第159話 狐親父の画策
ヘルシンド宰相の執務室に誰も居ないとなれば、王城は不案内なので何時もの通用門に跳ぶ。
いきなり現れた俺を見て警戒するが、パジャマ姿では無理もないか。
「フェルナンド男爵だ、急ぎヘルシンド宰相か国王陛下にお会いしたいので取り次げ!」
魔力を込めたライトで辺りを煌々と照らし、パジャマ姿ながら横柄に命令する。
「その格好は何だ! 此処を何処だと思っている。巫山戯た事を言うとただでは済まさんぞ!」
駄目だ、俺では貫禄がないので身分証か紋章付きの服がないと通用しない。
「では、フェルナンド男爵が宰相の執務室で待っていると上役に伝えろ」
それだけ言ってジャンプして、宰相の執務室に戻るとソファーにふんぞり返る。
〈えっ、消えた〉
〈おい! フェルナンド男爵って、賢者様の事だぞ〉
〈じゃー今のって転移魔法か?〉
〈いきなり現れて、いきなり姿が消えたのだからそうだろう〉
〈馬鹿! 宰相閣下にお報せしろ!〉
待てど暮らせど誰も来ない、ジリジリとして待つのに飽きて花火でも打ち上げてやろうかと思い出した頃、複数の足音が聞こえてきた。
ノックもなくいきなり開けられた扉から、ヘルシンド宰相の補佐官が顔を出した。
「フェルナンド男爵様、国王陛下がお待ちです! ご案内致します」
「ヘルシンド宰相はどうした?」
先を進む宰相補佐官に尋ねた。
「ヘルシンド様は、宰相代行となられたランバート様に依って謹慎させられていました」
「謹慎、ヘルシンドがか? 何処をどうすればそんな事になる。最低でも半年や一年は引き継ぎに時間が掛かるはずだぞ」
「フェルナンド様が伝えて来たベイオス捕縛について、ランバート様と意見が合わず、諫めたヘルシンド様に謹慎を命じられました」
「その男は馬鹿か、静かにやっていれば何一つ被害を出さずに済んだものを。そのランバートとやらは何者だ?」
「行政総監や法務総監を務められた、第三王子殿下で御座います」
「血筋を誇る馬鹿か・・・」
* * * * * * *
案内された所は国王の執務室で、ヘルシンドと国王の隣りに見知らぬ男が居た。
「陛下、何をどうすればランバートなんて馬鹿が宰相代行になり、ヘルシンド殿を謹慎にできるのですか」
「貴様、口が過ぎるぞ!」
「喧しい! ランバートなる馬鹿のせいで、何れ程の被害が出ていると思っているんだ」
「フェルナンド、状況を教えてくれ」
「ベイオスを殺せと命じた。リンディとリンレィが重傷者が死ぬのだけは防いでいる。犠牲者の半数は丸腰の男達で、恐らくベイオス達を見張っていた警備隊の者だろう。俺はヘルシンド宰相に少数で見張り、見付けた時は手出しをせず俺に知らせろと伝えていた。それが何故あれ程丸腰の者がいたんだ」
「済まないフェルナンド殿。ランバート殿下が宰相代行になられ、私が引き継ぎと補佐をしていたのだが、問題の男を自分が捕らえて見せると言って聞かない。諫めた私に謹慎を言い渡し、殿下の補佐達によって強制的に押し込められてしまったのだ」
「で、その馬鹿と補佐達は何処ですか」
「それが、現場で指揮を執ると言って出ていった様なんだ」
「陛下もそんな馬鹿を、よく宰相代行に据えましたね」
「それには言葉も無い。ヘルシンドに代わる者が見当たらず、やむなく繋ぎとして任命したのだが・・・」
「申し上げます! ランバート・コランドール宰相閣下戦死との急報が届きました! 尚、騎士団長も戦死、多数の者が死傷しているとの報告です」
「判った。負傷者の収容を急ぐ様に伝えろ。ヘルシンド隠居は暫く待ってもらうぞ。残りの騎士団を派遣して治安の維持にあたらせろ。聞いた通りだフェルナンド、リンディ一人では無理だろう。済まないが重傷者の治療を頼みたい」
「良いでしょう。リンディにはデリスと言う護衛を付けていますので、彼女の行くところは無制限で入れる様にして下さい」
「デリスとは以前の?」
「そうです。冒険者として鍛えていますので、ベイオスに劣らぬ魔法使いです」
「申し上げます。問題の魔法使いを殺したとの報告が届きました! 王家筆頭治癒魔法師リンディ様の護衛が結界を張り、リンディ様が治療を始めた後で賢者様が現れ・・・エッ」
「その後、結界内に護衛の男が跳び込み、問題の男を斬り捨てた。だな」
「はっ・・・はい。・・・何で、此処に?」
* * * * * * *
様々な馬車や荷車に乗せられた負傷者が王城に運び込まれて来ると、一人ずつ鑑定して重傷者と中軽傷者に振り分ける。
帰って来たリンディに怪我人の振り分けを任せると、俺がリンディに替わって治療を始めた。
その間にデリスから報告を受けて、怪我人の振り分けを手伝わせる。
中軽傷者は王家の治癒魔法師達に任せて、重傷者でも雷撃を受けて状態の酷い者を中心に治療していく。
服は焼け焦げ体表面を落雷の電撃が走り酷い有様で、普通の治療では命は助かっても傷痕や後遺症が残るだろう。
魔力を2~4程使い治していると、リンディの所で騒ぎが起きていた。
「リンディ殿、王家筆頭治癒魔法師の貴女が、何故治療してくれないのだ! 私はランバート・コランドール宰相閣下の側近だ! その様な事など後回しにして、私の治療をするのが当然でしょう」
リンディが困った顔で俺の方を見ているし、デリスも宰相の側近と言われては何も言えずにリンディの背後に控えててる。
治療を中断し、偉そうに騒ぐ男の側に行き頭を殴り飛ばす。
〈ゴン〉といい音がしたが意外と石頭の様で、気絶もせず頭を抱えて唸っている。
「ランバートの馬鹿の側近がそんなに偉いのか。お前達がヘルシンドの言葉を聞かずに閉じ込めたせいでこの結果だ」
そう言って軽く(ヒール!)と治療してやる。
身体の表面を走る電撃痕はそのままで、馬鹿の目印として一生その傷を付けていろ。
「おらっ、治してやったから動けるだろう。とっとと消え失せろ!」
担架から引きずり下ろして尻を蹴り上げる。
「誰だお前は? その様な寝間着で王城に居るとは不届きな」
煩いので往復ビンタをおみまいして黙らせる。
「馬鹿なランバートと、間抜けな側近のせいで何人死んだと思っている。これ以上騒ぐと殺すぞ」
ブラックベア並みの威圧を掛けて脅すと、ペタンと座り込み泡を吹いて失神してしまった。
「デリス、此奴を隅の方へ転がしておけ。リンディは、少しでも魔力が回復するまで座っていろ」
* * * * * * *
ベイオス捕獲の為に動員された警備兵約100名、王国騎士団の騎士150名に魔法部隊60名。
警備兵の死傷者60名以上で死者は40名を超えていた。
騎士団の死傷者は騎士団長を含め40数名、死亡者は半数の22名。
魔法部隊の死傷者は33名、死亡者19名
他ランバート・コランドール宰相代行と補佐の者1名死亡。
報告書を読みながら怒りに震えるが、ヘルシンドに替わる外交が出来る者が見当たらず、やむなくウォーレンの推挙でランバートを宰相代行に据えたのは自分である。
判ってはいたが、平和呆けした者ばかりで後継者が育っていない。
ヘルシンドもあの男を育てる様に指示した責任は自分にあると、後任が決まり次第引き継ぎを済ませて引退すると頑なだ。
自分の後継者と定め補佐させていたウォーレンも、王族のプライドと固定観念に凝り固まっている。
今回の騒動は各国の大使達の注目を集め、何が起きたのか必死で探っているが、秘密が漏れるのを絶対に阻止しなければならない。
フェルナンドが地位や権力に興味を持たないので、多くの者は魔法使いを甘く見すぎている。
二度とベイオスの様な魔法使いを育ててはならない。
フェルナンドが、貴族や王家の魔法部隊を指南しようとしない理由が良く判ったが、理解出来る者が何れだけいるのやら。
彼が手ほどきをした冒険者達は、誰一人貴族に仕えようとしていない。
エレバリン侯爵の魔法部隊にいた者でも、治癒魔法使いを除けばたった一人がロスラントに仕えただけだ。
* * * * * * *
リンディの控えの間に寝泊まりして、王家の治癒魔法使い達には治療出来ない外傷や酷い骨折の治療を二人で続けて、三日目には何とか目処が付いた。
その間リンディの護衛にデリスを付け、例え王国の高官や王族と言えども勝手をさせるなと言っておいた。
しかし、治療の邪魔になる王国の高官や重鎮達は、事件の後始末に追われて姿を見せなかった。
その代わりと言っては何だが、その間ウロウロしていたのは国王とヘルシンド宰相に魔法師団長だ。
目当てはデリスなのだろうが、気になる事が一つ有る。
抜け目のない狐親父が、何か企んでいる様でリンディやデリスに何度か声を掛けていた。
* * * * * * *
「のうロスラント、デリスをどう思う」
「どうとは、どの様な意味で御座いましょうか?」
「彼を貴族に取り立てて、リンディと娶せてはどうか」
「彼女はフェルナンド男爵殿の配下ですので、私の口からは何とも」
「それよ、だがフェルナンドは一向に気に掛けていない。思うにフェルナンドは猫人族の見掛けだが、エルフの血が1/4入っている。あの魔法の腕を思えば見掛けとは裏腹にエルフの血が濃く出ているのやも知れぬ。となると未だ伴侶を娶るには早すぎるとは思わぬか」
「確かに、彼はリンディに特別な感情を持っている様には見えませんね。デリスはカンダールの名を捨てて現在冒険者ですので、貴族になる事を喜ぶでしょうか」
「一度フェルナンドを交えて話してみてくれ」
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