第157話 雷撃
河瀬と言う名前以外どこの誰とも判らなかったが、王都に住み男爵様とはお笑いだぜ。
俺を警備隊に売った礼は必ずしてやるからな。
お前の弟子だという治癒魔法使いも、俺の女にして弄んでやる。
十大魔法のうち六つだか七つだかを使い熟すと聞いたが、俺も結界魔法と氷結魔法に雷撃魔法で攻撃力も負けてはいない。
賢者を殺せば、此の国に俺を倒せる者はいない事になる。
そうなれば、王国も俺を捕まえるより貴族に取り立てて大切に扱うだろう。
こんなチンピラに兄貴なんて呼ばれる事とは大違いだ。
* * * * * * *
「陛下、一大事です!」
「何事だ・・・と言うかランバートかヘルシンドはどうした?」
「はっランバート殿下・・・宰相閣下は、賊を討伐する指揮を執ると出て行かれました」
「賊とは?」
「魔法部隊からの逃亡者で、ベイオスと申す男です」
「あの馬鹿は! ヘルシンドが付いていた筈だがどうした!」
「ヘルシンド様はベイオスの事でランバート様と意見が合わず、謹慎を命じられています」
「謹慎?・・・とは何だ?」
「はっ、ランバート様が陛下より宰相を命じられているので、宰相の引き継ぎは補佐官に聞くので口を挟むなと申されまして」
「あの馬鹿を此処へ呼べ! 一大事とは何だ?」
「はっ、その賊を追い詰めましたが、結界魔法に立て籠もりました。その際騎士団の者達が反撃に遭い、多数の死傷者が出ているとの事で急ぎ治癒魔法部隊の派遣要請です」
「治癒魔法部隊を直ぐに差し向けろ。それとヘルシンドを呼んで来い!」
「はっ・・・謹慎になっていますが」
「馬鹿が! 予が呼べと命じているのだ! 直ぐに連れて来い!」
あの馬鹿! 相応の人材が見当たらず、一時的とはいえヘルシンドを補佐に付ければと思ったが・・・
「ロスラント伯爵を呼べ。それとリンディに、王家筆頭治癒魔法師として治療にあたる様に依頼しろ。それとウォーレンを呼べ!」
* * * * * * *
「お呼びでしょうか、陛下」
「お前、ランバートが宰相代行として優秀だと言ったな」
「はい、行政官としても法務官としても優れていますので」
「そうか・・・頭は良くても、宰相代行の器ですらなかったぞ」
「何故ですか、王族の中では頭も良く行政の手腕も」
「それは後で聞く。魔法部隊から逃げ出した男を捕縛に向かった者達に、多大な被害が出ている様だ。治癒魔法部隊の者とリンディを治療に向かわせた。フェルナンド男爵が王都に戻っているはずなので、探してその男の捕縛を依頼してくれ」
「又あの男ですか。余り贔屓にするのも他の貴族に対し障りがありませんか」
「お前も、あの男をその程度に見ているのか。ではフェルナンド男爵程ではないが、魔法巧者が暴れて騎士団に多大な被害が出ている。魔法部隊の者も太刀打ちできまい、その男を取り押さえる事が出来る魔法使いか貴族を呼び出せ」
「そんな無茶な。あの男は魔法部隊と騎士達を蹂躙して逃げ出した男ですぞ。何処にそんな魔法使いや貴族が・・・」
「だからフェルナンドに依頼せよと言っている! 己は理屈を並べる前に現実を見ろ!」
国王の怒声に慌てて下がる、国王補佐のウォーレン王太子。
ヘルシンドの話では、問題の男を見つけたらフェルナンド男爵に知らせる事になっていた筈だ。
それが何処をどう間違えれば魔法部隊と騎士団が捕縛に向かい、宰相代行が現場に出向いて指揮を執る事になるのか。
頭は良いが応用やとっさの出来事に対応出来ず、功名心だけが逸るとは。
平和が続くと官僚主義権威主義がまかり通り、有能な者を探し出すのが困難になるが、そのツケが出ている。
* * * * * * *
ロスラント邸に駆け込んで来た急使は、ロスラント伯爵殿を陛下がお呼びですと伝えた後、リンディ嬢は王家筆頭治癒魔法師として緊急治療の依頼ですと伝える。
訳が判らず、ロスラント伯爵とリンディが顔を見合わす事になった。
「何が有った?」
「はっ、王国の魔法部隊より逃走した男を発見して捕縛に向かいましたが、抵抗されて多大な被害が出ているとの事です」
「伯爵様、ユーゴ様の言われていた事でしょうか」
「多分そうだな。私は王城へ行くが、リンディはデリスを連れていけ」
「場所は判りますか」
「バスカル通り近くの広場です。私がご案内致します」
「リンレィ用意して、デリスは護衛をお願いね」
「リンディ様もリンレィも、魔法防御が施された服をお召しになって下さい。それとフードを外さない様にお願いします」
迎えの馬車に三人が乗ると、王家の馬車に似合わぬ速度で走りだした。
「いいリンレィ、この間は王城に集められていたから本格的に治療をしたわ。今度は現場に行く事になるので死なない様に血止めだけにして、それ以上の治療は後で落ち着いてからよ」
* * * * * * *
「殺せ! 奴を殺せ! 死体を我の前に引き摺って来い!」
騎士団長が目の前で死に、腰を抜かした無様な状態で引き摺られて逃げた屈辱に震えながら、殺せと喚き続ける宰相。
喚き続ける事で何とか正気を保っているが、周囲の騎士達は冷めた目でそれを見ていた。
防御用の分厚い楯を易々と貫いてくるアイスランスを避けて、身を伏せて耐えるのが精一杯だ。
宰相の命令に従えば死ぬのは目に見えている。
遅れている、魔法部隊が到着しなければどうにもならないと諦めていた。
攻撃が途絶えて静かになり、恐る恐る男の立て籠もる結界を伺う。
「おい、奴は寝ているんじゃないのか?」
「嘘だろう。この状態で寝るか」
「魔力切れかも」
「どうする・・・攻撃してみるか?」
「いや、魔法部隊に任そう。俺達じゃあの結界を破れそうもない」
「噂では逃げ出した男は、賢者にも劣らない魔法使いと囁かれていたそうだからな」
ベイオスの結界を包囲したまま夜の広場に静寂が訪れたが、負傷者の呻き声と放置された遺体を眺めながらの凄惨な光景であった。
程なくして魔法部隊を乗せた馬車が到着して、続々と魔法使い達が降りてくる。
「遅いぞ! 奴はあの結界に籠もっている」
「遅いも何も、お前達の様に馬を与えられてないんだから仕方がないだろう。で、あれに立て籠もっているのか」
「そうだ。相手は三人だが、魔法使いは一人だけだ。頼んだぞ」
「気楽に言ってくれる。奴の結界なら破れるかどうか、全力攻撃をしてみるが・・・おい、騎士団長はどうした?」
「騎士団長殿は戦死致しました。宰相閣下が指揮を執っています」
「宰相閣下、何を言っているんだ。宰相閣下がこんな所へ来る訳がないだろう・・・おい! 騎士団長が戦死だと! 嘘じゃ有るまいな!」
* * * * * * *
「兄貴、兄貴。何やら応援が来た様ですが様子が変ですぜ」
「ああ~ん、様子が変とは何だ」
「回りを囲んでいた兵隊達が半分引き上げましたぜ」
「それと兵隊じゃない奴等が大勢来て、楯の後ろに集まっています」
兵隊じゃない奴等の言葉に興味を引かれ、のそりと起き上がったベイオスは目の前が真っ赤になり〈ドーン〉・・・〈ドン〉〈ドドーン〉と言う轟音に襲われた。
轟音は一度で終わらず、〈ドカン〉〈ドンドンドン〉〈ドシーン〉と続き、一瞬の間を置いて〈ガラガラドーン〉〈パリパリドーン〉と閃光と落雷音が続く。
「休むな! 連続して攻撃を続けろ! あの結界を破れ!」
魔法部隊の一斉攻撃を目の当たりにした宰相が、髪を振り乱して攻撃続行を命じる。
「煩いなぁ、少し黙らせるか」
「おっ、兄貴やっちゃって下さい」
「奴等を吹き飛ばしてやれ!」
「偉そうにしている奴は居るか?」
「ちょと遠いですが、ライトが沢山浮かんでいる所でどうですか」
「なんか手を振り回して喚いているようですが」
「何だ、阿波踊りでも踊ってんのか。同じ阿呆なら死ななきゃそんそんとな」 (我が願いを受け、雷撃を落とせ!)〈行っけぇー〉
二度目の火魔法部隊の攻撃が終わり、土魔法と氷結魔法部隊の詠唱が始まった時〈バリバリバリドォーン〉と閃光と轟音が襲った。
横に隊列を組み詠唱を始めた後方に落雷が落ち、衝撃で前に吹き飛ばされる。
その後ろに居た者達が吹き飛ばされたり落雷の直撃を受け黒く焦げ煙を噴いて倒れている。
「凄ぇぇぇ、兄貴は雷も落とせるんですか」
「ハッハ、吹き飛んだ奴もいますぜ」
「もう一発喰らわしてやりましょうや」
「ん・・・なんか馬車が来たけど何だありゃ」
「雷を落としたところへ馬車を呼んでいるぞ」
「多分治癒魔法使いだろうな、目の前で治癒魔法使いが死ねば奴等も嬉しかろう」
落雷の落ちた少し向こうで止まった馬車を狙い(我が願いを受け、雷撃を落とせ!)
広場に到着する前から爆発音や破壊音雷撃音と続き、戦闘中な事に緊張が走る。
「リンディ様もリンレィもフードを深く被っていて下さい」
二人に注意している時に全身の毛が逆立つ気配に、二人の腕を掴んでジャンプ。
窓から見えていた、ほんの数十m先を目指してジャンプした瞬間、馬車を〈バリバリバリドォーン〉と轟音と閃光が襲いバラバラになって吹き飛んだ。
「そんなぁ~、あの馬車は王家の馬車だぞ」
「どうする、宰相閣下は・・・」
「治癒魔法使いがどうして来ない!」
「攻撃を受けてから呼びに行ったんだぞ。魔法部隊が漸く来たところだ、当分無理だな」
「大丈夫ですか?」
「今のは?」
「転移魔法です。ユーゴ様から教わっていたのが役立ちました」
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