九重結菜、ヤンキーへの認識を改める②

「それで、助けを求めた先の人たちというのが、そこにいる彼らだったと?」

「はい」


 結菜が確認をとると、設楽したらさんははっきりと答える。


「それ以来、公園を通って帰るときには、いつもお兄さん達がそばについてくれて──だから私は、本当に感謝しているんです」


 彼女は笑顔のまま、いかに自分が彼らによって救われたかを語っていた。

 結菜は胡乱うろんげな目をもってかたわらへと目を向ける。すると、照れくさそうに顔を赤くしているヤンキー達がいた。どうやら自分たちの行いがめそやされるのを、恥ずかしいと感じている様子である。その身なりでテレテレされると本気で違和感があるので、ちょっと遠慮してもらいたかった。


「ちょっと、佐和くん。こちらに」

「ん? あ、はいはい」


 結菜はいったん考える時間をくれと言い、佐和くんを呼び出して、二人でわきへとそれた。

 そうして、他人には話が聞き取れない場所にまできたところで、尋ねる。


「あのヤンキーの方達かたたちはじつはヤンキーではない?」

「ごめん九重さん、混乱してるんだろうけど……何を言ってるのか分からない」


 不覚にも佐和くんから指摘されてしまい、深呼吸をする。気を取り直して話を続けた。


「失礼しました。でも私には、彼らの素行そこうが不良には思えません」

「そうだね。それには俺も同意する」

「そうなると、今回の『サービスマン』への依頼はどうなるのでしょうか?」

「まあ……このままじゃ未達成ということになるかな?」


 結菜達に課せられている依頼とは、公園を占拠しているヤンキー達を排除することにある。しかし、彼らには他者を害する目的なんてなくて、ただ少女の夜道の安全を見守っているだけなのである。それなのにこちらから難癖なんくせをつけて、彼らの非を打つような行動はしたくないのが本音だった。

 しかし──


「それでは困るのではないですか?」

「別に困るということはないんだけど……ひまりちゃんのこともあるからな、『対価』を集めるためには、あまり空振からぶりばかりしたくないってのは確かだ」

「……あの、あまり気が進む話ではないのですが──」


 ヤンキー達に事情を説明して、違う場所に移動してもらうようにお願いできないだろうかと、提案してみる。ここまで彼らと接してみた感覚では、誠心誠意せいしんせいいに頼み込めば、決して受け入れられない話ではないように思えたからだ。

 こちらの都合つごうで彼らを公園から追い出すような真似まねをすることには、確かに抵抗を感じるが、結菜にだって引けない事情がある。可愛い妹の命がかかっているからには、姉としてどろをかぶる覚悟はできているつもりだ。


「んー……いや。それをする前に、少しだけやってみたいことがある」


 しかし、佐和くんには他の考えがあるようだった。


「やってみたいこと、ですか。それはどのような……?」

「さっきの設楽さんの話。不審者に追いかけられて怖かったってことなんだけど、まだ終わった話じゃないらしいんだよね」

「終わってない?」

「まだ公園に、たびたび現れるんだよ、その不審者」

「それは大問題じゃないですか」

「その通りだね。そういうこともあってあのヤンキーどもも、ずっとこの公園に常駐しているらしい」


 つまり、その問題さえ解決することができれば、結菜達の要望も、すんなりと通る可能性があるという話である。


「だから、俺たちでその不審者を退治をしよう。これもまた『人助け』だ」


 佐和くんが提言するそれは、また新たな面倒ごとを背負い込むということでもあった。けれど結菜にとっても、それは望むところだと言える。今ある問題を一気に解決することができるならば、やらない手はないからだ。


「わかりました。やりましょう」

「そうこなくちゃ」


 佐和くんはそこで、いつものクシャとした笑顔を見せる。


 ──その笑顔はズルい。


 どうしてか、そんな思いを抱きながら、結菜も意気込む姿勢をとった。


「それで……だ」


 佐和くんが、これから取るべき行動をまとめだす。


目下もっかのところ問題なのは、その不審者を捕まえようとしても、そいつがヤンキーどもを警戒して姿を現さないことにある」


 これまで何度か設楽さんの前に現れたという不審者であるが、彼らのいかつい顔を見つけると、即座に撤退する構えをとるらしい。それでは、不審者を追い払うことはできても捕まえることができない。なので何か一つ、対策をとる必要がある。


「そこで、おとりをたてようと思う」


 それは不審者をおびきだすための作戦。

 他の面々は身を隠して、設楽さんを単独で行動させようという腹づもりだった。危険がともなう行為だが、枝先行かねば熟柿じゅくしは食えぬともいう。にもかくにも、こちらの手の届く範囲にまで引きつけなければ話が前には進まない。


「でもさすがに、設楽さんを一人にして遠くから見守るだけというのも不安がある」

「それは確かにそうです」

「だから九重さんにも、お願いしたいと思う」

「なるほど……えっ⁉︎」


 驚いて佐和くんをみると、彼は真面目な顔をして結菜を見ていた。


「設楽さんと二人で公園を散策して、不審者を誘き出して欲しい」


 結菜は、しばらく開いた口がふさがらなかったものの、ヤケクソ気味に覚悟を決める。


「わかりました」


 いざとなれば、不審者の股座またぐらをサッカーボールよろしく蹴り上げるぐらいはできるだろう。

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