サービスマン、合コンの準備をする

 合コン当日の朝。

 昼過ぎから行われる合コンに備えて、佐和大輔は自室にて出かけの準備をする。


「しかし……考えてみても適切な服装がわからん」


 合コンといえば、それすなわち戦である。目下もっかの問題はその武装を如何いかがするべきかなのであるが、大輔はただの頭数あたまかずそろえだ。主戦力は大宮と小宮であるが故に、でしゃばるような真似まねはするべきではない。自然と格好は地味で目立たないものという結論になるが、あまりに不恰好すぎると、かえって彼らの足を引っ張ってしまう可能性もある。その塩梅あんばいというものがどうにも見極めきれなかった。


「あ、そういえば。あれがあったな」


 考え込んでいると、ふと思いつく服装があった。衣装ケースの奥へと手を伸ばして、それを引っ張り出す。

 カーキ色をした襟付えりつきのシャツ。

 自分なりに「こいつぁイケてやがる」と直感して衝動買いしたのであるが、購入してから一度たりとも、これを着て外出したことはない。その理由は、試し着をした際に、愚姉より「旧日本兵みたい」という心無い感想をいただいたことによる。その時はふざけるなと激怒したものだが、おかげで姿見を見れば見るほどに、お国のために命懸けで戦う兵隊さんに見えてきてしまうのだから仕方ない。


「仕立てはいいから、不潔には見えんだろ」


 そのように納得して着替え出す。

 シャツを着て、ネイビーのパンツを穿く。全体的にダークカラーな印象になってしまったが、野暮やぼったくはないと思いたい。あまり春らしい装いとは言えないかもしれないが、大輔は主役ではないのでこれでいいだろう。


「行ってくる」


 玄関口から家族に声をかけて出発する。

 目指すのは合コン会場である喫茶「マンハッタン」ではなく、その近くにあるファーストフード店だ。そこで昼食を取りつつ、男性だけで作戦会議をする予定である。

 入店すると、大宮と小宮は先にいた。注文カウンターにてハンバーガーセットを一通りそろえると、彼らの元へと向かう。すると大宮が開口一番に弱音をあげた。


「やべぇ……緊張してきた」

「なんでだよ」


 思わず指摘してしまう。昨日までノリノリで「お持ち帰りされたら、どうしましょう?」なんてほざいていた奴が、当日になって弱気の虫を見せていたら物申したくもなる。しかし大宮だけではなく小宮までもが声を震わせていた。「いや、考えてみたら俺たち、女性に免疫がねえよ」


「クラスの女子と話すようにしてればいいじゃないか?」

「佐和のその『簡単なことだろう?』みたいな顔が腹が立つわ」

「なんでだよ」

「世の中の男子高校生全員が、クラスの女子とまともなコミュニケーションを取れていると思ったら大間違いだかかんなっ」


 小宮がえると大宮もまた「そうだそうだっ」と追従している。そのバカっぽい様子を女子たちの前で見せればいいじゃないかと思ったから、そのまま伝えると「バッカおっめぇちっげーよ」と歯切れの良い返しがある。だからそのノリを見せろノリを。


「そんなことをして『まぁ、裏山の猿が紛れ込んでいるわ、下賤げせんね』なんて顔されてみろ。俺は一生引きずる自信があるぞ?」

「そんなわけねぇだろうがよ」

「いいや違うね、俺は詳しいんだ。『私共に相応ふさわしい茶会ではなかったようですわ、ごめんあそばせ』って帰っちまうに違ぇねえよ」

「んだんだ、たっときお方々かたがたを怒らせちゃなんねぇ」

「お前らのその女性に対する貴婦人像はいったい何なん?」


 しかし、そうは言ったものの、彼らの言葉に少しだけ考え込む。


 ──なくもないのか?


 もちろん、女性というものが小宮たちの偏見に則する実態を持つわけではないこと、それは重々理解している。だが世の中にはいろんな人だっている。彼らの言うような極端な例ではないが、いつも通りにしていて女性からさげすむような視線を受けた経験は大輔にもあった。そういう気質の人が来るかもしれないことを想定しても、それは悪いことではない。だから最初ぐらいは自分というものを取りつくろって、無難な紳士を装うのもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、大宮がすがり付くように声をかけてくる。


「なあ佐和よ、お願いだ」

「なんだ?」

「俺たちの先陣をきってくれないか?」


 やや分かりにくい言い回しであったが、要するに、大輔が男子陣の会話をリードして欲しいという要望である。しかしそうなると、男性陣の中で一番に目立ってしまうことになるが、それでいいのかと尋ねた。


「頼む。どうにも俺たちだけだとしょぱなから滑りこける未来しか想像できない」

「もちろん、お前だけを弾除けにはしないからよ。俺たちも盛り上げるよう努力する」

「二人がそれでいいなら、まあ……」


 そこまでいうならば仕方がないと、とっかかりもなく了解の意を示す。すると、大宮と小宮は安心したかのように大きく息をいた。そうして、きたる合コンに向けての最後の示し合わせを終えると、いよいよ会場へと向かうことになる。

 喫茶『マンハッタン』はすぐ近くにあるものだから、特に語ることもなく、現場へと到着した。店内に入ると、それらしい女性客は見当たらない。どうやら大輔たちの方が先に到着したようだった。


「……」

「……」

「愛想が良くないよりは、バカをさらした方がまだマシだと思うがなぁ」


 席につき、出されたお冷やを口に含めながら、黙りこくる男どもの様子を観察していた。二人ともカチコチである。先が思いやられたが、特段にかける言葉もない。正直なところ、緩衝材かんしょうざいをプチプチするよりも無意義な時間が流れていると思う。面白いことなんて何もないからには、早く女性陣が到着しないだろうかとぼんやりしていた。

 すると、カラコロンと喫茶店のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


 女性店員が出迎えにゆくのを追うように、視線をそちらへと向ける。店の入り口に三人組の女性の姿があった。その中の一人が店員と一言二言を交わすと、店内を見渡している。


「あ、はい。待ち合わせです。少し遅れてしまったので……もしかしたら先に──あっ」


 その女性は大輔たちの姿を見つけると、こちらへと寄ってきた。

 そしておもむろに口を開く。


「すみません。お待たせしましたでしょうか? 佐和くん」

「いいや九重さん、こっちも今来たところだよ」


 決まり文句のような言葉を返すと、彼女は「本当ですか?」と、やや申し訳なさそうに、けれどほがらかに笑った。


「では合コンを始めましょうか」


 春らしい装いに身を包み、おめかしをした九重さんの姿はまるで春の訪れを告げる女神のようである。

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