第139話 デリスの事情

 金貨をつまんでマジックポーチに放り込む度に、金貨を捕らえて放さない目に失望の色が浮かぶ。


 「この金貨はお前達のポーション代なんだけどなぁ~。俺に勝つ気なら必要無いって事だよな」


 〈どうした! お前達がやらないなら、俺達〔オークの角笛〕が代わってやるぞ!〉

 〈金貨を積まれてて引き下がるとは、腰抜けにも程があるぞ!〉


 「おっ、弱いのが偉そうに。なんならお前達を纏めて相手してやろうか。どうせゴブリン程度の力量なんだろう。漸くブロンズに上がれた様な感じだし」


 〈ギルマスを呼べ! 猫の仔と模擬戦だ!〉

 〈叩きのめして金貨は頂きだ!〉


 〈まてまて、俺達血煙の剣が相手だぞ〉


 「所詮ゴブリンの群れと同じ弱い群れだろうから、纏めて相手をしてやるよ」


 〈おいおい、単純な奴等だな〉

 〈間抜けにも程があるって言う奴等だぜ〉

 〈どう言う事だ?〉

 〈お前は王都に来て間がないだろう〉

 〈王都に長くいる奴は「鈍い銀色の毛並みに縞模様、目の色は赤銅色の猫の仔には絡むな」と言う言い伝えが有るのさ〉

 〈時々ギルドに現れるが、奴に絡んだ者は全て返り討ち〉

 〈どうしてよ。見たところ護衛の様な男が一人だけだぞ〉

 〈はっ、護衛なんているかよ。奴一人の方がもっと危険だぞ〉

 〈皆に嫌われている奴等は教えて貰えず、絡んで返り討ちになるってな〉


 あららら、外野の声に、奴等の闘争心がみるみる萎んで消えていく。


 「どうした? ん、お前がなんで此処に?」


 ギルマス登場ってか、迷惑そうな顔を隠そうともしない。


 「ああ、血煙の剣とオークの角笛って奴等が、俺との模擬戦を所望だ」


 「お前とか?」失笑気味に問いかけて来るギルマス。


 「ああ、俺も是非此奴等とやりたい気分でな。逃がす気はないぞ」


 ギルマスとの遣り取りを聞いて、闘争心が消滅したのか小さくなっている。


 「あのギルマス、俺達はそんな気は・・・」


 「こら! さっきまで勢いはどうした。俺の知り合いを甚振ってくれた礼をしなきゃな。それとオークの角笛と抜かしたな、新人を食い物にする奴を見逃す気はないぞ」


 やる気の無い奴を模擬戦に引きずり込むのは御法度、ならドラゴンメンチを一人一人にきっちり浴びせて行く。

 奴等の傍に居たギルマスが、飛び下がりながら腰の剣を引き抜いている。

 一人一人にドラゴンメンチの威圧を与えているが、一点集中のピンポイント威圧の練習が必要と痛感。


 〈ヒッ〉とか〈エッ〉とか言って腰砕けになったり失神したりと、15人全員がお漏らしをしたり、震えて歯の根も合わない奴や泡を吹いたりしている。

 ドラゴンの威圧をたっぷり与えてからギルマスに向き直ると、剣先を俺に向けている。


 「ギルマス、俺と遣り合う気なの?」


 「あっ・・・いや、お前の威圧につい」


 「えっ、ギルマスに威圧は向けていないよ」


 「あれでか? 心臓をわしづかみにされたかと思ったぞ。ギルド内で余計な事をするな!」


 「此奴等が逃げ腰になったらギルマスが止めるだろう。王都の外なら殺して終わりだが、ギルド内ではそれも出来ないので脅しただけだよ」


 「恐ろしいことをさらっと言うな。それで今日は何の用だ?」


 「野暮用が出来たので、出直して来るよ。来いよデリス」


 今にも倒れそうなデリスを、辻馬車に押し込んでアパートへ戻った。

 満足するまで食事を与えベッドに放り込むと、ファランナに彼の疲れが回復するまで面倒を見てやってと頼む。


 「デリスと言ったな。訳有りか」


 居間で酒を酌み交わしているとぼそりと聞いてくる。


 「デリス・カンダール。元カンダール伯爵家の五男坊だ。騎士団長が此処へ来て半年ほどの時に、リンディが治療依頼を受けて治療したのがデリスだ。その時必要になって再生魔法をリンディに教えたが、それが騒ぎの発端になりカンダール伯爵は爵位剥奪国外追放。カンダール家は子爵に降格後嫡男が後を継いだはずだ」


 「そんな騒ぎになっていたのか」


 「ほぼ一晩で終わったし、貴族街の中での事だったからな」


 伯爵邸に乗り込んで暴れたと知ったら、ホリエントなら見物出来なかった事を悔しがるに決まっている。


 「それなら表には漏れないな」


 「必要に迫られてデリスの腕を切り落としたが、後の再生はリンディに任せていた。あれから丁度一年になるが、腕の再生が終わってから家に帰っていたはずなのに、何故冒険者をやっているのか」


 「そりゃー、家を放り出されたに違いない。理由は知らないが、冒険者になる者は次男三男以下の厄介者が多いと聞くぞ」


 「子爵に格下げされようとも貴族だぞ。それ迄は高い治療費を払ってまで助けようとした者を、放り出すか?」


 「嫡男が後を継いだのだろう。兄弟仲が悪いのなんてザラにある話だ。貴族の当主ともなれば、家族の追放なんて簡単だぞ」


 言われてみれば確かにな。

 俺なんて自分達の犯罪を隠す隠れ蓑に、犯罪者の汚名を着せて奴隷かあの世行きにされそうになっていたからな。

 ハリスン達も家から放り出された口で、金を稼いで王都に戻っても家に寄り付きもしなかったな。


 それでもデリスの事情は知っておくべきかな。

 食べて寝る生活が三日も続けば、流石に疲れは取れたのが起き上がれる様になったデリス。

 礼を言うのを遮り、何故冒険者になっているのかを尋ねた。


 ロスラント邸で腕の再生を終わらせたが、カンダール伯爵の騒ぎで家に帰れずに子爵邸にいた。

 その間に再生された腕を動かす訓練を続けていたが、領地替えや王都の屋敷が子爵邸へと変わり、そのゴタゴタで家に帰れたのが去年の暮れだった。

 ロスラント子爵様が伯爵に陞爵した時だった。


 何とか腕も動く様になったが家に帰ると、父の追放と子爵降格は自分が怪我をした為に起きた事だと責められた。

 その上授かっている魔法も碌に使えず、家の役に立たない疫病神と言われて一月の半ばに、貴族街から放り出された事。

 その際に領地に戻ることも家名を名乗ることも禁じられて、僅かな金と剣を投げ与えられたと言った。


 嫡男以外は家の為に尽くすのが貴族の一員、訓練中の怪我は不可抗力だし伯爵が国外追放になったのは伯爵の暴走のせいだ。

 騎士団の一員か自分達の護衛に仕立てることもせずに、八つ当たり的に放り出したのかな。

 まっデリスのお家の事情はおいといて、気になる事を確かめにロスラント伯爵邸に出掛ける。


 伯爵様とリンディからデリスに対する彼此を聞き、ヘルシンド宰相にお手紙を認めた。


 * * * * * * *


 ヘルシンド宰相からは、日付と出席が決まれば連絡をすると返事が来た。


 返書を見ながら、デリスの今後を考える。

 そう言えば魔法を授かっていると言ってたなと思い出し、デリスに断り(鑑定!・魔法とスキル)〔生活魔法、火魔法・結界魔法、長剣スキル、魔力79〕


 「デリス、家を放り出された者においそれと仕事はない。何処かの騎士団か商人の護衛程度だが、年も若いし経験もないので冒険者になるしかなかったのだろう。望むならロスラント伯爵様の所を紹介するが」


 「いえ、家を放り出された私を雇えば、何時どんな問題が起きるか判りません。このまま冒険者を続けようと思っています」


 酷い目に合っても冒険者になる道を選ぶか。

 下積みを経験せずに冒険者になった者は少ないと聞く、コークス達の様に親切な者に出会えば良いが、そうそう幸運には出会えない。

 幸いデリスは魔法を授かっているし、俺も暫くは暇なので少し魔法の手ほどきをしてやるか。


 「デリスは魔法が上手く使えないと言ったが、誰に教わったのだ」


 「魔法部隊の火魔法使いに教わりましたが、魔力を練り、アッシーラ様に願いて魔力を魔法に乗せると言われて、詠唱を教わりました。教わった魔力溜りから魔力を導くのが上手く行かず、時たまファイヤーボールが出現するだけでした」


 貴族の五男坊とはいえ、自分より魔法が使える様になればゆくゆく自分の上司になるだろう。

 そうなれば自分の立場が低くなると考えて教えなかったのか、それとも魔法に対する無知故か好い加減極まりない教え方だ。


 「冒険者を続けるのであれば、暫く俺が魔法の手ほどきをしてやるが、条件が一つ」


 「ユーゴ様自ら、手ほどきをして頂けるのですか?」


 「教えた事や知り得たことを他人に喋らないと約束出来るのならな。特に俺の傍にいれば、知らなくて良いことも見聞きする事になるからな。俺の事を知りたがる奴は多いので、お前が漏らす一言が命取りになる事もあると思って返事をしろ。と言っても、命取りになるのはお前だからな。命の危険があれば喋っても良いが、喋る内容には少し嘘を混ぜて真実の肝心な所を少し抜いて喋れば良い」


 「お願い致します! ユーゴ様が言われた事は必ず守ります!」


 「良いだろう。先ず教えられた詠唱は忘れろ、と言うか必要無い。時たまにでもファイヤーボールが出来たのなら、詠唱を唱えなくても魔法は使えるからな。それと魔力操作から教えるが、俺が許すまで魔法を使おうとするな。ファイヤーボール一つ作る事も禁止だ」


 ホリエントを呼び、デリスの対人戦訓練をお願いすると同時に短槍の扱いも仕込んでと頼む。

 冒険者なら剣より短槍の扱いが大事だから。


 何時もの空き部屋で、革製の袋竹刀を持たされて訓練が始まったが、本気で叩かれて硬直している。


 「どうしたデリス! 実戦を想定してだぞ。野獣は手加減してくれないぞ、殴り返せ!」


 ズタボロにされて身動き出来なくなったら、俺が(ヒール!)の一言で回復させる。

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