九重結菜、疑う
「九重さん、もうその辺で──」
設楽さんが困ったような顔をして伝えてくるので、仕方なくハリセンを下ろした。
「ふぅ……まったく、やれやれだぜ──」
佐和くんが取り澄ました顔をして何やら
「むぅ……」
そうなると
「しかし、いいんですか、設楽さん?」
「いいんです」
あなたには男どもを
「えっ……と、田中……先輩は、私がお兄さん達に
「……」
「田中くん、返事返事」
問われた田中くんはポーッと設楽さんを見つめていた。なので、隣に正座する佐和くんから
「つきまとわれるのは、確かに怖かったですけど……べつに先輩は、私に乱暴しようとか、そういう目的はなかったってことでいいですか?」
「もっ、もちろんだ。俺は紳士だから」
「だったら許します。二度とやらないでくださいね」
そう言って
「……天使」
その言葉には同意できなくもないが、言い方が気持ち悪い。言われた設楽さんの方も苦笑していた。そのように誰もが二の句を
「あー……設楽さん。田中くんの友達として、俺からも非礼を
「そんな、佐和先輩から謝ってもらうことなんて……先輩達のおかげで助かったんですから」
「うん。ただ、その上で一つお願いがある。弱みにつけこんだと思ってくれて構わないから、どうか聞き届けてほしい」
「お願い……ですか?」
「田中くんに今一度、チャンスを与えてやってはくれないだろうか」
それは彼に告白する機会をくれということだった。このような形で終わってしまう友人の
田中くんが驚いたように「佐和……お前ってやつは」と言い、佐和くんは「いいってことよ」と得意顔をしている。男の友情が
そうして佐和くんに促されて、田中くんが立ち上がると、設楽さんと相対した。
「まずは、迷惑をかけたこと改めて謝罪します。申し訳ない」
田中くんが深々と頭を下げる。中々に上がらないその姿勢からは、彼の反省具合というものが確かに感じ取れた。ようやく顔を上げると、彼は極めて真剣な表情で、
「けれど、あなたを初めて見たとき、俺は……天使がいると思ったんだ。今ここで行動を起こさないと、こんな幸運な出会いは二度とないと
「ごめんなさい」
しかし、にべもなく断られていた。
佐和くんが「残酷な天使……」なんて馬鹿なことを呟いているが、そりゃそうだろうと
田中くんは魂が抜けたような顔をして、その場に
今にも
「その……好きだと言ってもらえるのは嬉しいです。本当です。けど私は……私にも、好きな人が出来ちゃったから先輩の気持ちには応えられませんっ!」
すると設楽さんから爆弾発言が投下されて、その場の空気が乱れた。なぜなら彼女の言葉のニュアンスからは、恋に落ちたのはごく最近だと伝わってきたから。
──つまり、
そこに思い至った全員がザワザワと動揺している。特に、
「はー……急にみんなソワソワしちゃって、まあ」
「佐和くんは期待したりしないんですか?」
いつの間にかに結菜の隣に立って、ザワつく
「いや、それはないだろう。俺はべつに彼女にアピールしてないし」
「ふーん……そうなんですか」
結菜としては、その返事に何も思うところはない。ただ、言葉通りに「そうなんだ」と思っただけだ。
「ではこれで『サービスマン』は完了ですか?」
「そうだね。これ以上ないってくらいの大団円だ」
大団円と言ってしまうと、約一名が絶望の底に沈んでいるから疑問ではある。だが、結菜達の仕事はこれで終わりだということだった。
「田中くんのこと、あとはよろしくお願いしますね」
「まあ、こういうとき、残念会を開いてやるのが友達ってもんだろうからな。やっておくよ」
「これ以上、設楽さんにつきまとうことがないように。フラれたのだから
「了解だ」
強い口調で言いつけると、佐和くんが苦笑しながらも頷いた。それでよしとする。あとはザワついている人達が落ち着くのを見計らって、解散を申しつければ今件はすべておしまいだ。
「もしかして、中学生が大好きだってことはありませんよね?」
「べつに嫌いとは言わんが、
「ふーん」
「なんだかやけに気にするね」
もうそろそろ深夜に届きそうな時間であったが、公園内は活気にあふれている。厄介なことに、騒がしい会合はまだまだ眠りそうにもなかった。
●
その後、解散をする直前に、設楽さんから声をかけられた。
連絡先を教えて欲しいという。
断る理由はない。それどころか、この街に知り合いが少ない結菜としては、願ったりな話である。喜んで応じると彼女もまた喜色満面にあふれた顔をしていた。この先、彼女の進学が上手くいったとしたら、その時は改めて高校の先輩として振る舞おうと思う。
そうして帰宅して、入浴し、自室へと戻る。
すると早速、スマートフォンにメッセージが届いていることに気がついた。
設楽さんからだ。そこには本日のお礼が書いてある。マメなことだと感心する一方で──その文末に、どうにも
『よければ結菜さんのことを【お
「……んん?」
これにて一件落着である。
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