第4話 特異個体
青い空に緑の森林に、近くに川の音が聞こえる。
「ここは......」
あれ、俺どうなったんだっけ。
「おはよう、周囲は安全だよ」
レイが刀を持ってこっちやって来た、刀身は彼女の小さな身長の所為かかなり大きく見えた。
「あー」
......そうだった大王カマキリの大群と戦って、どうにか隙を作ってレイと一緒に逃げて、川まで移動したんだった。
「ガルス、ノルマの大王カマキリはどうするの?」
「......それがあったな」
そうだ、俺は最初に倒した大王カマキリの頭は逃げたりしてたら失くしたし、せっかく大王カマキリを何匹も倒しても回収する時間がなくて今も奴の頭はない。
「そろそろ移動しないと不味いな」
試験の内容はノルマ一匹だがより多く倒してる奴もいるだろう、昨日の俺たちみたいに、それにこういうタイプの試験は狩り切られているというリスクも考えた方が良い。
その事をレイに伝えると、時計を見ながら少し考えた様子を見せて俺の提案を肯定した。
「うんそうだね......まっ今回の大王カマキリは強すぎて並の魔導士じゃ勝てないから数の問題は心配しないでも見つかるんじゃないかなッ?」
地味に自分は強いという評価を持っているレイという少女、自己評価が高い。
「それもそうか」
「適当に前に通った場所まで移動してみる?」
レイの提案に乗り移動を開始した。
■
問題発生。
今度は大王カマキリが見つからない、出て来るのは無関係の魔物くらい、というか魔物の数すら少ない気がする。
「こいつら程度なら」
いちいち近接戦をやりたくなくて――
「『魔力弾』」
「あーまた外したァ、ノーコンだァ」
レイが茶々を入れて来る。
「やかましい......」
俺の遠距離魔法による攻撃をするもののやはり上手くいかない、どうにも俺は遠距離魔法の火力の維持と命中率が最悪だ、あと元々の体質かそういった魔法自体がそもそも上手く扱えない。
「......はいレイ、お願い!」
「はいはい」
レイ=グリンドは俺のミスの尻拭いをする。
「『抜刀・風刃』」
刀に風の刃を纏い切り裂く、風の刃はそのまま周囲を切り裂いていく。
即席とはいえ良い役割分担......いやレイの負担が一方的だな。
「前から思ってたんだけど」
レイは俺に聞いてくる。
「どうして遠距離魔法を好んで使うの?ガルスは近距離の方が向いてるよ」
俺の戦いを見た奴はみなこういう評価を下してくる。
「近距離戦闘は何か疲れるだろ?いちいち相手の出方を伺って......ミスしたら致命的だ、痛いし、遠距離戦みたいに逃げるという選択はない、近すぎるから」
「んー......そうかなぁ?」
「俺はさ、本当は楽がしたいんだ、まぁいまは流れでこんなになっちゃってるけど」
「ふーん......」
後もう一つ言えば、近距離戦は怖いというのもあった、前世が日本人だったからか......前世ではそういう喧嘩自体あまりしたこともない人生だったからだろう。
■
大王カマキリ恐れるに足らず、そう豪語したはザラン=ゴルバル。
彼は剣士である、大王カマキリは上を目指す剣士にとっては登竜門である。
ザランは傲慢ではあるもののその実力は本物であり、過去には複数体を相手にしても倒してきた記録を持つ。
だから今回の試験は余裕だと思っていたのだ、知らなかったからではない。
知っていたからこそ今回は楽だと判断し余裕綽々といった態度で挑んでいた。
だというのに――
「はぁ......はぁ......」
ザラン=ゴルバルは大王カマキリから逃げていた。
「クソクソッ話と違う、あいつあんなに強くなかったろうボケがッ」
大量発生により島という閉鎖空間に湧いた大王カマキリはある時を境に同族を殺し合いを始めた。
なぜ戦うのか、それは大王カマキリ自らの強さを誇示する為だ、弱者は死ぬのみ、強者は生き残る為により強く強靭さを目指した、目指さざるを得なかった。故に殺す対象は同族だけではない、より強大な相手を殺す事が目的と化した。
大王カマキリが同族の血に反応するのは同族を殺すほどの相手を獲物にしているから、だから魔導士は大王カマキリにとって格好の獲物である。
「(大王カマキリの数が少なかったのは同族で殺し合ったからかよッ!こいつらに蠱毒みたいな事が起きて進化してるんだ!)」
取り巻きは既にいなくなっていた、ザランを置いて逃げたからだ。
ザランは逃走を図りながらも思考を巡らせる、どう生き残り、なおかつ試験に合格するか......自らの父を思い出せば怖くない、あれほど恐ろしい怪物を頭に思い浮かべば大王カマキリなど恐ろしくもない、故にいま逃げているのは死なない為であり――
「調子に乗んなッ死ねェ!!」
勝利への活路を見出すため――
大きさは凡そ1m80㎝。
森では奴の場だ、しかし森から抜ける瞬間の隙、森から出た瞬間に横に移動し走って来た大王カマキリを相手に隙をつく。
「(こいつは小柄だ、早いのが厄介だっただけ、当たれば勝て――)」
無惨――剣の刃は鎌を前に砕け散った。
「――は」
惜しむはその大王カマキリの強靭さ、異常さ......それは普通ではない大王カマキリどもから生まれ、より強くより闘争を求めより独自性を育んできた特異個体。
「......どうして」
刃を砕かれ、心も折れる。
「......」
座り込んだザランを大王カマキリは見る。
「――(死んだッ)」
とどめを刺さんとした瞬間――
「――?」
大王カマキリはきょろきょろと辺りを見て別の方角に身体を向けた。
「こ、殺さないのか......?」
するとザランを無視し近くに現れたであろう獲物を求め移動していく、まるで既に用済みというような、弱者には興味なしというような。
「(待て、まだ獲物は生きてるんだぞ、お前の背後から殺してやることだって――)」
己の心の内など知らぬ、大王カマキリはもう敵ではない相手に何の意識も向けてはいなかった。
「(殺す、殺して......)」
いいやできない、それを何よりザランが自覚している。
追う勇気もなくただただ座って大王カマキリが過ぎ去ってくれるのを祈っているだけ――ザランは恐怖に飲まれてしまっていた。
「――ッッアッッ!」
ザランは言葉にならない憤怒を覚え、言葉にならぬ言葉を響かせる事しか出来なかった。
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