第47話 削除

 腹を蹴られてゲロを吐くトールを放置して、吠えるシルバータイガの前に行きどうしようか悩む。

 こいつを自由にするのは論外、伐採の邪魔になるし他の冒険者が襲われたら可哀想だ。


 「ユーゴ、見えないけど此は結界なのか?」

 「大丈夫なんだろうな?」

 「どうなっているんだ?」


 俺が平気な顔でシルバータイガの前に立って居るので、腰が引けた面々が近づいて来る。


 〈グオォォォ〉近づいて来る冒険者達を見て、一層怒り狂うシルバータイガ。


 「此ってタイガーじゃないの? なんでタイガなの?」


 「ホワイトタイガーと区別する為だってのは、ちらっと聞いたことがあるけどな」

 「ホワイトとかシルバーって言うのが面倒な時に、タイガーとタイガで区別してたってのは聞いた覚えが」

 「どっちにしても俺達には縁のない野獣さ。こんな所には滅多に出て来ないはずなんだけどなぁ」


 避難所に閉じ込めたままのザラムス達が心配していると思い、避難所から出すとシルバータイガを見て硬直している。


 「ユーゴ、此奴をどうする気だ?」


 「放り出す訳にもいかないから殺すさ。唯ねぇ~、ちょっと憂鬱なんだよ」


 「何がだ?」


 「此奴を冒険者ギルドに持ち込んだら騒ぎになるだろうと思うとね。ブラウンベアを持ち込んだ時も結構騒がしかったけど、此奴はもっと煩くなりそうでさ。それにブラウンベアを持ち込んだら、ブロンズからシルバーにランクアップだよ」


 「お前、ブラウンベアも討伐しているのか」


 「俺達の匂いを追ってきたので仕方なくね」


 「ブラウンベアで幾らになったんだ?」


 「うーん、確か27万ダーラだったな」


 「それじゃ此奴はもっとするな。キエテフのギルドじゃ、シルバータイガ討伐なんて聞いた事が無いからな」


 「だけど此を持って帰るのなら、解体しなきゃならねえぞ。木材運搬用のマジックバッグには入れられないからな」


 「あっ大丈夫だよ、マジックバッグを持っているから」


 「それより此奴をどうやって始末するんだ?」


 「んじゃー片付けるかな。皆少し離れていてよ」


 全員が離れたことを確認してから結界に手を当て、シルバータイガが横を向くのを待つ。

 結界の檻から出られないと判り、ウロウロしているシルバータイガの横腹が見えた時に、結界に穴を開け心臓の辺りを狙って肋骨にアイスランスを射ち込む。


 一発必中、心臓に直撃した様でアイスランスを受けるとビクンと撥ね上がってそのまま倒れ込んだ。


 「はぁ~、至近距離からとは言え一発かよ」

 「野営用のドームもそうだが、索敵といいアイスランスの威力といい」

 「ユーゴが一人なのも納得だわ」


 アイスランスの魔力を抜き、溢れる血の量が少なくなったところで結界を解除してマジックバッグに入れる。


 その日の野営の食事中、俺に腹を蹴られてぶすくれているトールを読み取る。

 トールの授かっている魔法とスキルは〔火魔法・長剣スキル〕と判ったので、食事をしながら(読み取り・火魔法・長剣スキル)(火魔法・火魔法・削除・削除・削除)と念じる。

 さて結果はと読み取ると(読み取り・長剣スキル)となっていて火魔法が消えたので、授かった本人からも魔法を削除出来る事が実証された。


 人様の授かった魔法を削除するのは気が引けるのでやらなかったが、後ろから攻撃してきたお礼だ。

 屑でも今は仲間として行動しているので、殺すのは控えたのだから今は此で勘弁してやるよ。

 帰ったら長剣スキルも削除してやるからな。


 * * * * * * *


 翌日から野獣を追い払う時に何度詠唱しても火魔法が使えず、トールが焦りまくっている。

 仲間達からは「トール何を遣っている!」と怒声が飛び益々焦って必死で詠唱するも音沙汰なし。


 たった一つの誤算は、トール以外に野獣を追い払うのに都合の良い魔法を使える者がいないってこと。

 結果として俺にお鉢が回ってきて、アイスバレットを野獣の鼻面に叩き込む事になってしまった。


 森に入って10日目、よくこんな森の奥まで木の伐採に訪れるなと思ったが、巨大な倒木の乾燥した物を選んで切っている。

 生木を切って持ち帰っても乾燥させるのに5~10年掛けてはいられないらしい。

 各地の街中に広大な貯木場など持てないので、当然乾燥した木が望ましいって事か。


 それにしても狩る者がいないので野獣の数が多くて、討伐なんてやってられない。

 たとえマジックバッグ持ちだろうと、討伐となれば野獣も必死の抵抗となるので被害も多くなる。

 だが追い払うだけなら話は別で、向かって来る奴だけを傷付ければそれ以上深追いしてこない。


 野獣も餌一匹の為に命を賭けないのだから、お互い様ってことか。

 今はトールの火魔法が使えないので、冒険者達は余計な危険を冒さなければならず自然トールを見る目もきつくなる。

 本来なら冒険者が攻撃を防いでいる間に詠唱して、鼻面や脅しの火魔法で追い払える方法が使えず皆さんお疲れ気味。


 「不思議に思っていたんだが、ユーゴの服って何か細工を施しているのか?」

 「お前もそう思っていたのか」

 「当然だろう。夏なのに一人汗も流さず涼しい顔をしているからな」


 「ちょっと魔法陣を付与して貰っているからね」


 「ケッ、お大尽のお稚児さんは俺達とは違うって事か」


 「お前も冒険者をしているのなら、ブラウンベアを二頭ほど狩ってこいよ。お前さんがやると傷だらけで安くなるから三頭は必要かな」


 「ブラウンベア二頭かぁ~」

 「夢の又夢ってところだな」

 「俺はユーゴが出してくれる氷柱で満足だよ」

 「そうそう、実力に見合った生活が長生きの秘訣だからな」


 幹の直径3~6mの倒木を、長く頑丈なワイヤーソーで引き切る間の周囲の安全確保が一番退屈な時間。

 三本目の倒木は清流が流れる川の側に倒れていて、木を少し持ち上げて仕事がしやすい様に足場を整備してやる。

 後は何時もと同じ周辺の安全を確認してのんびりしている時に、川面を吹く風に乗って何とも言えない香りに鼻がピクピクする。


 別に猫の鼻でもないし髭もないが、甘く優しい香りは人を引き付ける何かがある。


 「シュラク、ちょっと気になる事があるので確かめて来るから、見張っていてくれ。何か危険だと思ったら剣を打ち鳴らしてくれたら帰って来るから」


 「いいぜ、あんまり遠くへは行くなよ」


 バンガートに手を振って、匂いを確認して風上に向かう。

 川辺の灌木や草叢を避けながら風に乗ってくる、僅かな匂いを探す。

 砂混じりの川縁の低木の密集した所から匂っている様で、それより風上では匂わない。


 覗き込んむと向こうが見える程度の茂みで、30cm前後の下草が生えているだけで危険は無さそう。

 風下に回り、右に左に身体をずらしながら風上からの匂いの元を探ると、草叢の中にクロッカスに似た薄緑の半透明な花を見つけた。


 ミシェルの土産にすれば喜ぶだろうと思い持ち帰る事にしたが、川縁の低木の下で涼しい風が吹く草叢の中の花だ。

 ポッキリ折っては不味かろうと根元から採取することにした。

 草丈約25cm、根を含めば30cmなので40cm程の茶筒に似た物を作る。


 こんな時は土魔法って便利、読み取らせて貰ったハティーに有り難うとお礼を言っておく。

 フタの部分に球根を付けたまま採取して入れてから、筒の部分を上から被せて封をする。

 二本採取しても草叢の向こうに数本見えるが、これ以上は必要無いので放置する。


 * * * * * * *


 ザムラスがこれ以上はマジックバッグに入らないので帰ると言い出したので終わり。

 伐採って言うより倒木集めの気がするが、気にしたら負けな気がするので黙っておく。


 この間にオークキング2頭とオーク9頭、ブラックベア1頭とフォレストウルフ23頭が俺のマジックバッグに収まった。

 帰りは足取りも軽いが若干一名顔色の冴えない奴がいるけど、誰も気にしていない。


 魔法使いを鼻に掛けたところがあったので、その魔法が使えなくて落ち込んでいても誰も慰めもしない。

 街に帰ったら長剣スキルも削除してやるからな、魔法もスキルも無くなったら冒険者を続けるのはしんどいぞ。


 * * * * * * *


 森を抜けて馬車を預けた村に到着したので、トールの長剣スキルも削除して楽しい冒険者家業になる様に祈っておく。


 村で一泊して、早朝キエテフに向かって出発し昼前には街に到着した。

 そのまま全員で冒険者ギルドに行き、依頼完了報告と同時に獲物を全て査定に出す。


 シルバータイガ 1頭、

 オークキング 2頭、

 オーク 9頭、

 ブラックベア 1頭、

 フォレストウルフ 23頭、


 と並べると、バンガードや他の冒険者達が呆れている。

 ザラムスが何時の間にこんなに討伐したんだと聞いてきたので、野営中だと答えると又々全員が呆れていた。


 「本当に訳わかんない奴だな」


 「俺が一人で寝るのは訓練だと言っただろう。一人で寝ていると、徘徊している野獣が俺を見つけてやって来るんだ。気配で目が覚めるが小物は追い払ったが、大物は皆の稼ぎにと思ってね。シルバータイガは直ぐに査定出来ないだろうから、残りの物を全員で等分に分けてくれ。俺はシルバータイガの分だけで良いから」


 「良いのか、残りだけでも相当な額になるぞ」


 「良いさ、もともとキエテフの森が見たかっただけだからな。俺の事をペラペラ喋らない口止め料だと思ってくれ」


 「約束するよ」全員が頷く中、一人横を向いているトールだが好きにするがいいさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る