第97話 陛下の悪戯

 陛下がクスクスと笑い出し、傍らに控える宰相が哀れむ様な目で大使を見つめている。

 笑われて顔を朱に染めて抗議する大使。


 「国王陛下と謂えども、失礼では有りませんか」


 「いや、確かにな。見たいのならお見せしよう」


 広間の大窓の傍らに立つ騎士に頷くと、騎士が大窓を開けて一礼する。


 「そこを出れば通路になっている。通路に出て左側に騎士が立っているので、行かれるがよい」


 陛下の声を聞き貴族達が窓際に殺到するが、広間の明るさに遮られて暗い外がよく見えない。


 〈何か・・・騎士の前に〉

 〈よく見えないぞ、ライトを灯せ!〉

 〈何か置かれている様だが・・・〉


 「騎士達にライトを灯せと命じろ、サンモルサン王国の大使殿が、ドラゴンを御検分下さるそうだ。傷だらけかどうかご自分の目で確かめられよ」


 国王にそこまで言われては行かぬ訳にもいかず、騎士の開けた大窓に向かった。

 外に出て左を向くと、騎士達の灯したライトの明かりに浮かび上がった物を見て硬直してしまった。


 石畳の上、ドラゴンは大使に向かって置かれていて、騎士達が灯したライトの明かりに浮かび上がり不気味である。

 大地に伏せた状態だが角の間から突き出たストーンランスが一際大きな角に見えその巨体と相まって恐怖に震える。


 〈見て、ドラゴンよ!〉

 〈馬鹿な!〉

 〈オイ、もっと明かりを!〉

 〈退け! 見せろ!〉

 〈外に出ろ! 窓を開けろ!〉


 〈安全の為に開けられません。開かれた窓からお願いします〉


 開けられた窓に殺到する人々を見て陛下が笑っている。

 絶対に判っていて揶揄っているのだろう、暗がりの通路に置かせたのもその為に違いない、大使の驚いた様子に満足気だ。


 大使の後に続いて大窓を出た貴族やご婦人方も、ドラゴンに向かい合って動きを止め唸る者や腰が引けてしまう者と様々で有る。

 外に出た者がそれぞれにライトを浮かべるので、ドラゴンの周辺が昼間の様に明るくなり、その巨体と威容に恐れて静かになっていく。


 やれやれと思いグレンを見ると、肩を竦めて首を振っている。

 小さいとは言え、先にドラゴンを売っていたらどんな騒ぎななった事やらとお互い苦笑い。


 「オンデウス男爵、何やら意味有り気だな」


 「陛下、小さいドラゴンが別に一頭御座います。フェルナンド男爵の討伐したドラゴンの披露目が終わるまで、ギルドに売るのを待っていたのですが・・・」


 「待て! もう一頭ドラゴンが有ると申すのか」


 「ドラゴンと申しますか、ユーゴに言わせると小さいので蜥蜴だそうです」


 「小さいとは?」


 「11メートル前後かな、ランク12のマジックバッグに収まったからね。依頼とは別物で、グレン達の獲物ですよ」


 「オンデウス男爵達とは?」


 「当然一緒に行った冒険者達ですよ。俺は依頼のドラゴン以外狩っていません。グレン達は薬草採取だけでなく、帰りには野獣も相当数狩っていたな」


 「それは、コッコラが献上したゴールデンゴートもか?」


 「馬車を借りていたお礼に、トロフィーにすれば良かろうと思ったので贈る事にしました」


 今度は国王が首を振っている。

 表の騒ぎは一向に収まる気配がなく、腹が減ってきたと伝えると呆れている。


 * * * * * * *


 グレンが陛下の頼みを断れなくて、翌朝俺が預かって居る蜥蜴や野獣を見せる事になってしまった。

 豪華絢爛な元エレバリン公爵の控えの間にお泊まりしたが落ち着かない。

 晩ご飯は豪華な晩餐だったので美味かったが、朝食も王家のメイドの給仕で豪華!

 ちょっと食傷気味で、グレンも胃が凭れると言って元気がない。


 朝も遅い時間になり漸く侍従が呼びに来て、案内された所は例の訓練場だ。

 待ち受ける陛下と宰相の前に、マジックバッグから小さいドラゴンを取り出す。

 陛下が用心して後ろに下がるのが可笑しかったが、素知らぬ顔でポイ。


 前回の衝撃が大きかったので、今回はふむふむと鼻先からじっくりと観察している。

 一回りして、特に雷撃跡や顎下から脳天を射ち抜くストーンランスを繁々と見て唸る。


 「角の雷撃痕はオンデウス男爵のものか?」


 「はい。私と薬草採取を依頼した者達との共同で討伐いたしました」


 「中々の腕揃いの様だな」


 「フェルナンド男爵が同行を求める者達なので、冒険者としてそれなりの腕を持ち合わせています」


 「他にも野獣を多数狩ったと申したが、見せて貰えるか」


 グレンが頷くので、マジックバッグから取り出して並べる。


 七つに枝分かれした角を持つエルク

 漆黒のバッファロー

 レッドホーンディア

 ゴールデンベア

 ブラウンベア

 ブラックベア

 キングシープ

 グレイフォックス

 オークキング

 フォレストウルフ

 ホーンボア

 黒猫で尻尾に白い輪が付いた奴


 グレンが一頭一頭説明している傍らで、暇な俺は欠伸が出る。


 「中々見事だな」


 「はっ、奥地に行きますと、野獣を狩る者が少ないので大きく育つ様です」


 「見事なエルクだな。此れほど見事な角を持つエルクは初めて見るぞ」


 「陛下、それぞれの野獣は全て一撃か二撃で倒されていて見事ですな」


 「ドラゴンを含む此れ等を、買い上げる事は出来るか?」


 「申し訳ありませんが、私の一存では答えられません」


 「陛下。グレンは案内人として、俺が雇った薬草採取を依頼した者達と共同で討伐しました。その時の約束で俺が討伐した物以外は、グレンを含む11名で等分に分ける事になっています。それと蜥蜴・・・ドラゴンがオークションに掛けられるのを楽しみにしていますので、此れだけは無理でしょう」


 「それ以外の野獣なら可能か?」


 「それは彼等と相談して決めることですので、私からは何とも」


 「ではオンデウス男爵、七つに枝分かれした角を持つエルクと漆黒のバッファロー・レッドホーンディアの三頭を購いたいので、相談してくれないか」


 見事に一頭しか在庫が無い物ばかりだよ。


 「値は過去のオークションを参考に、二割増しで買い上げよう」


 「承知致しました」


 グレンが即座に返事をしたが、顔がにやけている。

 オークション価格って事は、此の三頭も珍しいか、美味いって事だよな。

 夏の薬草採取の時には、お肉の美味しい奴を重点的に狩ってみるかな。

 取り敢えず全てをマジックバッグに戻して、相談の為に帰る事にした。


 * * * * * * *


 グレンと共に家に戻ると、オールズまで居てどうだったのかと質問の嵐。

 ドラゴンを取り出して貴族達が見た時の騒動をグレンが話すと、大爆笑になる。


 「ユーゴが賢者ねぇ~・・・確かに魔法の事を良く知っているけど」

 「けどよ、土・火・氷結・雷撃・転移・治癒・結界・空間収納だぞ。十大魔法の内八個まで使えるとなると」

 「しかも、それぞれの魔法が見事としか言いようが無い強烈な威力だからな」

 「教え方も上手いしな」


 「それで七つに枝分かれした角を持つエルクと漆黒のバッファローにレッドホーンディアの三頭をどうする? ギルドに渡すか王様に売るか聞きたいのだ」


 「王様はオークション価格の二割増しって言ったんだろう。それならギルドからオークションに出すより高値だと思うぞ」

 「俺は王様に売っても良いな」

 「グレンに任せるよ」


 ヘルシンド宰相に書状を認め、問題の三頭を王家に売ることに皆が同意したので、受け渡しの方法を決めてくれと伝える。

 二日後に冒険者ギルドに使いの者を差し向けるので、お願いすると返事が来たので了解する。


 * * * * * * *


 全員新調服の冒険者スタイルだが、見掛けは薄汚れて見える様に染めて貰っているが、生地が上等なので隠しきれていない。

 足下は新品のブーツなので尚更だ。


 全員の服とブーツに野営時の布団代わりのローブには、耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能を貼付している。

 ハリスン達やグレンは気付いていないが、コークス達がニヤニヤしている。


 「初めて袖を通したが、中々の着心地だな」

 「紋章付きの街着も俺達には上等すぎると思ったが、流石は高いだけはあるなぁ」

 「まさか、お貴族様の着る様な服を着る事が出来るとは思いもしなかったぜ」

 「此れで耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能ってのが付いているのよね」

 「フードを被っていればほぼ無敵だな」


 「お喜びの所を申し訳ないが、俺の防御障壁程じゃないし顔や手は守られてないからな。手は手袋をすれば少しはマシだろうけど、衝撃を吸収しても重さには耐えられないので、岩が落ちてきたら潰されるからね」


 「折角の気分を壊すなよ」


 「でもフードを被っていれば暑さ寒さにも耐えられるんでしょう」


 「その点は快適だよ」


 「汗をかかなくても、氷の入ったエールは飲みたいので頼むよハティー」


 馬鹿話をしながら冒険者ギルドに向かう。


 * * * * * * *


 「おいおい、正面に王家の馬車が陣取っているよ」


 「邪魔だねえ」

 「今日ばかりは仕方がないぞ」

 「そうそう、高くお買い上げ頂く上客だからな」

 「恐っ、皆声が大きいぞ、騎士様が睨んでいるじゃねえか」


 ギルドに入ると受付の者が即座に立ち上がり、「皆さんをギルマスがお待ちです」と言って二階に案内してくれた。

 ギルマスの部屋には如何にも官僚といった雰囲気の男がソファーにふんぞり返っているのを見て、ちょっと嫌な予感。


 「おう来たか。王家から派遣された、解体と剥製製作の責任者だそうだ」


 「て事は、蜥蜴の解体依頼も来ているの?」


 「とっ・・・蜥蜴だと! 王家が保有するドラゴンの解体依頼に来てみれば、蜥蜴等とほざく無礼者!」


 壁際の護衛騎士達の気配が変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る