第60話 送り狼

 人の気配に静かに目を開け、隠形のまま身動きをしないで侵入者の気配を探る。

 侵入者は二人だが、出入り口の扉には閂を掛けているので転移魔法使いかな。

 分厚く頑丈な床板に絨毯を敷いているので足音はしないが、ベッドの方に向かって静かに近づいてくる。


 深夜で窓も閉め切っている室内の暗さでは、流石に猫人族の目をもってしても人影もよく判らない。

 なのに確実に近づいて来るのは、俺の留守中に部屋の配置を確認していたからだろう。


 侵入者の背後に少し強めのライトを浮かべる。

 背後の灯りに一瞬振り向いたが誰もおらず、再度ベッドの方に向いても誰も居ない。

 戸惑う二人の両肩と両足にアイスニードルを射ち込み逃げられなくする。

 扉の外に人の気配は無いが、どこかに仲間がいる筈だが二人に聞けば良いので放置。


 隠形を解除してベッドから起き上がり、態とらしく声を掛ける。


 「困るなぁ~、深夜に断りもなく来て貰っては。何処の何方ですか?」


 蹲る二人の側へ歩み寄り、大振りなナイフと剣を拾い上げる。

 二人とも一言も発せず俺を睨んでいるが、驚愕の表情を隠し切れていない。

 自室で拷問ってのは俺の趣味じゃないので、取り敢えず二人を鑑定する。


 (鑑定!・魔法とスキル)〔生活魔法・転移魔法・長剣スキル・魔力・81〕

 (鑑定!・魔法とスキル)〔生活魔法・長剣スキル・隠形スキル・気配察知スキル・魔力・77〕


 気に入らないので転移魔法を10個ばかり記憶してから、全ての魔法とスキルを削除しておく。

 此で転移魔法を使って逃げる事は出来ないし、授かったスキルも習得した以上のことは出来ない。

 授かったスキルの補正無しでどの程度使えるのか興味があるが、何れ誰かで試してみよう。


 訓練用木剣を取り出して利き腕を砕き、アイスニードルの魔力を抜いてから扉の外に蹴り出す。


 「誰の命令で来たのか知らないが、お前等程度じゃ俺は殺すのは無理だな」


 そう言って扉を閉め、音高く閂を掛ける。

 二人の気配が階段を降り建物から出て行くのを確認して、隠形に魔力を乗せて姿を消したまま二人の後ろにジャンプして後を付いて行く。


 よろよろと歩く二人の先に、質素な見掛けの馬車が止まっている。

 二人が近づくと馬車の扉が開き、素速く二人を車内に引き摺り込むと走り出した。

 俺は隠形で姿を隠したまま馬車の後ろに掴まり、無賃乗車させて貰う。


 「失敗したのか!」


 「奴は俺達が来るのを知っていたぞ」

 「一瞬で両足と両肩に何かを射ち込まれてしまい、闘うどころではなかった」

 「聞いていた話と全然違うじゃねえか」


 「それで良く逃げ出せたな」


 「俺達を素人同然と思ったのか、表に放り出して扉を閉めて閂まで掛けやがったんだ」

 「その隙に引き上げてきたのさ」


 「馬鹿が! 後をつけられる事も考えなかったのか」


 御者に遠回りをして尾行がないか確認しろと命じる声が聞こえて静かになった。

 馬車は通りを右に左に曲がり、時には広場でぐるりと一回りして尾行の有無を確かめながら走り続ける。


 〈ウッ・・・てめぇぇ 止め・・・〉

 〈裏切るのか! 覚えていやが・・・〉


 走り続ける馬車の扉が開くと、賊の一人が放り出されたが身動き一つしない。

 暫く走って又一人車外に放り出すと、何事も無かった様に馬車は走り続けて貴族街に入って行く。


 転移魔法使いまで使って俺を闇討ちしようって奴は、一人だけ思い当たる。

 やがて馬車が止まり、門扉の開く音が聞こえたと思ったら又走り出して建物の横で止まった。

 御者が扉を開くと二人の男が降り建物に向っている。


 馬車の後ろから静かに降りて二人の後を付いて行くと、懐かしい場所に出た。

 建物の中を通り抜け本館へと向かう足取りに迷いがない。

 裏口の扉を開け中に入ると鍵を掛ける音が聞こえると、二人の気配が遠ざかっていくので、壁抜けの要領で建物内に侵入して二人の後を追う。

 護衛の立つ扉の前で立ち止まるが、一つ頷くと護衛が扉をノックすると扉が開けられ黙って中に入る。


 室内の気配を探るが、扉の内側と左右の壁際に各2名の人の気配があり、部屋の中央付近に六人の気配。

 左右の部屋も向かいの部屋も人の気配は無し。


 中央の六人と壁際の護衛の中間地点にジャンプすると、男の一人がバッと振り向く。

 手には大振りのナイフが握られていて、男の素性を良く現している。


 「どうした、ジリヤン」


 「いえ、一瞬人の気配がした様な・・・」


 鋭い男だねぇ、俺がジャンプした空気の揺らぎでも感じたのかな。


 「それで、始末は出来たんだろうな?」


 「いえ・・・待ち伏せを受けたようです」


 「そのような戯言を報告する為に儂の前・・・」


 ジリアンと呼ばれた男と背後に立つ男が突き飛ばされた様に倒れ、背中にはアイスランスが突き立っている。

 エレバリン公爵の顔が引き攣り。顔色が白くなり言葉も出ない様である。

 そのまま黙って死ねと、公爵の胸にアイスランスを射ち込みむと嫡男と思しき男が「曲者だー」と騒ぎ出したが、直ぐに公爵の後を追わせてやる。


 公爵の背後に立っていた男は、貴族の身形で新年の宴の時に喚いていた奴の一人だった。

 この場に居るって事は同罪と看做してアイスランスをプレゼントする。

 五人が死んで漸く動き出した護衛の騎士達も、俺の姿が見えないので戸惑っている。

 目的は果たしたのでさっさとおさらばする為に庭へジャンプすると、そのまま街路へ跳び出して公爵邸を後にした。


 * * * * * * *


 「陛下、シエナラからの報告が来ました」


 「随分遅かったな。ロスラントの報告以外に何か判ったか」


 「ユーゴは王都で冒険者登録をして、暫くは王都で活動していました。この時、同時期に冒険者登録した者達五人と行動を共にしていましたが、その後四人になりました。この頃から腕を上げ始めた様です。王都の冒険者ギルドを調べた者の報告と合わせますと、興味深いことが判りました。王都でも新人五人にしては相当腕が良いと思われていたようですが、シエナラに移動してからはそれが顕著になっています。注目すべきは彼と行動を共にしていた冒険者達です」


 「ユーゴではなくか?」


 「はい、彼等は王都を離れる際に〔王都の穀潰し〕と言う名のパーティーを結成いたしましたがユーゴはそれに入っていません。彼等と行動は共にするのにです。面白い事に、王都の穀潰しと名乗った彼等に魔法使いは居ませんが、土魔法を使える者がいるのです」


 「ん・・・魔法使いがいないとは、魔法を授かっても使えなかったと言うことか?」


 「いえ、授かっていないのに土魔法が使える様なのです」


 「そんな馬鹿な!」


 「実際に見た者は仲間達だけの様ですが、持ち込む獲物と食堂での話からそう推測されるそうです。冒険者登録した王都のギルド職員に金を握らせて調べたところ、その男は栽培と工作スキルしか授かっていません。生活魔法は使えますがそれだけです。現在確認を急がせていますが、間違いなさそうです」


 「どうしてそう言える」


 「彼等がシエナラに移動してからもう一つの冒険者パーティーと合流していますが、彼等との雑談でも時々土魔法について話し合っているそうです」


 「そのもう一つのパーティーとは何だ」


 「此方は〔大地の牙〕と名乗るパーティーですが、ユーゴとは以前より面識が有った様なのです。パーティー登録地が王都になっていますがよく判っていません」


 「三者・・・と言って良いのかはさて置き、王都が彼等を結ぶ糸か」


 「はい、それで肝心のユーゴなのですが、過去がさっぱり判りません。その為に統一歴726年6月生まれのユーゴか、多数の魔法を授かった者を探させています。治癒魔法に結界魔法・土魔法・氷結魔法・火魔法・雷撃魔法と、六つもの魔法を授かった者がいれば噂になる筈なんですが・・・」


 「判った、引き続き調査を続行しろ。但しユーゴや周辺の者を刺激して敵に回す様なことはするなよ」


 「はっ、調査をしている者達にも、その点は十分注意する様に申しつけております」


 * * * * * * *


 南門の所でグレン達と落ち合うと、教えの通り魔力を半分に出来る様になったと言われた。

 以前と同じ場所にドームを作ると早速15m先の的を目掛けて雷撃を射ってもらう。


 「天に轟く雷鳴を我が手より放たん・・・ハッ」〈バリバリドーン〉


 (鑑定!・魔力)〔魔力・89〕・・・87・・・84・・・81

 前回の半分にはなっているが、使用する魔力に斑が有るのは相変わらずなので此れの修正をすることにして、鑑定結果を書いた紙を見せて説明する。


 「前回の鑑定結果を見て気付いたと思うけど、一回の魔法に使う魔力に斑が有るね。使用する魔力を取り出す時に、大きさに気を付けて遣ってみてよ。小さい時でも魔法は発現しているので、小さい方の魔力を使って射ってみて。それと詠唱はもっと短く出来るよ」


 「ユーゴくらいに短くしたいが、どうもなぁ~。これ以上短くすると魔法が射てるかどうか気になるんだよ」


 「短く出来れば連射も出来る様になるよ。そうだねぇ~、さっきの半分〔雷撃を我が敵に〕でどう」


 「親爺、やってみなよ。出来なきゃ元に戻せば良いだけだから」


 魔力の残量が10になるまで雷撃の練習をして、15mの的にほぼ全て当たる様になったので30mに変更した。

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