第一章 第二話 エルとフードの出会い
『バシャッ』
「ギャンッ!?」
「まったく……まだ残りがいたんですか。検知に引っかからないから油断してました」
間一髪、青年は助かった。彼の周りには水でできた箱ができていた。見た目に反してとても固いようで、噛みついてきた化け物の牙はボロボロと崩れていた。もうこれでは今後何も食べられない、生き物を襲うことさえもできないだろう。
「グルルルル……」
「『ジェノキメラ』は討伐リストに入っているからここで仕留めておかないと……急な繁殖期でもあったんでしょうか」
「ガアァァァ!!!!」
「確か臓器とかは売れるから……溺死させますか」
白髪の女がそう呟いた瞬間、魔法陣のようなものが浮かび上がり、化け物を化け物よりも1回り大きい水の玉が覆った。死んだことを確認してから女は青年の周りの水を消した。
「ありゃりゃ……完全に気絶してますね」
青年の顔を覗き込む彼女は先ほどとは別人のような優しいオーラに満ち溢れていた……がそんな彼女にかまうことなく青年は気絶したままでいた。
「うーん、この服装とこの顔にこの背丈……もしかしてこの人は」
この青年に見覚えがあるのか、白髪の女は彼の下に水を広げ彼を浮かせ始め、彼と化け物の死体とともに姿を消した。
「はっ」
目がさめた。えっと……まずは周りを確認しないと。蛇みたいな化け物に食べられかけてたからまだいる……と思っていたけど、どこにも化け物の姿はない。というかここどこ?なんかすごいきれいなところだけど。
「僕、もしかして死んだ?ってことはこ、ここはあの世」
「違いますよ、ちゃんと生きてますしあの世ではありませんよ」
「うわっ!だ、誰ですかあなたは!」
扉を開けて入ってきたのは白い髪が特徴的な女性だった。着ている服も若干白みがかっており、ますますあの世に来たのではないかと考えたが、おそらくこの女性が僕を助けてくれたのだろう。
枕もとを見てみると水の入った桶があった。ぬぐいものも近くにある。もしかしてずっと寝てたってことかな……
「あの、助けてくださってありがとうございます!」
「いやいや、そんな感謝されることじゃないですよ。それより気分はいかがですか?気持ち悪くなっていたりしませんか?」
「うーんと……多分大丈夫です。痛いとこもありませんし」
「それはよかったです。なんせ三日間もずっとうなされていましたから、心配で心配で」
「……はい?三日?」
「ジェノキメラの縄張りにいた影響か、発熱、下痢、腹痛、幻覚の症状が出ていたので」
思わず黙り込んでしまった。え、そんなことになっていたの。え……もう一度確認しておこうしておこう。聞こえ間違いかもしれない。
「まず発熱」
「はい」
「それで下痢と腹痛」
「はい」
「幻覚作用」
「それが三日間ですね」
「………」
この人がどれほどいい人かよくわかった。と同時にいくつかの疑問がいくつか思い浮かんだ。と、それを言う前にあらためて感謝しないと……
「本当にありがとうございます!つきましては!どうか!どうか何かお礼をさせてください!」
「いえいえ、ですから当たり前のことをしただけで……」
「いえ、何かさせてください!
「大丈夫ですって!」
というくだりを何回か繰り返したのち、彼女の買い物の手伝いをすることになった。ちなみになぜ買い物なのかを聞いたところ、
「ちょうど買い物に行こうとしてたし、何よりずっと体を動かしてないと余計に体調が悪くなってしまうかと考えまして」
と帰ってきた。確かにその通りだな。まだここがどこなのかわかってないし、助けてくれたこの人の名前も知らないし……
(でも買い物の手伝いだけでいいんですか)
と言いたかったけれど、このままじゃ同じことが繰り返されそうだったから飲み込んでおいた。準備をしながら気づいたことだけど、僕のほうが彼女よりも少し背が高いようだった。あれ、僕ってこんなに背が高かったかな。
着替えも終わらせて、白髪の女の人と一緒に街へ出発した。そういえばこの服、森で目が覚めた時から着てたけどこの服にも見覚えがないな。あ、そうだ街に着く前に名前聞いておいたほうがいいか。
「あの、名前はなんていうんですか?」
「名前……あ、そっか。まだ言ってませんでしたね。私の名前はエル。『エル・クロー』といいます」
「エル・クロー……」
「あなたは?」
「え……えっと……」
まずい。自分の名前すら知らないって素直に言ったほうがいいのかな、うーんでも急にこんなこと言ったら困らせるだろうし……ここはその場しのぎで済ませるしかないのかな。
「もしかしてなんですが、記憶喪失みたいな感じですか?」
「え、なんでわかったんですか?!」
「あ、これはただ単に私のカンといいますか……あなたが目を覚ましたあの森は『立ち入り禁止区域』に設定されている場所だったり、あとはジェノキメラについてご存じなさそうだったからっていうのもあるんですが」
「えっと、は、はい」
「いろいろ考えたら記憶喪失なんじゃないかなと、合ってますか?」
「はい、合ってると思います。僕は誰なのか、それにここがどこかもわからないんです。でも不思議と怖くないんです、知らない場所なのになんか知っている気がして……」
あのジェノキメラ?に襲われる前もそこまで不安感もなかったし、どっちかっていえば安心してたし。意外と気持ちの整理はできてるのかな。
「うーん、意外と思い出しそうで思い出せない感じなんでしょうか……もしかしたら街に知っているものがあれば、ふと思い出すかもしれませんね。っと見えてきましたね」
エルさんが指したほうをよく見ると、何やら石でできた壁が見えてきた。え、あれに人が住んでるってこと?もうちょっとなんか開けた場所かと思っていたんだけど。
「それで……あの、名前どうしましょうか。この街は入る前に入場ライセンスを発行してもらうんですが……」
「ら、らいせんす?」
「はい、安全保障、入退場の管理などを行うために必要で名前がないと……」
街ってそんなに厳重なんだ。ってそうだ名前、名前。名前……駄目だ思い出せないし、記憶が戻るまで呼んでもらう名前なら……
「あの、エルさん。もしよかったらエルさんが名前を付けてくれませんか?」
「わ、私がですか?」
「はい、記憶が戻るまでだけかもしれないけどつけてもらうんだったらエルさんがいいかなと。それにたぶん付き合いも長くなりそうなので……よろしいでしょうか?」
「は、はい全然大丈夫です。むしろうれしいというかなんというか……」
よかった、あまり嫌じゃなさそうだし何より喜んでる感じにも見える。そんなにうれしいことなのかな、名前を決めるのって。
「うーん……そうだ!フード、フードさんでどうでしょうか!」
「フード……。はい、わかりました。改めてよろしくお願いしますエルさん」
「こちらこそ。フードさん!」
そんな感じで僕の名前は『フード』となった。なんか妙にしっくりくるな……そういえば、エルさん途中でなんか妙なこと言ってたような気がするけど……まあ、なんでもないか。
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