サービスマン、昇降口にて会話する

 図書室での談話を終えて、九重さんと帰宅の途についていると、ふと思い出した。


「次のサービスマンは合コンに参加することになったよ」


 昇降口にて、九重さんは、靴を履き替えながらに答える。


「では今回は、私にできることはない……ということでいいのでしょうか?」

「そういうことになるかな」

「わかりました──佐和くんのことだから、私にも参加しろと言い出すかと思いましたよ」

「それはないよ」


 軽口を受けて想像してみる。合コンの席で、男性側の中心に座る九重さんの姿をだ。なぜか男装している彼女は、その透きとおるような声でもって女の子たちをとりこにしている。あれだけの美形だ、老若男女を分け隔てなく魅了することは目に浮かぶように想定できた。


「むしろ男の矜持きょうじが危ぶまれることになりそうだから、来ないで欲しいかな」

「む……なんだか挑発的な物言いですね」


 そんなふうに他愛無い会話をしながらに昇降口を出た。

 辺りを見ると下校する生徒の姿は少ない。放課後をそれなりに校内で過ごしたものだから、すっかりと遅くなっている。残るのは部活動に打ち込む学生ばかりだ。左方の奥、グラウンドの方から、白球を追いかける球児たちの掛け声が響いてくる。そちらを何とはなしに眺めながら、ふと口をついた。


「九重さんは部活動のお誘いとかなかったの?」

「ありましたね」

「へえ、具体的に何部から?」


 尋ねると、九重さんの口から様々な部活動の名前があげられる。ダンス部に写真部、演劇部に放送部など、文化部が多い印象だったが、諸々もろもろの運動部からもマネージャーとしてのお誘いがあったらしい。


「中には『毎日、味噌汁を作って欲しい』なんてお誘いもあったのですが……あれは何部の方だったんでしょうか?」

「ああ、そりゃお料理研だろうさ。あいつらバカなんだよ」

「そんな風に人のことを悪く言うものではないですよ」


 しかし、たしなめる声にはあまり本気の度合いがない。九重さんとしても、困った誘い文句だったのは確かなのだろう。


「それで、どこかに入るつもりはあるの?」

「いえ。今のところは、どの部活動にもお世話になるつもりはありません」

「そっか──まあ、全部が落ち着いたときにさ、興味があったなら声かけてよ。伝手つてはあるから大概の部活動には口利きできる」

「はい。そのときはお願いしたいです」


 もし中途半端な時期に入部を表明することになれば、なんらかの軋轢あつれきが生じるかもしれない。そう思って提言してみたが、律儀に頭を下げて「ありがとうございます」とお礼をされてしまう。ちょっと大仰だなと苦笑してしまうが、彼女のこの生真面目きまじめさはもう性分しょうぶんなのだろう。とりあえずは気にしないでくれという意味を込めて手をふりふりさせた。

 すると九重さんは、何かを思いついたように尋ねてくる。


「佐和くんは生徒会に所属しているんでしたか?」

「ん? ああ、そうだけど──」


 そうは言っても、大輔としてはそこに情熱はない。ただ『サービスマン』を行うにあたって都合の良いポジションがあったから在籍しているだけだ。しかし九重さんにおいては、何かしら思うところがあったらしい。詳細について尋ねられる。


「生徒会というのは、どのようにして参加できるものなんでしょう?」

「うーん……執行部の活動に参加するだけなら、色々とやりようはあるはずだけど──基本的には生徒会長が九月にある選挙で選ばれる。んで、その会長が他の執行員を指名するって寸法だな」


 言いながら去年のことを思い出す。

 当時、生徒会長に選任されたばかりの田口会長の元に出向いて「どうか生徒会へと入れてくれ」とお願いしに行ったのである。あの時の鳩が豆鉄砲をくらったような会長の顔は、今思えば中々にレアなものだった。まあ、見知らぬ下級生からいきなりに頭を下げられたのなら驚くのも無理はなかっただろう。

 そのように昔を思い返していたのなら、右方より「サー先輩っ」と大輔を呼ぶ声が聞こえる。体育館から学生が一人、こちらへと向かってくることに気がついた。


「サー先輩っ、クノー先輩っ!」


 ジャージ姿の小柄こがらな少女──犬飼しおりである。

 以前、サービスマンのへの依頼により犬探しを手伝った後輩だ。彼女はひょこひょこと小動物のような動きを見せながら近くまで寄ってくると、ハッハッと荒い息を吐いた。


「おお、どうした?」

「犬飼さん、こんにちは」


 おそらく後先考えずに駆けてきたのだろう。息を整えるのに苦労している様子の犬飼に、九重さんと共に声をかけた。すると彼女は元気よく声をあげる。「こんにちはっす!」


「姿を見かけたから追いかけてきたんすよ」

「相変わらず犬コロみたいな習性をしとるな。なんだ、お前は俺のことが好きなのか?」

「あはは、まさか。クノー先輩相手ならまだしも」

「……俺にも非はあるが、少しはリップサービスしてくれても良くない?」

「そんなことより──」

「そんなこと?」

「今日はお話しがあって来たっす」


 あっけらかんと一顧いっこだにもされないので、少々むなしい気持ちになってしまう。だが、犬飼相手に一喜一憂すること自体がしゃくにも思えたから、精一杯にノーダメージを装った。しかしそんな大輔の虚勢には一切取り合わずに、犬飼は九重さんへと向き直って、ガバリと頭を下げた。


「お願いがあるっす」

「え、あはい。それはもちろんお聞きしますが……佐和くんじゃなくて、私にですか?」

「サー先輩は論外ろんがいっす!」


 おいこら、ちょい。

 随分ずいぶんな物言いである。今までの恩を忘れたのではあるまいなと、先ほどの鬱憤うっぷんも加えて恨みがましい視線を送ってやるが、犬飼も今度はさすがに気後れしたのか「いや今回だけの話っすよ。サー先輩には日頃から感謝の気持ちで一杯です」と調子の良いことを言った。

 本当だろうか。

 大輔が疑いの目をもって犬飼を凝視していると、話が進まないと思ったのか、九重さんが「佐和くんは落ち着いてください」と言う。そして犬飼へと問いただした。


「お願い……とは? 事情がわからないと、返答のしようがないのですが──」

「ああっはいっ。えっとすね──」


 犬飼がしどろもどろにも説明を始める。


「以前、私の中学時代の友達にカナちゃんっていう子がいるって言ったはずなんすけど、覚えてます?」

「ええと、確か……佐和くんがサービスマンでお世話をした、他校に在籍されてるという」

「そうっす。そのカナちゃんっす」


 犬飼は元気よく頷く。だが途端にしおらしくなって、申し訳なさそうに九重さんへと言った。


「その子に頼まれて、いま、女性の人手ひとでを探してるんすけど、これが誰にも断られてばっかりで……入学したばかりだから、クラスメイトにも踏み込んで頼みづらいんすよ……だからどうか、クノー先輩にお願いできないかなって思った次第で」

「なるほど。話はわかりました」


 犬飼の要件は、どうやら女子以外はお断りの話であったらしい。そうなると、確かに大輔には手出しできないが、九重さんは大丈夫なのだろうか。気になって尋ねてみる。


「これも人助けです。ひまりのためにも早く『対価』を集めなければなりません」

「あ、なるほど……ええと──」


 どうやら使命感により承諾しょうだくしようとしているようだが、大輔のいない場で善行を積まれようともあまり意味はない。そういった認識の齟齬そごをどのようにして伝えたものか、言葉を選んでいると、九重さんが先に口を開いた。


「それで、カナさんはどういった事情で人を集めてるんですか?」

「あっいや、集めてるわけじゃなくて一人だけでいいらしいっす。なんでも同級生から『企画したものの突発的に彼氏ができてしまった、どうしよう』って泣きつかれてるらしくて、替え玉を買って出ようとしても、カナちゃんには想い人がいるからどうしようもないって──」

「はい? ごめんなさい、それはいったいどういう──」

「あ、すんませんっす。肝心かんじんなことを伝えてなかったすね」


 すると犬飼は能天気な笑顔を見せて答えた。


「なんでも『合コン』の欠員けついんを探してるみたいっすよ」

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