第127話 生け捕り
早朝、王国騎士団の副団長に率いられた一団が、ギラン達を引き取りに来た。
副団長の顔を見たギランが、ニヤリと笑い俺の方に向き直る。
「世話になったな、この礼は必ずするぞ」
「ぷっはっ。がに股で、この礼はって」
「玉が潰れて歩き辛いだろうに・・・」
「いやいや、此れでも格好つけて意気がっているのだから」
「ユーゴの性格を知らないから、呑気だねぇ~」
「ギラン、もう一度蹴ってやろうか」
「抜かせ! 己も直ぐに泣きを入れる事になるさ」
「あ~、ギラン・・・伯母さんだっけ? お前が悪さをするものだから、心労で倒れたそうだぞ」
俺の言葉に怪訝な顔になるが、意味を理解して目を見開く。
「それと、王国騎士団の騎士団長やお前の取り巻き達を隔離しているってさ」
ギランとお仲間達の顔色が見るみる悪くなっていく。
「そういう訳だから、お前からのお礼を受ける事は出来そうもないな。運が良ければ死ぬまで鉱山奴隷かな、頑張れよ~♪」
「良かったなぁ~、お前。ユーゴを怒らせて、金貨を300枚を取り上げられないのはお前が初めてだぞ」
コークスの言葉にどっと笑いが巻き起こる。
* * * * * * *
去年の薬草採取から一年、新たな夏を迎えてコークス達がシエナラに戻る準備を始めた。
ハリスン達には帰るのを少し遅らせてと頼み、リンレィの治癒魔法練習に協力して貰う事にした。
騒ぎの間も水球作りを続けたリンレィは、現在水球を17個作れる様になっている。
彼女の魔力は57なので、水球一つ作るのに魔力を3.3ちょい使っている事になるので中々優秀。
魔力を絞る事と水球を打ち出す事を教えたら、本格的な治癒魔法の練習に取りかかる予定。
リンレィの魔法練習の為に王都の外に出るのだが、今回はシエナラ街道方面に向かう。
草深い草原に野営地を作ると、コークス達大地の牙とは此処でお別れ。
四人とも少し上等な冒険者スタイルだが、着ている物やブーツには全て耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能を貼付している。
俺達は4~5日此処でリンレィの魔法練習をするが、コークス達は街道から外れた草原をシエナラに向かう。
ハリスン達と同時にシエナラに帰れば、俺と彼等が合流してシエナラから消えた事を皆知っている。
それから半年以上経ってからだが、俺がドラゴン討伐を成し賢者と呼ばれている事が知れ渡った。
街道を外れて野獣を狩りながらシエナラに向かえば、多少なりとも俺との結びつきを隠せる。
オークションに掛けられたドラゴンも俺の名で出品しているので、直接大地の牙や王都の穀潰しが討伐者パーティーだとは思うまい。
何れは大地の牙の実力が知れ渡るが、その時の為に厄除として俺の身分証を預けておく。
男爵を辞めていたら御免なさいだと、一応断りを入れておいた。
落ち着いたらシエナラに行くので、街の入り口近くに目印が立っていたら何時ものハイドラホテルに泊まっていると伝えて別れた。
「行っちまったね」
「俺も早く帰りたいよ」
「コークス達と帰ると、俺が大地の牙と王都の穀潰しを呼び出した事を覚えている奴等が、騒いで煩くなるぞ」
「そうなんだけどさぁ。勘が鈍りそうで」
「王都もそれなりだけど、俺達は冒険者だからな」
「引退資金はたっぷり有るので、気楽な冒険者ってのを楽しみたいな」
「ユーゴと会った時の事を思えば、今って無茶苦茶気楽だよな」
「その気楽な冒険者稼業の勘を鈍らせない為に、ゴブリンの生け捕りを宜しく」
「はいはい、可愛いリンレィちゃんの為に頑張ります」
「ん、レオナルのお姉さんは?」
「あっちは綺麗なお姉さんだけど、高嶺の花だね」
「そうそう、初めて見た時はレオナルを助けた事を感謝したよ」
「あの糞な護衛達にも、お礼を言いたかったぜ」
ハリスン達がゴブリンを探しに行ったので。琥珀色の結界を張りリンレィに水球を一つ作らせる。
「良いか、今作った水球と同じ物を作って貰うが、魔力を少なくしてみろ。魔力を絞る方法はハティーから教わっただろう」
「でも、今の大きさの水球を作るのが精一杯なんですよ」
「腕から抜ける魔力の流れは判るよな、その流れをほんの少しだけ減らせ。それで水球が出来たら、次はもう少し減らすんだ。魔法が発動しないギリギリを知っておかないと、治癒魔法を使えても軽い怪我しか治せないぞ。リンディは水魔法が使えないので、魔力の調整には手子摺っていたからな。その点リンレィは水魔法で魔力の流れを調整出来るので早く覚えられると思うな」
水球を10個作っところで止めさせ、お茶を飲みながら可哀想なゴブリンの到着を待つ。
何時もの様にテーブルを出してのんびりしていると、多数の人の気配を感じる。
王都周辺には大物の獲物は少ないので索敵をしていなかったが、気配から真っ直ぐ俺達の所へ来ている。
〈ほほぅ~。見事な結界だな〉
〈お嬢ちゃんと二人、のんびりお茶とは優雅じゃねえか〉
〈兄さん、すまねぇが俺達にもお茶をいっぱい飲ませて貰えないか〉
薄汚れた冒険者と言われても可笑しくない男達が八人。
精一杯優しく言っている様だが目付きが悪すぎるし、リンレィを舐め回す様に見ている。
リンレィに相手にするなと目配せをして、お茶を飲む。
〈おい、聞こえねえのかよ!〉
〈すかした奴だな、おい兄ちゃん返事をしろ!〉
〈薄汚い猫のくせに、俺達を舐めているのか〉
ここ暫くは王都の冒険者ギルドに顔を出して居なかったので、見知らぬ奴も増えた様だ。
〈おらっ、糞猫野郎! 返事をしろって言ってるだろうが〉
〈お姉ちゃん、顔をよく見せなよ〉
〈そんな柔そうな猫の仔より、大人の魅力を教えてやるぞ〉
〈ブーッ〉とお茶を吹いてしまった。
〈おっ、聞こえているのに返事をしなかったのか〉
〈俺達〔風の牙〕を舐めてるな〉
〈この結界を外せ!〉
「煩いよ。大人の魅力って、薄汚れたのが大人の魅力かよ。お前達にはゴブリンの雌を相手にしている方がお似合いだよ」
「結界の中だからと意気がっていると、怪我をするぞ。この程度の結界なんぞ叩き壊すのは訳ないからな」
「やってみれば、まぁ無理だろうけどね。言っておくが俺にも仲間が居るんだ、そいつ等が帰って来る前に消えな」
〈仲間だってよ〉
〈居るのなら呼んでみろよ〉
〈面倒だ、此奴をぶち壊そうぜ〉
〈おお、ちんらたしていたら邪魔がはいらねぇとも限らないからな〉
〈ちょっとおぼこいが、一応女だ〉
〈見ろよ、猫の仔の癖に良い物を着ているぜ〉
〈たんまり持っていそうだな〉
〈今日はついてるぜ〉
あららら、本性を隠す気が無くなったな。
〈オラッ〉
掛け声と共に〈ゴン〉とか〈キイーン〉とか擬音が響きだしたが、ドラゴンでも破るのは無理。
と言うか適当に張った結界だが、魔法部隊の全力攻撃でも無理なんだけどなぁ。
「ユーゴ様・・・」
「大丈夫だよ。こんな屑共に壊せるほど、柔い結界じゃないからな」
さて、どうしてくれ様か。
リンレィの目の前で殺せば怯えてしまうかも知れない。
かと言って、このまま放置するには先程の台詞が気に入らない。
落とし穴に落として蓋をしても、後々気に病まれても困る。
悩んでいると、索敵に引っ掛かった。
数は五人に・・・ゴブリン二匹かな。
目の前で結界を攻撃している奴等が後ろに気付かない様に、飲みかけのカップを掲げて笑ってやる。
揶揄われていると思い、いっそうムキになって結界を攻撃しはじめた。
草叢の陰からハリスン達が顔を出し、結界を攻撃している奴等を呆れ顔で見ている。
「ユーゴ様、ハリスンさん達です」
助けが来たと嬉しそうな、リンレィの表情を見て訝しがる風の牙の面々。
気配を殺したハリスン達が、奴等の背後に立つが全然気付かれない。
もう一流の冒険者と言っても差し支えないな。
などと感心していると、ルッカスが後ろから男の一人を蹴り飛ばす。
〈ウォー〉と叫ぶとともに〈ゴン〉と結界に顔からぶち当たる。
「誰だ! てめぇらは・・・?」
「誰だてめぇらはって、後ろに立たれても気付かない間抜けにいわれてもねぇ~」
「それに、誰を相手にしていると思っているの」
「ユーゴ、何を呑気にお茶なんて飲んでいるのさ」
「此奴等って何?」
「あ~・・・風の牙って言ったかな。ちょっと俺達を獲物と勘違いしている様なので・・・」
〈糞ッ! やっちまえ!〉
一人が叫びながら腰の剣を抜くと、それぞれが結界を攻撃していた得物でハリスン達に襲い掛かった。
あららら、俺が居るのを忘れたのかな。
俺って結界だけじゃなく、攻撃も出来るんだぞ。
「あぁ~、生け捕りでお願いね」
「おいおい、ゴブリンの次は薄汚れた冒険者かよ」
「ユーゴって相変わらず人使いが荒いよな」
「てか、こんなへっぴり腰でよくもユーゴに絡んだよな」
それこそ、あっという間に八人を叩き潰して縛り上げている。
「随分手慣れてきたねぇ」
「面倒事を人に押しつけるのも手慣れているよな」
「そうそう、ユーゴの得意技だぜ」
「で、此奴等を捕まえてどうするの?」
「あ~、さっき『ちょっとおぼこいが一応女だ』とか『たんまり持っていそうだな』『今日はついてるぜ』なんて言ってたからね」
「それじゃあ、持ち物を確認しなきゃね」
「万年ブロンズで、時々野盗って所かな」
「王都の冒険者ギルドにこんな奴居たかなぁ?」
「長らく王都を離れていたし、この間ちょっと顔を出したけど食堂には行かなかったからなぁ」
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