第61話 異変
午前中に魔力切れ寸前まで標的射撃をして、昼から索敵の練習がてら森の奥へ入る。
グレンは男爵になってからは親子で草原や森に行っているのだが、二人に内緒で索敵を貼付して二週間ほど経つが結構上達している。
冒険者を長くしている者に必要なものを貼付すると、上達が早い様だ。
魔力の使用量も安定してきて、一度の魔法には2/92を使っているので計算上は雷撃魔法を46発射てる。
俺の経験からだと1/92の魔力でも魔法は発現する筈だが、俺もそこまで親切じゃない。
少し考えれば気付くはずなので、グレンの宿題だな。
エレバリン公爵家のその後が気になり、グレンの訓練は三日で切り上げる。
グレンには俺が教える事はもう無いので、以後は自分で考えて訓練をする様にと言っておいた。
* * * * * * *
「エレバリンの周辺で異変が起きているとは、どう言う意味だ?」
「あの男の右腕である、ベクシオン伯爵の死亡届が出されました。死因は食中りだそうです」
「食中りだと? 不審死だと言っているのも同然ではないか」
「届けによりますと、寝室で亡くなっていたそうです」
「寝室で食中りか・・・随分苦し紛れな報告だな」
「問題は此処からです。死亡した日付の三日前からベクシオン伯爵の姿が見えなかったと送り込んでいる者から報告が来ています。それとエレバリン公爵が弔問に訪れていません。嫡男もです・・・代理の者すら姿を見せていないようです」
「それが本当なら、エレバリンにも異変が起きていると思って間違いないな。送り込んでいる者達からの報告はどうなっている」
「厩番と警備兵しか送り込めていません。メイドですら徹底的な調査と監視下に置かれるので無理でした」
「では呼び出せ! フェルナンド男爵の事について、聞きたい事が有ると言ってな」
コランドール国王からの呼び出しは、混乱の始まりとなった。
国王陛下の使者が陛下の命を伝えると、エレバリン公爵は嫡男の乱心により死去した事を告げられた。
嫡男も護衛の騎士により斬り捨てられて死亡した為に、只今その後始末に追われていて陛下の要請に応えられないと、公爵夫人が使者に頭を下げる。
事の重大さに使者の男は大慌てで王城に引き返すと、宰相の元へ走る。
「その話は本当か!」
「エレバリン公爵夫人から告げられましたが、公爵夫人も背後に控える執事も喪服姿でした」
ベクシオン伯爵の死と相前後してエレバリン公爵と嫡男が死んだ、死亡届の三日前に死んでいたとなれば、何故死亡届が遅れたのか。
エレバリン公爵に至っては使者が行くまで報告すら来ていないが、夫人も執事も喪服姿だったのなら、前日かそれ以前に死んでいたとしても不思議ではない。
ヘルシンド宰相は、急ぎ国王陛下の下へと報告に向かう。
「どう思う?」
「別の場所で同時期に三人が死亡して、どちらも報告が遅れたり使者が行くまで判らなかったとは、余りにも不自然すぎます」
「エレバリン公爵夫人と執事を呼び出して、徹底的に調べろ! それとユーゴ・・・フェルナンド男爵の申していた騎士団長とやらは見つかったのか」
「未だで御座います。王都の一領民となれば人一人捜し出すのはなかなかに難しく。ましてや王都に居るのかすら判っておりませんので」
「まぁ良い。エレバリン公爵家の力を削ぐ良い機会だ、当主の死亡と嫡男乱心の報告が遅れた事を厳しく追及しろ。嫡男乱心で当主殺害となれば詳しく調べる必要がある。ベクシオン伯爵の方は死亡届が出たが、弔問の使者は送るな。爵位継承の願いが届くだろうが当分放置しろ。取り巻き達で特に反抗的だった奴等を、締め上げる良い機会だ一人ずつ呼び出せ!」
「御意」
* * * * * * *
貴族社会の彼此を知るには、ロスラント子爵様に尋ねるのが手っ取り早いが、今回はちと不味い。
となると、貴族社会に精通しているのはコッコラ会長か、ブルメナウ会長って事になる。
材木商よりは穀物商の方が顔は広いと思うので、ちょっとご機嫌伺いに出掛けることにした。
* * * * * * *
「王都の貴族の事ですか」
「一応男爵位を貰っちゃったのですが、貴族の事なんてさっぱり判りません。それと家紋、紋章の事など判らないと言ったら羽根つきの蜥蜴と決められちゃいましてね。新年の宴でも陛下に連れ回されて迷惑しているんですよ」
「ユーゴ様、なんて事を仰います。男爵様で陛下のお側に立つだけでも光栄なことですよ」
「それなんですよ、ホニングス侯爵も声で俺に気付いた様ですし」
「それは・・・」
「あっ大丈夫ですよ。陛下の側にいて侯爵様が気付いた様でしたので、陛下の陰に下がりました。絶対に陛下の手先だと想われていますよ」
「確かに、陛下と共に宴を楽しまれていたとなれば、その身は男爵と言えども迂闊に手は出せませんからね。特に王家の紋章によく似た物を許されていてはね」
「それで貴族達の力関係とか噂になる、要注意人物の事などを教えて貰いたくて来ました」
「要注意人物ですか、それなら新年の宴で出会われた筈ですよ。私は子爵待遇ですので、高位貴族の方々の場所には挨拶程度にしか行けません。しかし噂は直ぐに届きますし、それが陛下のお側にいる貴男様とエレバリン公爵様の一件ともなれば」
「もしかして注目の的になっていたとか」
「宴の場ですよ、ご婦人方も多数おられましたので。要注意人物と言うか、陛下に対しても何かと御意見をなされる御方でして・・・」
「取り巻き達も、陛下の前で有るにも関わらず横柄でしたね」
「他にも注意すべき方々はいますが、何かと悪い噂が流れるとか貴族としての言動に問題がある程度ですよ」
言動に問題が在る程度ってのが曲者なんだけどなぁ。
日頃から貴族との付き合いがあるコッコラ会長と、男爵とは言え流民の俺とでは捉え方が懸け離れているのは仕方がないか。
* * * * * * *
「国王陛下です」侍従の声に、座っていたソファーからゆるりと立ち上がり膝を折るエレバリン公爵夫人。
声も掛けずにソファーにどっかりと腰を下ろし、頭を下げた公爵夫人を眺める。
一言も発しない国王に痺れを切らし、僅かに頭を上げて国王の座るソファーを伺うと陛下と目が合った。
たじろぐ公爵夫人に「座るが良い」と陛下の許しがおりる。
ほっとして陛下の向かいに座ろうとしたが「嫡男の乱心とな。詳しく話せ!」との厳しい言葉に、一気に顔色が悪くなる。
「その・・・私は自室にいまして、報告を受けて・・・」
言い淀み、考え込む公爵夫人を見ながら冷たい言葉を掛ける。
「執事からもじっくり聞くので、間違いの無い様に話せ! 場所は? 誰から知らされた、其処には誰が居た」
此れは遺族に対する言葉では無い、取り調べに等しい問いかけである。
執事の言葉と違えば、王家を蔑ろにするものとして厳しい対応をされかねない。
素速く考えを巡らせ、目に涙を浮かべ震えながら訴える。
「陛下、最愛の夫と息子を同時に亡くし、悲しむことすら許されないのでしょうか」
「ふん、中々殊勝なことを申すではないか。日頃の傲慢さは何処へ行った、取り巻きの夫人達を従え女帝の如く振る舞うお前の言葉とは思えぬな。ベクシオンの死亡報告と相前後して二人が死んだ。片や食中毒等と寝言をほざき、その方達は予の使者が出向くまで何の報告もしなかった。不可解極まりない話ではないか」
エレバリン公爵夫人が国王陛下から三人の死について聞かされている時、執事に対しては徹底的な取り調べが行われていた。
エレバリン公爵と嫡男は何時何処でどうやって死んだのか? その時側に居た者達の氏名はと。
言い淀めば即座に暴力の嵐に見舞われて、血反吐を吐いても治癒魔法使いが即座に治療して、治れば直ぐに尋問が始まる。
暴力と無縁の執事が喋り出すのに時間は掛からなかった。
執事が喋った事は即座にメモとして宰相の下へ届けられ、重要事項は国王の下へと届けられる。
「ふむ、五人の男がエレバリン公爵の執務室で死んだのか」
メモを見ながら呟く国王の声に、公爵夫人の顔が蒼白になり頬が痙攣する。
「ベクシオンとエレバリンに嫡男、残り二人は誰だ?」
国王が公爵夫人に呟いていた時、新たなメモを受け取ったヘルシンド宰相が〈アッ〉と声を上げた。
大失態だ、今の今まで完全に失念していた。
こうなると新年の宴の時の話に出た騎士団長にも、会って確かめなければならないことが出来た。
メモを持って来た男に、首になった騎士団長の行方も聞き出せと命じた後、受け取ったメモを持ち国王の下に向かった。
「陛下、犯人の目星が付きました!」
「待て、隣の部屋で聞こう」
震える公爵夫人を残して宰相と隣室で向かい合うと、宰相が深々と頭を下げて謝罪する。
「申し訳ありません。陛下にも報告いたしておりましたが、ユーゴの仕業と思われます。密室とは言え多数の護衛に守られているのに、姿も見せずにアイスランスを射ち込んで消えています。以前私の執務室に現れた時と状況がよく似ています。姿も見せずに侵入出来るのは彼だけだろうと思われますし、エレバリン公爵とは其れなりの因縁があります。執事の供述からして、転移魔法も使い熟すのではないかと想われます」
「あの男は、いったい幾つの魔法が使えるのだ」
「彼の仕業となると捨て置く訳にもいきません。如何致しましょうか?」
「だが可笑しいではないか、以前は殺しもせず話し会おうとしていたのではないか。それが何故、問答無用で五人も殺すのだ。取り調べている執事が何か知っているはずだ、それも聞き出しておけ」
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