第156話 ベイオス無双

 「お呼びでしょうか、宰相閣下」


 「うむ、王家に逆らった屑の居場所が判った。その方達は兵を率いて屑を捕らえてこい。魔法部隊は包囲を敷き騎士団の援護を命じる」


 「宰相閣下、未だ居場所は特定されていません。立ち寄り先が判ったに過ぎません」


 「判っている! 警備兵を伏せて件の場所を監視させろ! 見つけ次第お前達が捕縛に向かえ」


 コランドール宰相の命令に魔法部隊60名と、王国騎士団150名の精鋭が選りすぐられて待機に入った。

 フェルナンド男爵が知らせてきたバスカル通りの娼館花と蜜周辺には、100名近い数の警備兵が私服姿で張り込みを開始した。


 多数の人員を配置すれば目的の男に悟られるので、ごく少数のベテランを配置する様にと宰相閣下に進言したが、警備隊長の願いは宰相の一喝により、数を増やされただけだった。

 「決して逃がすな」の一言を添えての命令に、逆らう事が出来ずに引き下がった。


 * * * * * * *


 バスカル通りとその周辺の路地や街角に私服の警備兵が立ち並ぶ中、ほろ酔いのベイオスと腰巾着二人がのこのことやって来た。

 だが陽も落ちて暗いとは言え、異様なほどに人が多く通りの遥か手前からも異変が判る。


 「ヘブンの兄貴、ちと様子が変ですぜ」

 「制服じゃねえが、町の警備兵じゃないですかね」


 「ふん、警備兵・・・マッポが恐くて酒が飲めるか」


 「兄貴! まぽが何か知らねぇが、此処は引き返した方が」

 「兄貴騒ぎになると何かと遣りづらくなるので、此処は引き返して飲み直しましょうや」


 「まあ良いだろう。あの猫野郎をぶち殺す迄は静かにして・・・」


 「いけねぇ。向かって来やがるぞ」

 「兄貴、ずらかりやしょうぜ」


 「路地に入れ。行き先はリンガル通りだ、道を間違えるなよ」


 横道に入り暗がりに身を潜めて追跡者を待つ。

 数名の男達が迷わず横道に飛び込んで来ると、ベイオスは〈神の御業を我の力と成せ、アイスランス〉〈ハッ〉と掛け声を掛ける。

 その掛け声が連続すると、ベイオス達を追う者達は〈エッ〉とか〈なっ〉と小さく呟いてその場に崩れ落ちた。


 「流石はヘブンの兄貴、警備兵をあっさりとかたづけちまったぜ」


 〈ふん〉と鼻で笑って歩き出すベイオスの後を、腰巾着二人が憧れの目で見ながらついていく。


 ベイオスを追い、横道に駆け込んだ彼等に遅れまいと仲間の警備兵が殺到したが、倒れた仲間に躓き倒れる。


 「何だ・・・? 糞ッ、殺られているぞ!」

 「奴に違いない。直ぐに知らせて応援を呼べ!」

 「こっちは未だ息が有るぞ。ポーションを持って来い!」

 「見失うな! 呼び子を吹け!」


 呼び子の音がそこ彼処から鳴り響き、ベイオス達の後を追う者と先回りをしているのか周囲からも聞こえ始めた。

 暗がりを歩きながらリンガル通りを目指すが、時々追跡者を倒しながらなので歩みは遅い。


 「兄貴・・・完全に囲まれていますぜ」


 「心配するな。俺には結界魔法って奴等には破れない魔法が有る。どんなに数が多くても逃げるのは楽勝さ」


 「流石は兄貴、何処までもお供しやすぜ」

 「ああ、兄貴に従っていれば酒も女も不自由はないからな」


 * * * * * * *


 「隊長、もう30人以上やられています。これ以上だと・・・」


 「馬鹿! 応援が来るまでは絶対に見失うな! 宰相閣下、ランバート・コランドール殿下のご命令だ。しくじれば本当に首が飛ぶぞ!」


 「こんなに大勢で見張れば、馬鹿でも気付くよな」

 「ああ、それでも見張れってよ」

 「いったい何人やられたんだ?」

 「皆魔法でやられているそうだぞ」

 「氷結魔法の使い手だと聞いたけど」

 「恐ろしく腕が良くて、連続して射ってくる様だ」


 ベイオスらしき人物を追い始めてから30分以上経って、王城に警備隊からの急報が届いた。

 騎士団や魔法部隊の隊舎では就寝前の一刻、のんびり寛いでいたが知らせと共に蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。


 「選抜者は戦闘準備! 相手は魔法使いだ気を抜くな」

 「急げ! 準備が出来た者から隊舎前に整列!」

 「馬を引け!」


 「場所は何処だ?」

 「ブルンド通りと聞いております」


 「その近くに広い所はないか? 街路では凄腕の魔法使い相手では不利だ」


 「この暗さでは、弓兵も使えません!」


 「ブルンド通りの近くに広場が有ります。昼間は市場になっていますが夜はがら空きです」


 「伝令を出して、その広場に誘導する様に伝えろ」


 「第三中隊準備完了しました」

 「第一中隊準備完了!」

 「第七中隊準備出来ました!」


 「準備出来次第、各中隊単位でブルンド通りに向かえ。警備隊の者が奴の後を追っているはずだ」


 「魔法部隊の者は未だか?」


 「只今馬車の準備を急がせています」


 * * * * * * *


 「宰相閣下、件の男を見つけた様です」


 「では手筈通り騎士団と魔法部隊で捕らえてこい」


 「フェルナンド男爵に知らせなくて宜しいのでしょうか」


 「何度も言わせるな! あんな虚仮威しの魔法使いに頼るな! 奴は冒険者上がりで、野獣討伐には長けているがそれだけの男だ。そんな者に頼らなくても我が捕らえて見せる。そうだな我の馬を引け、宰相たる我が自ら賊を捕縛する指揮をしてくれん。父王陛下も、それを知ればお喜びになられるだろう」


 * * * * * * *


 「兄貴、ひとまず近くの家に押し入りましょう」

 「警備兵の数が多すぎですぜ」


 「だな。待ち伏せを受けた様だが、攻撃してこないのは何故だ」


 「兄貴、此の家にしましょうや」


 「駄目だ、そんな所に籠もったらそれこそ袋の鼠になるぞ。結界を張るので広い場所は無いか?」


 「昼は市の立つ広場がこの先にありやすぜ。其処で良いですかい」


 「おう、見晴らしの良いところなら攻撃し放題だからな」


 * * * * * * *


 ベイオス達が人気のない広場に半球状の結界を張り一息ついているところへ、馬蹄の響きが殺到して来た。


 「王国騎士団第三中隊の者だ! 賊は何処だ」


 「糞っ、今頃のこのこお出ましか! 此方だ! 知らせを出してから2時間以上何をしていた!」


 「何おぅ、我々を愚弄する気か!」


 「おのれ等がのんびりしているせいで、俺達は50人以上が死傷しているんだぞ。さっさとお望みの獲物を片付けろ!」


 「それはどう言う意味だ!」


 「おのれ等は馬鹿か! 私服で丸腰の警備兵に凶悪犯を逃がすなだ、広場に誘い込めだと好き勝手を抜かしやがって!」

 「俺達は死ぬ為に集められたのかよ!」

 「偉そうに言ってないで奴を殺せ!」

 「お前等のお望み通り広場に追い込んだのだからな。後はおのれ等の仕事だ!」


 普段下に見ている警備隊の者達に、侮蔑混じりの叱責を受けて頭に血の上った中隊長は、示された広場の結界に攻撃を命じた。

 部下を引き連れて、馬蹄の響きとともに結界に突撃して打ち破ろうとしたが、強固な障壁に弾き返され落馬して唸る羽目になった。

 その間に続々と後続の部隊が到着して、騒然とする中で結界を破れずまごつく部隊を下がらせ、後続の部隊が配置につく。


 「凄ぇ、騎士団の突撃を跳ね返したよ」

 「流石は兄貴の結界魔法だ、騎士団の野郎共が地べたに這いつくばっていますぜ」


 「ちと煩いな。少し黙らせてやるか」


 遅れて到着した騎士団長は、結界の側で無様に倒れてる騎士達を呼び寄せ「命令もなく何を遣っていると」叱責する。


 「はっ、高々あの様な結界など騎馬の突撃で破れると思いましたが・・・」


 「思いましたが、その様か。奴は優れた魔法使いだと教えていたはずだ。お前達は控えにまわれ!」


 「防御用の楯を配置しろ。魔法部隊は未だか!」


 「何をしている。さっさと片付けろ!」


 「宰相閣下、何故此の様なところへ」


 「王国に逆らった魔法使いなど、我が踏み潰してくれよう。のんびり楯など並べてないで騎士団の突撃で踏み潰せ!」


 「先程騎士団が突撃いたしましたが、強固な結界魔法にて弾き返されました。それより此処は奴の潜む場所から近すぎるので、お下がりください」


 「我はその様な臆病者ではないぞ」


 〈ドカーン〉〈バキー〉〈ギャー〉〈ウオーォォォ、攻撃だあぁぁ〉〈逃げろー〉


 「はっははは、凄ぇぇぇ。見なよ兄弟」

 「ああ、糞偉そうにしている奴等が吹き飛んでいるぜ」


 「宰相閣下、此処は危険ですお下がりくださ・・・〈ウッ〉」


 〈ドカン〉〈ギャー〉〈伏せろー〉


 騎士団長の声は途中で消え、彼の胸からはアイスランスが突き出していた。


 胸から突き出たアイスランスと、口から血を吐き崩れ落ちる騎士団長を目のにし、腰を抜かした宰相をお供の者が引き摺って下がる。

 結界を包囲していた騎士達が慌てて包囲の輪を下げて陣形を組み直すが、十数名が倒れていて、転がる楯にはアイスランスが深々と突き立っていた。


 「魔法部隊は未だ来ないのか?」

 「あんな魔法使いだとは聞いてないぞ」

 「見ろよ。あの分厚い防御用の楯を易々と貫いているぞ」


 「ふん。見かけ倒しな奴等だな。俺は少し休むから、奴等が近づいて来たら起こせよ」


 流石にこうも連続して魔法を使うと魔力切れの心配が出てきたが、結界には絶対の自信がある。

 何せ野外訓練から逃走した時に、結界に対しアイスランスの全力攻撃と雷撃魔法を加えて強度を確かめている。

 それに王城での訓練に際し、魔法部隊が自分の作った結界をどうしても破れずに、最後は攻城兵器を持ち出したがどうにもならなかったのを知っている。


 魔法部隊のお偉いさんも、おれの結界魔法は賢者に劣らないと言っていたからな。


 しかし賢者か、あの猫野郎が賢者と呼ばれているとはな。

 魔法部隊の指導係の奴等が、休憩時に賢者の話をしていたのが気になり聞いてビックリ。

 猫人族にして鈍い銀色の毛並みに縞模様、目の色は赤銅色ってまんま奴の事だった。

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