九重結菜、自身の本音を直視する

「公園を騒がしくし、地域住民の迷惑となるヤンキーどもとはお前らのことだなっ」

「なんだお前はっ⁉︎ 名を、名を名乗れぃ!」

「貴様らに名乗る名前などないっ‼︎」

「名乗りもしないとは卑劣ひれつなやつ、人の風上かざかみにも置けぬわっ」

「そこまで言われたなら仕方ない、我が名は『サービスマン』、ご近所の平和を守るものだっ!」


 結菜が必死に他人のフリをしているのをよそに、男どもが楽しそうに茶番を演じている。


「ええいっ野朗どもっ、出合え出合えっ!」

「待て、ここでは場所が悪い、河岸かしを変えるぞ」

「いいだろう、ついてこい」


 もう、恥ずかしくて仕方がなかった。

 耐えきれなくなって隣に座る人物に目を向けると、設楽さんもまた「あはは……ノリノリですね」と苦笑している。とりあえず佐和くんはあとで説教しようと心に決めた。

 そうこうしているうちにも、男たちはゾロゾロと列をなして移動している。そのまま公園の奥の方へと去り、見えなくなってしまった。


「佐和くんがごめんなさい。嫌だったでしょう?」

「いえっ。私のためにやってくれているのに嫌なんてことありません、むしろありがたいです……けど、確かに恥ずかしかったですね」


 結菜が謝ると、設楽さんはそう言って、笑って流してくれている。そんな彼女のことを「いい子だな」としみじみ感動してしまった。


「静かになりました」

「はい」


 先程まで騒がしい男どもがいたから気が付かなかったが、公園内は現在、とても閑静かんせいたたずまいである。もうそろそろ、いい時間帯だった。結菜達が訪れた時よりも確実に人影は減っているからには、その分だけ危険が増している。そんなさびしい園内で女子二人だけが長椅子ベンチに座っているという状況は、防犯という観点からしても、明らかに回避すべきだ。

 それが分かっているからか、設楽さんが不安そうに、腕で身を抱いて言う。


「なんだか怖いです」

「そうですね、けど大丈夫ですよ。佐和くんもあれでいて頼りになる人ですから、いざとなればきっと助けに来てくれます」

「あの人を、信頼しているんですね」

「そう……かもしれません。彼の人柄と能力は買っています、口惜しいことに」


 それは嘘偽うそいつわりなく、自然と心から出た言葉だった。結菜にとって佐和大輔という同級生は、思いのほか甲斐性かいしょうのある男性であったようだ。


「それは口惜しいことなんですか?」

「ええまったく。とても残念なことです……」


 けれど、先程にたまれない思いをさせられた不満からか、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。それが腹いせであることは理解しているものの、それでも彼が相手では我慢がまんが効かなかった。

 すると設楽さんから、ふふっと、控えめな笑みがこぼれる。


「そっか……いいなぁ、なんだかうらやましい」

「羨ましい?」

「ええ」


 何を羨望せんぼうされることがあるかと疑問に思うと、彼女は可笑おかしそうにしている。


「だって九重さん、とても楽しそうなんですもの」

「楽しそう……ですか?」

「はい」


 こんなふうにと言って、設楽さんは人差し指で両頬りょうほほをクイっと上げる仕草を見せる。彼女に言われて気がついたが、どうやら結菜は、知らず知らずのうちに口角を上げながら話をしていたらしい。そんな意想外な事実を聞かされて、ついには観念する。


「確かに私は、佐和くんと一緒に駆けずり回る日々を、楽しいと感じているのでしょうね」


 彼と一緒に『サービスマン』としての活動を行うことに、自分は何かしらのやりがいを見出みいだしている。しかし本来ならば、そんな浮ついた感情を覚えることは許されないはずだった。結菜が彼の活動に随伴ずいはんしている理由は、すべて妹を救うためにこそ行われている。であるならば、軟派なんぱな私情は一切はさまずに、一意専心いちいせんしんしてことに当たるべきなのだ。


「いいじゃないですか。私も楽しいことは好きです」

「そうですね。私もそう思います」


 それなのに、設楽さんの言葉にすんなりと同意してしまえる自分がいる。結菜には悲願があるが、それは悲愴ひそうな心持ちをもって成し遂げなければならないわけではない。素直にそう思えた。

 不思議ふしぎと、罪悪感もない。

 もっと自責の念にさいなまれるかもと思ったのだが、今はとても清々すがすがしい気持ちで、自身の本音を直視することができている。


 ──それもこれもすべては佐和くんのせいだ。


 結局は、そんな責任転嫁せきにんてんかのような言い訳をすることになる。あまり思い悩んでも仕方のないことだと思うからには、適当に納得できればそれでいいのだ。


「気楽にいきましょうか?」

「はい、よろしくお願いします」


 設楽さんに声かけるとほがらかな返事がある。きっと自分こそが一番不安であろうに、そうやって健気けなげな姿を見せることができる彼女には、強い尊敬の念を覚えた。


 その後しばらくは、二人で楽しく会話を続ける。


 話をしていると、設楽さんの志望校が実は結菜の在籍する高校であったことが知れて、アレコレと校風や学校生活について尋ねられた。「うわさでは、学校名物になるほどの変態な人がいるって聞いたんですけど……」「ああ……それはきっと佐和くんのことでしょうね」「ええっ、そうなんですか⁉︎」「彼以上の変人も他にいないでしょうから」


 話す内容は別としても、とてもなごやかな時間が流れていた。

 そうしていると──


「──設楽さん、振り向かないでください」

「えっ……」

「落ち着いて……そう、大丈夫です。私もついていますから、ゆっくりと立ち上がって──」


 ある事実に気がついて、ゆっくりと設楽さんに指示を出す。そのまま彼女を誘導して、なんでもない風を装いながら長椅子から離れた。二人で横並びになり、決して背後を向かないようにして歩きだす。


「行きましょう」

「……はい」


 二人の遠い後方に、公園の影が重なり合った場所がある。その暗闇の中から、フード姿の男の顔が浮かび上がり、ひどく緩慢かんまんな瞳でもって二人を見ていた。

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