サービスマン、場をつなぐ

 合コン参加メンバーがそろうと、一同はテーブルを移動することになる。

 向かうのは二階だ。

 喫茶『マンハッタン』には二階客席がある。普段であれば一階が満席になると開放される場所だが、店側に事情を説明すると使わせてくれることになった。使用されることは滅多めったにない場所なので、客席には誰一人とて座っていない。ここでなら、多少騒いだところで迷惑にはならないだろう。


「そういうわけでなかば貸切みたいな状態だから、ちょっとぐらいハメを外しても恥ずかしくはないぞ。よかったね、みんな」


 呼びかけてみるも返事はない。

 いや、正確にはあったのではあるが、それは「あ……はは」といった、肯定か否定かも分からない生返事だけだ。全員が緊張でガチガチである。


「あー……とりあえず、座ろっか?」


 早々に着席を勧める。広い空間を独占する優越感に沸きあがる一幕ひとまくがあってもいいと思ったのだが、それどころではない様子だから仕方ない。

 春の日差しを感じられる窓側のテーブルを選ぶと、各々が着席する。


「自己紹介から始めようか……ついでだから一緒に注文する飲み物を述べてくれる?」


 周囲につられて大輔まで黙り込んでしまうと、本当に収拾がつかなくなるので進行を止めるわけにはいかなかった。だから、まずは簡単な提案をする。とにかく何かしらの自己主張をしてほしい。


「俺は佐和大輔。飲み物はクリームソーダ」


 実践してみせれば円滑に事が運ぶだろうと思い、率先して述べる。

 すると直面に座る九重さんが続いてくれた。


「私は九重結菜です。飲み物は……そうですね、ミルク紅茶を──」


 二人が続けば、一同はそういう流れかと理解したようだ。


「大宮茂。コーヒーをブラックで」

「私は古川くらげです。飲み物は九重さんと同じのを──」

「あ、私も同じのが欲しいです。名前は新川ここなといいます」

「俺は小宮洋二……です。うーん……俺はカフェオレを」


 辿々たどたどしくはあるが何とか全員が口を開く。

 炭酸飲料を頼んだのは大輔だけだった。何となく、全員がちょっとした見栄みえを張っているような印象を受ける。べつに「異性の前で、コーヒーや紅茶をたしなむ奴は気取っている」とまでは言うつもりはないが、ここは温かい目で彼らの背伸びを見守ってやるのが正解だろう。

 決して自分だけが子供舌だと露呈ろていしてしまったことへのやっかみではない。


「んじゃ、ちょっと注文してくる」


 声をかけて立ち上がる。

 二階客席には店員が常在していないので、注文をするにはこちらからおもむくことになる。しかし大輔がいなくなると、残ったメンバーで会話が続くのかと心配になった。それでも短い間ぐらいは大丈夫だろうと、一階へと向かうことにする。


「──では、佐和くんを待っている間に、幾つか質問してもいいでしょうか?」


 すると階段を降りる途中で、頭上から九重さんの声が聞こえた。

 どうやら気を利かせてくれたようだ。ありがたい。


 その後、注文を済ませると、二階へと戻る。


 さて、どんな感じになったのであろうかと、客席を覗き込むと──そこには沈鬱な様子で項垂うなだれる野郎どもの姿があった。


 ──なぜ?


「……」

「あ、おかえりなさい」


 九重さんから声をかけられる。


「ただいま。えっ……と、何かあったの?」

「いいえ? 互いを知るために質疑応答をしていただけです」

「はあ……」

「佐和くんにも聞きたいことがありますので──どうぞ、そこへお座りください」


 うながされて、九重さんの対面の席へと腰を下ろした。すると彼女はにこやかな表情のまま、眼光だけを鋭くして、尋ねてくる。


「では始めます」

「はい」

「ご趣味は?」

「へ? えーと……お茶とお花を少々?」

「嘘をつかないでください」

「人助けを少々」

「よろしい。では座右ざゆうめいは?」

「人類皆兄弟」


 淡々たんたんとした様子で質問をされるので、こちらも淡々と答えたが……これは様子がおかしい。何とは言えないが違和感を覚える。しかし「ここが変だよ」と言える決定的要素が見つからないからには、今は様子を見るしかない。

 その後も一問一答のようにして、質疑応答は続いていく。

 しばらくすると、九重さんは「ふむ」とあごに手をついて、大輔の返答をスラスラと手帳に書き写し始めた。そして、とても真剣な顔をして尋ねてくる。


「では、あなたが男性として優れている点──アピールポイントを三分程度にまとめて、お話しください」

「いやっ、合コンって面接の場じゃないからねっ!?」


 今はっきりとわかった。九重さんは合コンのことを採用面接か何かと勘違いしている。

 大声を出すと、とうの九重さんはキョトンとした顔を見せて言った。


「同じようなものでは?」


 そりゃ、相手を見定めるという意味では根底は一緒かもしれないが。


「断じて違います。合コンとはエンターテイメントであって、そんな殺伐さつばつとしたものではありません。ってか、大宮たちが項垂れてるのはそのせいか──」


 きっとしどろもどろに己の魅力を語ってしまい、もっと上手くできたはずだと、後悔と反省の海へと旅立っているのだろう。彼らがどんな気持ちでもって自己アピールしたのかを想像すると、同情の念ばかりが湧いてくる。


「あのね、多感なお年頃の男子高校生に『あなたはオスとして何が優れていますか?』なんて聞いちゃダメだよ」

「どうしてです?」

「正直、俺は下ネタしか思い浮かばない」


 パァンと、甲高い音が頭上から鳴り響く。もはや慣れ親しんできたハリセンが張られた音である。九重さんは頬を少し赤らめて「卑猥ひわいなことを言わないでください」と言った。可愛いが理不尽だ。


「佐和くんは不真面目ふまじめです」

「楽しく生きることは悪いことじゃないからね」

「そんな理屈は認めたくないです」


 最後にそのような掛け合いをすると、横合いから「ぷっ……!」と誰かが吹き出したような吐息が聞こえた。振り向くと、古川さんが口に手を当てて楽しそうにしている。


「ごめんなさい──でも、可笑おかしくって」


 彼女はクツクツとした笑いを必死にこらえているようだった。

 すると、隣に座る新川さんが大輔たちへと尋ねてくる。


「でも九重さんと佐和さんって、本当に仲が良いんですね。いつもこんな感じなんですか?」


 その質問に大輔が答えあぐねていると「ああ実は、学校でもこんな感じでさぁ」と、意気込むように大宮が話に割り込んできた。すると小宮も何かしらの勇気を振り絞ったのか「この二人は校内でも有名なコンビでね、この前も一緒に登下校してたから、嫉妬しっとに狂った男どもが──」と話をひろげていく。どうやら大輔たちの日常をダシにして、会話に参加することを決めたようだ。もとより大輔たちは『サービスマン』として彼らの恋路を応援する身であるから、利用される分には異論はない。もっともっと頑張って欲しい所存である。


 そうして徐々に徐々に、会話のリズムは弾んでいく。

 

 最初こそギクシャクとしたやりとりの六人であったが、三十分もした頃には、小気味の良い会話が成立していた。ふいに話が途切れるようなことがあっても、大輔が「とっておきの小話こばなしがあってさ──」と適当な与太話を披露ひろうして場をつなぐ。そうした甲斐かいもあってか、喫茶マンハッタンの二階には、気負うこともなく、楽しそうに談話に興じる青少年の会が出来上がっていた。


 ──なんだ、良い感じじゃないか。

 

 ここまでくれば、大輔としても、ようやく一安心だ。少なくとも合コンのていがなっているからには、目的の大半は達成したと言っていい。

 だからあとは、恋のアバンチュールが生まれるかどうかだ。

 そこは各人のやる気にるところが大きいから、見守るしか方法はない。

 しかしそれでも、もし恋の火が生まれるようなことがあるならば、その種火を大事に育てる必要はある。ふき消さないように慎重に、ゆっくりゆっくりと空気を送って燃え盛らせる。そんな火起こしのような繊細な手助けが『サービスマン』には求められていて、予断は許されないはずだった。


 それなのに──


「さて、話が盛り上がってきたみたいですので──今からポッキーゲームをしたいと思います」


 盛大に送風機ブロワーをぶっかけてくる人がいる。

 言うまでもなく、場が凍った。

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