九重結菜、合コンの準備をする

 時間を少しさかのぼり、合コン当日の朝。

 昼過ぎから行われる合コンに備えて、九重結菜は自室にて出かけの準備をする。


「本当にこれで大丈夫なんでしょうか……?」


 姿見すがたみに映るのは見慣れない服装をした自分だ。

 淡いピンクのブラウスを着て、デニムパンツを穿いた立ち姿。手にはベージュ色をした仕立てのいい鞄までげている。パステルカラーに包まれた春らしい装いは、まるで雑誌に載るモデルがするような格好だ。あまり流行りの服装に頓着とんちゃくしない結菜にしてみれば、見れば見るほどに違和感しか覚えない。


「私には合わない格好……ではないですよね?」


 つい不安げに呟いてしまうが「あまり憂慮ばかりしてはいけない」と首を振る。それでは、せっかくこの服を貸してくれた人物に対して申し訳が立たないからだ。あまり「らしく」ない結菜の格好であるが、実は、見繕みつくろってくれた人物がいる。


『ファッションについてなら相談にのりますよ!』


 設楽ゆうきさん。先日の『ヤンキー騒動』において交流を持つことになった年下の友人である。彼女とは度々たびたびメッセージを送り合うような気安い間柄になっていて、結菜が『外出する服装に困っている』と何の気もなくメッセージをすると前述の返答が送られてきたのだ。

 設楽さんは、幾つかのファッションアイテムを持参して結菜の自宅にやってきた。そして彼女の指導のもとに、今の結菜の格好ができあがったという次第である。


「設楽さんには迷惑かけちゃったかな……」


 彼女は中学三年生であり、塾通いをしている受験生なのである。それなのに、今回は色々と手間をとらせてしてしまった。なんでも、手提げ鞄は彼女の母親から借り受けてきた物だという。どうりで物が良い。しかし、そこまでしてくれたのかと思うと、ちょっとびっくりしてしまう。彼女は言った。『九重さんの場合、ちゃんとした品物でないと服の方が負けますから』

 まだまだ受験まで猶予ゆうよがある時期だとはいえども、結菜のために大変な心配りをしてくれたことは間違いない。なので、心からの謝礼を伝えると『私も息抜きが必要でしたから、楽しかったですよ』と言ってくれた。なんて優しい子なのだろう。


「けど、最後はちょっと変な顔してたけど……何かしちゃったかな、私?」


 設楽さんが去り際に『どこかにお出かけするんですか?』と聞いてきたものだから、正直に合コンに参加すると伝えたのだ。すると、彼女は面白くなさそうな顔をして『お姉さまっ! 合コンなんてダメです。早く帰ってきてくださいね』と熱心に結菜を説得してきた。どうやら結菜の身の危険を心配してれたようだ。つきまとい被害を受けたことがある彼女であれば、同じ女性として、安心できる話ではなかったのだろう。だから『佐和くんも一緒だから安心ですよ』と笑って言ってやると、彼女は『なおさらじゃないですかっ』と頭を抱え込むようにしていた。あれはどういうことだろう?


「あとはそうね、『お姉さま』呼びをどうにかしてくれると嬉しいのだけど──」


 設楽さんはどういうことか、結菜のことを『お姉さま』と呼称する。それは親しい友人間でのちょっとしたたわむれなのだろう。しかし、結菜にはどうにも抵抗がある。だから遠慮するようにお願いしていたのだが、時折ときおり、うっかりと口から出てしまうようだった。心根の優しい設楽さんのことだから、わざとではないだろうし、きっと邪念もない。いつか普通に接してくれるのを祈るばかりだ。


「っと、そろそろ時間か」


 時計を見ると、約束の時間が迫っていることに気づく。

 最後にもう一度だけ、姿見に映る自分を確認すると、気を取り直して自宅を出る。


「行ってきます」


 目指すのは合コン会場である喫茶「マンハッタン」ではなく、その近隣にあるカフェチェーン店だ。喫茶店に向かう前にカフェにおもむくというのも変な感じだが、そこで待ち合わせをしている。

 入店すると、客がそれなりにいた。この中からあて推量で待ち合わせ相手を探しだすのは無理があるので、事前に伝えられていた電話番号へと発信する。すると店内の隅の方に、スマートフォンを片手に立ち上がる人物を発見する。


「あっ、こっちです」


 呼びかけられてテーブルへと近寄ると、そこには二人組の女子がいた。


「はじめまして、九重結菜といいます」


 着席をする前に軽く会釈えしゃくする。しかし対する二人組はほうけたようにしていて応答がない。


「あの……?」

「あっ、ごめんなさい! どうか座ってください」


 片方の女の子がなんとか着席を勧めてくれたが、結菜が座っても、二人はマジマジと結菜の顔を見つめてくるばかりだ。まあ、結菜としても慣れた応対のされ方だったので、彼女らの気が済むようにさせておく。すると先ほど着席を勧めてくれた子がようやく口を開いた。


「ごめんなさい。びっくりしちゃって──ほら、くらげもぼうっとしてないで座りなよ」

「あっうん……」


 それから彼女らの自己紹介を聞いた。

 新川ここなさんに、古川くらげさん。二人とも結菜より一つ年下で、高校一年生であるという。結菜とは違う高校に通う、クラスメイト同士なのだと。

 そこまで聞いたところで、結菜は飲み物を注文してもいいかと二人に切り出した。この店はテーブルではなくカウンターにて注文をする形式であるため、しばらく席を外すことになるが、それでよいかと尋ねる。


「あ、はい。どうぞ」

「すいません。失礼しますね」


 一言断ってから席を立ち、注文カウンターへと向かうために歩き出す。すると、後方から色めきだつような気配を感じた。つい「ふう」と一息吐いてしまう。


 ──そのまま一通りに騒いでもらうことにしよう。


 経験則として、こういう時は一度ガス抜きをしてもらった方が話を進めやすい。そして狙いどおりと言うべきか、飲料を持参して席へと戻ると、彼女らは幾分か落ち着いた様子で結菜を迎えてくれた。


「改めて、今日はよろしくお願いします」


 その後は、雑談をして二人と打ち解けようと試みる。アイスブレイクというやつだ。それぞれの高校生活について簡単に情報交換などをするが、それを済ますと本題へと入る。

 それは本日の目的について。

 結菜は欠員の代理で合コンに参加した、いわば助っ人である。よって結菜自身が男性との出会いを求める目的はない。だが、やるからにはおざなりをしたくないという気持ちもある。だから、二人のどちらかが男性陣の誰かと親密になりたいと願うのなら、そのサポートをさせて欲しいと、直球に伝えさせてもらった。

 すると、新川さんがおずおずとした様子で口を開く。


「あの九重さん……」

「はい、なんでしょう?」

「今日これからお会いする男の人たちって……九重さんのお知り合いなんですよね?」

「そうですね。全員と親しいわけじゃないですが……一人はクラスメイトです」

「だったら──ごめんなさい、助けてもらえないでしょうか?」

「助ける?」

「はい」


 新川さんは「本当に勝手を言ってすいません」とかしこまっているが、結菜としては言葉の意味が分からない。すると、そんな結菜の疑問を察してか、古川さんが言葉を継いだ。


「私たち、男の人とまともに会話したことがないんですっ!」

「はあ……」


 詳しく聞いてみる。

 彼女たちはシャイな性格であり、男性と触れ合う機会はこれまで皆無かいむであったらしい。だから、いざ合コン開催を目の前にして尻込みをしているのだと。思い起こしてみれば、彼女たちの通う高校というのは女子校である。


「けれど『女性側からオファーがあった』と佐和くん──いえ、お相手の男子から聞いていたんですが……?」


 それは、彼女たちのやる気の表れと捉えても致し方ないような気がするのだが。


「それは知子ともこが悪いんですっ!」

「そうですぅ……盛り上がるだけ盛り上げておいて、一人だけ彼氏を作ってからにぃ……」


 すると、古川さんは声を荒げて、新川さんは泣きそうな声音こわねで、それぞれに言う。

 なんでも今回の合コンを企画した言い出しっぺというのは、欠員となった女子、その人であったらしい。なるほど、と理解する。新川さんと古川さんの二人は、乗り気になっている主催者に便乗しただけであり、矢面やおもてに立つほどには心の余裕がないということなのだろう。


「事情は理解しましたが、助けて欲しいというのは──」

「どうか私たちの会話をリードして欲しいんですっ」

「九重さんにだったら私たち、ついていきますっ」


 力強く頷かれてしまい、困ってしまう。彼女たちはあろうことか、合コンの主導権を結菜にゆだねようと言っているのだ。それはサポートに徹しようとしていた結菜の目的とはいささか食いちがう主張である。


「あの……無理はしなくても大丈夫ですよ? みなさんいい人ですから、理由をつけて合コンをキャンセルしても、きっと理解してくれると──」

「いえっ、それには及びませんっ」

「私たちも彼氏が欲しいですっ」


 思わず苦笑してしまう。

 つまりは率先して場を牽引けんいんする度胸どきょうはないものの、合コンの開催自体には興味津々きょうみしんしんだということだろう。その上で外部からの助っ人である結菜に全権を委ねようというのだから、なんともエゴイスティックだ。だがまあ、可愛らしい我儘わがまま範疇はんちゅうである。彼女たちに悪意を感じないからには、お嬢様がたの世間知らずにつき合わされてしまったのだとして、観念することにした。


 ──これもまた人助けだ。


「わかりました」

『ありがとうございますっ』


 結菜が頷くと、声を合わせて歓喜する二人。

 そうして、きたる合コンに向けての最後の示し合わせを終えると、いよいよ会場へと向かうことになった。喫茶『マンハッタン』はすぐ近くにあるものだから、特に語ることもなく、現場へと到着する。扉を開くと、カラコロンと喫茶店のベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 女性店員が出迎えに来たのを受けて、声をかける。


「あ、はい。待ち合わせです。少し遅れてしまったので……もしかしたら先に──あっ」


 大勢の客がいたが、店内を見渡していると見知ったグループを見つけた。そのままそちらへと向かう。


「すみません。お待たせしましたでしょうか? 佐和くん」

「いいや九重さん、こっちも今来たところだよ」


 声をかけると決まり文句のような言葉が返ってきた。結菜が「本当ですか?」と念押しすると、彼は困ったようにして笑う。どうやらそれなりにお待たせしてしまったようである。申し訳ないが、それはまた違うところでお返しすることにしよう。

 今はまず、するべきことをする。


「では合コンを始めましょうか」

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