九重結菜、吠える

 それから大勢で移動して、元の長椅子ベンチの所まで戻ってきた。


「さて、キリキリ白状してくれ」


 佐和くんが、同級生だというフードの男──田中くんに対して言う。彼は同級生といっても隣の学級の生徒らしく、転校生である結菜にとっては知らない人だった。だが、佐和くんにとっては見知った友達らしく、気負うような気配はない。

 田中くんはいま、地面に正座させられている。そして彼のそばには佐和くんが立ち、少し離れて、女子二人が対面するような形で長椅子に座っていた。全体を取り囲むようにしてヤンキー達もこと経緯けいいを見守っていて、なんだか各人の立ち位置が時代劇の捕物帳とりものちょうのようでもある。まるで奉行所での一場面ワンシーンだ。


 ──もしかして、桜吹雪を見せつける必要があるだろうか。


 ふと馬鹿な想像が脳裏のうりをよぎるが、それを実行したらまるで佐和くんだ。目一杯に頭を振って、気を取り直すと、事態の推移を待つ。


「実は──」


 田中くんの口から、今回の件について、おおよそのあらましを聞く。ゴニョゴニョと要領を得ない話し口ではあったが、内容としては単純だった。 


「要するに、田中くんの一方的な片思いだと?」


 結菜がそう結論づけると、その場にいる全員が一斉にこちらを見てくる。若干じゃっかんたじろいでしまうが、結菜の言葉に異論は出てこなかった。

 田中くんが言うことには──彼はとある日に、公園で落とし物を拾い、その持ち主だと思われた女子に声をかけた。すると、たちまちに恋に落ちたらしい。一目惚ひとめぼれだ。しかし熱に浮かされるようにして声をかけてしまったが、怖がられてしまったのだという。だから、釈明しゃくめいできる機会をずっとうかがっていたのだと。


「けど、俺がすっげえ警戒されてたのは分かってたし……しかもなんか、やからみたいな連中に囲まれてたからさ……正直、超こえぇし、どうにもなんねぇと思ってあきらめようとしたんだ」


 けれど恋は盲目もうもくなのか「好きになった女の子がヤンキーにからまれている、助けなければ」という妄想が頭を離れてくれず、ついには義憤ぎふんとなって彼に行動を起こさせる。


「だから目安箱に投函とうかんしたんだよ『サービスマン』にさ」

「なるほど、そういうこと」


 佐和くんが、合点がてんがいったと言わんばかりに、ポンと手を打つ。結菜達が公園にやってくるきっかけになった「ヤンキーたちを追い払ってほしい」という依頼は、どうやら田中くんからのがねであったらしい。


「でもなんで匿名とくめいなのさ? 事情を話してくれれば、ちゃんと協力したのに」

「ダチに恋バナするなんて恥ずかしいじゃねぇか……」

「あー田中くん、シャイだかんなぁ」


 男子二人がなんともなごやかな雰囲気で会話を続けている。

 佐和くんは得心がいったという風に納得しているが、しかし、結菜としては鼻についてしまう。なんだか田中くんの言い分が随分と勝手なものに思えて仕方ない。だからつい言ってしまった。


「けど、やってることはつきまといですよ?」


 田中くんが「ギクゥ」という擬音ぎおんが聞こえてきそうなほどに狼狽うろたえる。佐和くんが「まあまあ九重さん……」と擁護ようごするような気配を見せているが、容赦ようしゃなく言ってのけることにした。


「ストーキングは犯罪です」

「……はい」

「設楽さんがどれだけ怖い思いをしたか……あなたは想像したことありますか?」

「あ……名前、設楽さんっていうんだ……」

真面目まじめに聞きなさい」

「あ、はい」


 話していると段々とムカっ腹が立ってきた。


「だいだい、なんですかそのフードは?」

「え、フード?」

「そんなふうに目深まぶかに被る頭巾ずきんは、いったいどういう意図があるのかと聞いています」

格好かっこういいからだけど?」

「深夜徘徊でのフード被りはファッションとは言わないんですよっ」


 えてしまった。

 しかし仕方がない。

 なんといっても、とぼけている。

 結菜が湧き出てくる苛立いらだちのまま、フードを取れと言いつけると、彼の頭巾は即座にめくり上げられた。中から出てきたのは、なんのことはない、純朴じゅんぼくそうな高校生の顔である。こんな奴によって、設楽さんが怖い思いをしたのか。考えれば考えるほどに怒りは燃え上がる。


「いいですか。恋をするなとは言いません。けれど何事なにごとにも節度や常識というものがあるはずです。ましてや女の子を追い詰めるような真似まねが許されるはずもないでしょう──」

「あの……九重さん、落ち着いて」

「佐和くんは黙ってください」

「はい」


 口を挟んでくる佐和くんに、をわきまえろという意味を込めて言ってやった。すると簡単に引き下がるが……考えてみれば、彼にもまた言いたいことはたくさんある。


「佐和くんも、です」

「え……? あ、うん、いやはい」

「なんなのですか、あの茶番ちゃばんは?」

「あの……茶番とは?」

「そちらの方達と、楽しそうにヒーローごっこをしていたではないですか」

「ああいや、あれはちょっとしたユーモアで……みんなの緊張がほぐれればと──」

「ユーモアと言い張れば、どんなおふざけをしてもいいとはならないんですよ?」


 結菜がたしなめるように言えば、佐和くんは「い……イエスマム」とかすれた声を出す。なるほど、理解した。どうやら、彼らは何も分かっていないらしい。


「あなた達、そこになおりなさい」


 激情に身を任せぬよう、つとめて冷静に告げてやる。

 するとどういうことか。その場にいる全員が居並んでしまった。佐和くんと田中くんの二人に言いつけたつもりであったが、ヤンキー達までもが結菜の前に、正座で、雁首がんくびを揃えてしまう。

 結菜はそんな異様な光景にひるむどころか、感情をますますヒートアップさせてしまった。


「全員、きつくお説教です」


 手始めに「まじか……なじられてぇ」とつぶやいた金髪頭きんぱつあたまを、お望みどおりにしかりつけてやった。

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