サービスマン、『愛してるぜ』と囁く

「初めて見た時から思ってたんだ、可愛い子が来たな、ってさ──」


 大輔がささやくと、それ受ける古川さんは「ふぁ、ふわっ」と声にならない声をあげている。


「古川さんのその声さ、聞くと嬉しくなっちゃうんだよね」

「え、え……? それはどんな風に?」

「はっきりとしゃべる気持ちのいい声だからさ、聞くだけでも元気になれる。きっといつだって君の言葉を思い出すだけで、笑顔になれると思うんだ。だから、本当にありがとう」

「ふぁ〜……」


 古川さんはすでに、興奮しているのを隠しもせずに顔を真っ赤にしていた。であるならば、畳み掛けるのは今だと判断して、決め台詞を述べる。


「古川さん──いや、くらげ……愛してるぜ」


 するとついに、古川さんから「きゃー!」という嬌声きょうせいが上がる。もし、周りに客がいたのであればはばかられるほどの声量だった。

 大輔は、そんな彼女を背にして振り返る。


「──と、まあ。こういうゲームだ」


 理解してくれただろうかと問うと、大宮と小宮が言葉を返してきた。


「「いや、お前。すごいな!」」


 よくもまあ歯の浮くような台詞せりふ臆面おくめんもなく言えたものだと、そんな風に驚嘆されるが、そういうゲームなのだから仕方ないだろうと思う。


『愛してるぜゲーム』


 大輔がポッキーゲームの代わりに提案したパーティゲームだ。

 ルールはそう複雑なものではない。二人一組になって、片方がもう片方に愛の言葉を告げるという、ただそれだけのゲームだ。一応、勝敗がつくように、照れた方が負けというルールも加えている。とりあえずは男性陣を告白役、女性陣を受け役として進行することにした。


「なんでそんな……息をするように女子を口説くどけるんだよ?」

「やべぇ……サービスマンをナメてたわ。まさかタラシの技術まで持っているとは」


 大宮と小宮から信じられないものでも見るような視線を受けるが、別に大したことはないと思う。こういうのは慣れだ。日がな一日、女性を礼賛らいさんし続けるような経験でも積めば、誰だってこれぐらいはできるだろう。


「つまり、佐和くんは一日中、女性を拝み倒した経験があるということですか?」

「えーっ佐和さん、そうなんですか!?」

「だったら、ちょっとショックかもー」


 すると女性陣から不評を受けてしまう。ナンパな男には信頼を置くことができないのだろう。誤解されるのも嫌だったので「アルバイトの時、必要に迫られてな」と言い訳すると、大宮から「え? お前、ホストクラブとかで働いてたり?」なんて、新たな誤解を受けてしまう。確かに、女性を口説く業務なんて普通の労働ではありえないだろう。


 ──あーもう、説明が面倒くさい。


 その後、大輔がそういった技術を持つのはやましい事情があるからではないし、アルバイトというのも、やや一般的ではないが決して後ろ暗いものではないと、なんとか納得してもらう。そうして改めて、男子二人に申しつけた。


「そういうわけで大宮に小宮、ここがお前らの正念場だ」

「マジかよ……」

「俺、遊びでも女子に告ったことなんてねえよ……」


 合コンの成否は、この愛してるぜゲームにかかっているのだとうそぶいてやる。すると二人は難関を目の前にしたように恐れおののいていたが、そんなに深刻になる必要はないだろう。なぜならば女性陣の方がノリノリであるからだ。見れば、新川さんと古川さんはキラキラワクワクとした目で二人を見ている。男子からの愛の言葉をいまかいまかと待ち構えているのだ。


「ここまで協力的な女子もありがたいぞ。ほれ、胸を借りるつもりで玉砕ぎょくさいしてこい」


 二人に発破はっぱをかける。よしんばスベッてしまったとしても、女子に大胆に迫れたという経験は、確実に男を上げるのに役にたつはずだ。無駄なことにはならないだろう。そのことは二人も理解していたのか──


「うおぉ、やってやる、やってやるぞ!」

「俺だって! 日頃から考えてた、とっておきの愛の言葉を披露ひろうしてやる!」


 と、奮起した様子であった。


 ──さて、俺は頑張る高校生たちをさかなに、高みの見物をしようかね。


 自らの座席につきなおしてクリームソーダをつつきながらに思う。

 場の空気はとても温まっているからには、あとは放っておいても、そうそう悪い結果にはならないはずだった。例え、大宮と小宮が気色悪い口説き文句をほざきやがったとしても、それはまあ、女慣れしていないからと大目に見てくれることだろう。こういうのは慣れない男子がそれでも頑張っている姿がいいのだ。大輔みたいに、必要であればホイホイと睦言むつごとのたまやからは、お呼びではないのである。


 その実、大宮と小宮は頑張っていた。

 それはもう頑張っていた。

 時には顔を真っ赤にしながらも相手の美点をたたえて、時には台詞をどもらせながらも愛の言葉を囁く。あまりスマートとは言えない姿をさらしてはいるが、それでも必死になって女子たちを喜ばせようとする姿勢は、新川さんと古川さんの両名を大いに満足させていた。


 しかし、ただ一人だけは難攻不落であったようである。


「──そういうわけで、俺は九重さんが好きなんだっ!」

「なるほど……あ、いえ、なるほどではなくてですね──きゃ、きゃ〜……」


 たった今、小宮が撃沈する様が確認された。

 傍目はために見ても、九重さんの心には全く響いていないことが丸わかりである。それどころか、なんの反応もしないのは悪いと思われたのか、下手くそなリアクションまで返されている始末である。打てども響かない女を必死に口説く、男子二人の背中がはなはだ哀れだった。


「九重さんって、本当に鉄の女なんだねぇ」

「む、それは──」


 大輔がからかうと、九重さんは気を悪くしたのかムッとする気配を見せる。


「あ、ごめんごめん。べつに非難しているとかではなくて、恋愛沙汰が苦手なのは九重さんらしいなぁって思ってさ……それにしても鉄の女は言葉が悪かったか──ごめん、気を悪くしたなら謝るよ」

「それはべつに構いませんが……」


 そうは言いつつも、九重さんの不服そうな顔はしばらく続いていた。もしかしたら自身でも気にしていることだったのかもしれない。大輔は配慮が足りなかったことを反省する。


「──それじゃあ、えんもたけなわではございますが。合コンを締めさせてもらいますかね」


 盛り上がっていた合コンであるが、そろそろ予定の時刻となる。

 ここいらでお開きとさせてもらうべく、大輔は声をかけた。

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