第53話 キラードッグ
魔力は2/3程残っているので大丈夫だろうと思い、上空へジャンプして耳の痛みに耐えながら耳抜きと同時に大きな結界を張る。
馬車の位置を確認して、その前方へジャンプして小さな結界を張り地上に降りる。
街道脇に立ちどうやって馬車を止めようかと思ったが、以前の事を思い出した。
事前に止めると盗賊と間違われかねないし、信じれば何故知っていると思われてしまう。
お空の上から見てましたと言っても、到底信じて貰える筈も無い。
このまま姿を消して待ち、馬車が襲われてから助けに入った方が説明不要で楽だろう。
そう思ったが説明の必要は無さそうで、馬車は護衛の騎馬隊に守られながら速度を上げているのが判る。
だが馬車を追っているのがウルフ系かドッグ系かは知らないが、直ぐに追いつかれるだろう。
目の前を通過する馬車から異音がしている、と言うか前輪の片方がおかしな動きをしている。
以前のひっくり返った馬車の記憶が蘇り、口の中に酸っぱいものがこみ上げてくる。
護衛達が役目を果たすのならもうすぐ馬車は止まり、円陣を組み闘いに備えるはずだ。
護衛の最後尾が通過して直ぐに〈ウォン、ウォン、ウォン〉〈ギャン、ギャン〉と吠える声が聞こえてきた。
ドッグ系なら15頭前後か、もう少し多いくらいだろう。
街道脇に立ち、目の前を通過する奴を狙い射つ準備をすると、涎を垂らしたキラードッグが疾走してくる。
草原を走ってくる奴は無視して街道を走って来る奴に狙いを定め、流し射ちでアイスランスを連続して叩き込んでいく。
目の前を疾走する奴を射つのは難しく群れが通り過ぎるまでに5頭ほど倒しただけだ。
馬車が駆け抜けた先では、キラードッグの吠え声と偶に悲鳴が聞こえてくるので闘っている様だ。
吠え声の方に向かってジャンプをすると、カーブの先で馬車を中心に円陣を組んで闘っている。
襲い掛かるキラードッグから少し離れた場所にジャンプして、隠蔽を解除してからキラードッグ討伐を開始する。
キラードッグも後ろから襲われると思っていないのか、3頭までは全く無反応だったが4頭目の悲鳴で俺の存在に気付いた。
数頭が俺に向かって来たが、全速で走っていなければ余裕で打ち倒せる。
向かって来る奴を5頭程倒したが、草原から湧き出る様にキラードッグが現れる。
思った以上に大きな群れの様だと思いながら、藪から飛び出して来た奴にアイスランスを撃ち込む。
射ち倒したキラードッグの向こうには、馬車の上で弓を持つ男が見える。
草原から飛び出して来た数頭の中の一頭が馬の背に跳び乗り、そのまま男に襲い掛かった。
距離にして40m前後、男とキラードッグが縺れていて射てない。
剣やナイフを持たない男には勝ち目が無い、此処まで援護して見捨てるのも忍びない。
ままよっと馬車の上へジャンプして、至近距離からアイスランスをキラードッグの腹に射ち込み〈ギャン〉と鳴いて撥ねた所を蹴り飛ばす。
肩と腕を噛み裂かれているが致命傷ではないので、男に代わって馬車の上からキラードッグに向けてアイスランスを射ち込む。
闘いは5分も掛からずに終わったが、横たわったままの者が二名と何とか立っている者が四名いる。
「済まない、助かったぜ。ってあんた誰だ」
「その話は後だ」
そう言いながら(鑑定!・残魔力)〔魔力・12〕
73の魔力を百分割して使っているので、残魔力が12なら大雑把な計算で15,6回、魔力切れ寸前迄なら14回程度は魔法が使える事になる。
血を流す男に手を差し伸べ、傷が治る様にと願いながら(ヒール!)と呟く。
血は止まった様なので確認せずに馬車から飛び降り、倒れている男に駆け寄る。
倒れた男の血止めをしようとする男を押しやり、身体の上に手を翳して(ヒール!)と呟く。
〈おい、治癒魔法だぞ!〉
〈助かるのか?〉
〈彼奴は誰だ?〉
服の破れから傷を探し、傷が無いのを確認して次の男の所へ行く。
次の男は土気色の顔色で一刻を争うので確認せず、即座に(ヒール!)(ヒール!)と二度治癒魔法を施しておく。
「済まねえが俺も頼まぁ~」
足を引き摺りながらやって来た男が声を掛けてくるので、重傷者はもういないのか確認してから治療してやる。
「俺は王都で冒険者をしている者だが、ひょっとしてあんたはユーゴじゃないのか?」
「知っているのか」
「猫人族でその頭髪に縞模様は有名だぞ。猫の仔と侮ると痛い目に合うってな。時々しか姿を見せないから知らない奴も多くて、そいつ等が絡んで泣きを見るって言われている。魔法の腕が良いとは聞いていたが、治癒魔法まで使うのか」
「まぁな。ギルドでは余りペラペラ喋るなよ」
「判っている。名乗り遅れたがボイスだ」
「怪我は治したが血が流れすぎているので、重傷者は当分まともに動けないぞ。怪我人だった奴も暫く無理は禁物だと言っておいてくれ」
「その~・・・治療費だが」
「勝手に治したんだ、気にしないでくれ。金ならたっぷり持っている奴からふんだくるから」
「ご苦労だった。急いで屋敷まで戻り、代わりの馬車を呼んで来い。それとお前、冒険者の様だが、治癒魔法が使えるのなら儂が雇ってやるぞ」
「誰?」
「アブダーラ商会の会長様だ」
「小僧! 聞いているのか! 儂が雇ってやろうと言っているのだ、返事をしろ!」
勝手に助けたのだから礼を言えとは言わないが、ちょっと気に食わないな。
思いついてマジックポーチから依頼書の束を取り出して見てみる。
「小僧、返事をしろ! 儂を誰だと思っている!」
煩いので口の中へ氷の塊を放り込んでやる。
〈ウゴッ〉とか〈うぁあぁぁぁ〉なんて言っているが静かになったので依頼書をめくる。
「アブダーラねぇ・・・これかな。クロードン通りの古着商・奴隷商アブダーラ商会。え~と・・・月に金貨五枚で雇ってやるって、舐めとんのかいな」
口の中に氷の塊を含み頭を抱えて涙ぐむ男は、かき氷の一気食いと同じ状態になったらしい。
男の口内の氷を溶かしてやり、しみったれた依頼書を男に突きつけてやる。
「お前! 儂にこの様な事をして、ただですむと思っているのか!」
男の背後に護衛が二人控えているが、その後ろに冒険者達が立ち護衛と喚いている男を睨んでいる。
「偉そうに喚いているがこれは依頼書の束だ、よく見ろ! お前の依頼も含むもので、2/3はエレバリン公爵様以下の貴族だぞ。それを差し置いて俺を金貨五枚で雇ってやるって、良い度胸をしているな」
俺の言葉を理解したのか、顔色が一気に悪くなる。
「お前は・・・ユーゴか」
「そんな名だな。この依頼書をお貴族様達に見せてやろうかなぁ~。ど~んな反応をするのか楽しみだよ♪」
「止めろ! 止めて下さい」
「勝手に助けたんだから礼を言えとは言わないが、お前の偉そうな態度で気が変わったよ。護衛を連れているのに、キラードッグに襲われている最中にさえ、護衛共々馬車の中にいたってのは気に入らないな」
「いや、それは護衛は冒険者達の仕事で・・・」
「普通の群れなら護衛の冒険者達で対処出来るだろうが、周りを見てみろ。護衛の冒険者達が8~9頭と俺が11頭に、ここへ来る前に5頭倒している。それ以外に見えているだけで20頭前後のキラードッグがいたんだ。8名の冒険者で対処出来る数じゃないのは明らかだが、お前は自分の護衛を馬車の横にすら立たせなかった」
「儂の護衛は、儂を守るのが仕事だからでして・・・そのう」
「八名の護衛の内瀕死が二人、怪我をしても闘っていたのが四人で無傷はたった二人だ。全滅寸前だぞ! 冒険者達が死ねば、お前はキラードッグの餌になる所だったんだがな。それなのに、助けた俺に向かって『雇ってやる』だぁ~。『儂を誰だと思っているのか』ってなによ」
「申し訳ありません。依頼は取り下げますので用紙をお返し下さい」
「馬鹿を言っちゃいけないね。此の用紙を俺に依頼してきた貴族共に見せて、どんな反応をするのか見てみるよ。さぞや面白い見世物になるだろうな♪」
「お止め下さい。先程の言葉も謝りますので、どうかお許し下さい。助けて頂いたお礼も致します!」
完全に立場が逆転しているので、アブダーラ達の後ろに回っていた冒険者達が呆れている。
「そうだな、助けた礼とお前を王都迄無事に送り届ける謝礼として、金貨100枚でどうかな」
「へっ・・・そんなぁ~」
「あっ、嫌なら別に良いよ。今から迎えの馬車を呼びに行っても、日暮れまでには帰って来られないだろうからね。護衛の冒険者達も怪我人多数なので、これ以上何か在ったらあんた達はあの世行き。俺は雇われている訳ではないので、助ける義理は無いし助けると侮辱されるからなぁ」
うだうだやっている間に、壊れた馬車が街道を塞いでいるので大渋滞している。
キラードッグを一ヶ所に集めさせると、壊れた馬車を土魔法で街道脇に移動させて通行を再開させる。
「アブダーラさん、依頼完了のサインをして護衛の冒険者達に渡したら、通りすがりの馬車に乗せて貰って消えなよ」
「あのぅ・・・私の依頼書は?」
「気にするな。一番効果的な使い方をしてやるよ」
「払います! 金貨100枚支払いますので、それだけはご勘弁を~」
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