく」


 貰える物は貰っておく。


「あ、貰うんだ」


 レイからはともかく助けられた魔導士の奴らからも俺に白い目を向けて来る。相手があげるって言ったんだからありがたく貰って何が悪いっての!


 頭を布に包みそれをリュックのようにして背負う。


「じゃああと一匹探すか」


 結局二人分は集めるつもりだったんだから変わらない。



 ■



 それからも何人かの魔導士とか魔物には会うものの肝心の大王カマキリと出会う事は叶わずにいた。


 もう狩り尽くされた?その可能性も否定できない、すれ違った一部の魔導士の考察によればここ一帯の大王カマキリは蠱毒のように同族同士で殺し合って高め合い強くなっていったのだろうと語っていた。

 つまり個体自体は少なくなっているはずだと。


「一応、大王カマキリの頭を持ってるんだ、血に誘われて来ても良いはずなのにな」


 時間もそろそろまずい、まぁ最悪は貰った大王カマキリをレイに返せばいいだろう。

 そして俺は試験に落ちる......それでも良いがソフィアが無理して俺に受けさせてくれたんだ。ただ落ちただけじゃ彼女に迷惑をかける事になる、それだけは避けるべきだ、落ちるにしても爪痕を何処かで残すべきだ。


「......やけに森が静かな気しない?」

「静か?」


 耳を澄ましてみる......言われてみれば動物とか魔物の鳴き声が聞こえないような気がする、今までにない事だ。


 すると奥から数匹ほどの大きな影が走ってくる。


「――大王カマキリッ!」


 多くの大王カマキリがこちらに来て――いやそれだけではない。


「え、なんだこの動物たちは!」


 動物たちも紛れている、そいつらも同じように俺たちを素通りしていく。


「な、なんだったんだ、今の......」

「追った方が良かったんじゃない?」


 そうだ、あいつらを狩ってノルマを達成すればよかった、いきなりで驚いていた。

 しかし......

「ホント......なんだったんだ、あれ」

 普通ではない、まるで大王カマキリが恐怖する存在がいるというのか?


 ザッザッザッ


 奥を見ると何かが来るのがわかる。


「なんだッ」

 凡そ1m80㎝黒い大王カマキリ、今までの個体より小さい。


「大王カマキリ......少し小さい?」


 ただの大王カマキリと思ったがすぐに認識を改める。


「――」


 何よりその佇まいが異質、今までの獲物を見つけたら襲う野蛮さを感じさせない......他の奴らは戦いを続けていくうちに学習して強くなっていったようだが――

 こいつにはより知性がある――のだろうか?


 一歩一歩近づいていく、逃げても奴は追いかけ続けるだろうとわかってしまったのかレイは既に抜刀していた。


 俺かレイか......両者を交互に見ながら近づいていく、品定めのようなものか。


「どうする、また一緒に戦うか?」

「なんとなく共闘はやめておきたいかな......一対一で戦う方が良いと思う」

「どうして?」

「剣士としての思いだよ」


 どうやらレイはあいつを剣士として認識したみたいだ、誰が戦うのかは奴の品定めが終わらぬ限りわからない。


 鎌を俺に向けた。


「――えぇ......」


 まさかの俺......いや、俺が大王カマキリの奴を背負ってるからか。


「いや、これレイがやったんすよ?」

「ガルス!?」


 まぁそんなこと言っても相手に通じるわけなく、俺は渋々と奴に近づく。


 レイには大王カマキリの頭を渡し、離れて貰った。


「......」


 偶然か、森の中のはずなのに円状の広場のように森のない区域だ。


「楽に終われば助かるんだが」


 そう簡単には終われないか――



 ■



 両手を魔力で竜の腕の形に模す、両足もまた同じように。


「......」


 他の常に鎌を振り上げている奴とは違う、鎌をぶら下げている姿はまるでリラックスしているようにも見える、今までの大王カマキリにはない特徴だ。

 緊張というものをしていないように思える。


「ふぅ......」


 深呼吸。


 他の奴らは少なくとも戦いに緊張は持っていた、それは負ければ死ぬという生命にとって当たり前の価値観だったが、こいつにはそれを感じない、自分が死ぬわけないという絶対の自信によるものだろうか。


「(クソが......調子に乗りやがって......猛者気取りか?)」


 しかし大王カマキリの鎌を見て嫌な想像をしてしまう。


「(冷静になれ......相手を見ろ、雑念を捨てろ――戦いに集中しろ!)」


 恐れるな――

 ソフィアも言ってたろ――ポテンシャルはある、高位魔導士にも引けを取らない実力があるって。

 それに、いい加減レイに良いとこ見せないとマジでただのコネ野郎という評価になっちまうからな。


「さぁどうくるか......」


 一瞬の間――


「――ッ」


 動いたのは相手だ。


「んッ!?」


 真っ直ぐ――ではない、ぐるりと回りながら走っている。


 それは徐々に俺との間合いを詰めながら、円を小さくするようにしながら動き近づいて来る。


「――『竜刃・双刃』」


 両手を竜のツメのように変わり、それを剣のように扱う。


 右の鎌が来る――


 ガキンッ


 火花が散る、鎌は鋼鉄のように硬く、独自の魔力で覆っているのだろうそれは一見してただの大鎌、だがそれはまるでチェーンソーのようにギギギッと触れている面を削っていく。


 ピキピキッ


「――ッ!」


 右の鎌を左の刃が砕けながらも抑える。


「ふぅぅぅッッ......」


 この刃は......剣は俺だ、この剣が傷つくということは俺の肉体にも痛みが来るということ。


「(気にするなッ次が来るぞッ!)」


 痛みにうろたえる自分自身に喝を入れ、今度は左の鎌による振り下ろしを――


「ッ」


 右の刃でそれを相殺。


「ぐっあッ......!」


 バキバキと嫌な音が響く......ただ相手の両鎌はこれで抑えた。


「――『ドラゴンテイル』」


 足をまるで竜の尾に見立てて、魔力を込めた足払い。


 完全に相手を転ばすことは出来ずとも前足に当たれば十分だ。


「体勢を崩した――」


 態勢を崩した相手は防御の姿勢も取れない――

 そのまま頭部目掛けて――


「死ねッ」


 頭諸共に粉砕してやる――

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